4 / 36
ー1ー
しおりを挟むお嬢様が勉強の為に家庭教師と自室に入った後、わたしはシフォンケーキを作るため調理場へ向かった。
昼食の仕込みがすでに始まっており、料理人達が慌ただしく動いている。
「お、メルちゃん!お菓子作りにきたのかい?」
気さくな感じで声をかけてきたのは料理長のベンさんだ。本名はベンジャミンだけど、みんなベンさんと呼んでいる。
「ベンさん、皆さん、お忙しいところ申し訳ありません。いつもの奥のスペースお借りしますね。」
「そんな聞かないで勝手に使っていいって言ってるだろ!メルちゃんの場所なんだから!」
私は調理場の隅っこをお菓子作りの為に間借りしていて、お菓子作りに必要な調理器具や材料を揃えている。お嬢様の誕生日ケーキを作ろうとしばらく練習していたのがきっかけで、それ以来このスペースでたびたびお菓子作りに精を出している。
「メルちゃん、今日は何作るんだ?」
「お嬢様のリクエストでシフォンケーキです。」
「…。」
言った途端にベンさんが真顔になった。
聞いた他のシェフ達も作業の手を止め私に視線を送って来ている。
「……今日は膨らむといいね。」
真顔だったベンさんが急に眉毛を下げ哀れんだ顔で言った。
他のシェフを見るとやはり哀れんだ表情で頷いている。
そしてポンポンと私の肩を叩き笑顔を向けるべんさん。
その顔が『どうせ無理だろうけどせいぜい頑張れよ』と言ってるように見えた。
カッチーン。
「大きなお世話です。私の事はほっといて皆さん仕事をして下さい。」
そう言ってギンッと鋭い視線をベンさん含むシェフ達に送るとヒィッと小さく悲鳴をあげたシェフ達がバタバタと作業に戻っていき、ベンさんも「ごめんごめん」と私の頭を撫でた後作業に戻っていった。
よし、今日こそはふわっふわっにしてやる。
~1時間半後~ トゥルトゥー
「Oh...。」
わたしの目の前にはオーブンから出したばかりのペシャンコのシフォンケーキと、
「ぶふっ、、うん、そう、だよな、、メルちゃんの、ふふっ、シフォンケーキは、こうでなくちゃな、ふ、ふははははっ」
爆笑するベンさん。
他のシェフ達も目を合わせず肩を震わせている。
仕 事 を し ろ 。
「ねぇねぇ、メルちゃん、一口食べていい?」
「……どうぞ。で、いかがですか?」
ベンさんはいつも出来たばかりのお菓子を一口食べたいと言ってくる。そして、
「うん、不味くはないね。」
安定のこのコメントである。
膨らむ系以外は美味しいと言ってくれるが。
前世ではお菓子作りなんてしたことはなかった。
今世になって始めた事だが、それにしてもおかしい。
何度ベンさんに教えてもらっても、何度分量を変えてチャレンジしても、膨らむ系のお菓子は膨らまない。
呪いか?悪役だから?《膨らまない呪い》か?なんて地味な呪いなんだ。認めんぞクソが。
あ、ヤバいヤバい前世の口の悪さが出てしまった。
「お!もう午前の授業終わるな!昼食後のデザートに出してやれよ。シルヴィア嬢ちゃん喜ぶぞ!」
ベンさんは時計を見てそう言うと、いつの間に用意したのかホイップクリームの乗った皿を出してきた。
ベンさん、いつのまにホイップクリームを!!
ありがたく皿を受け取り食べやすく切ったシフォンケーキを乗せ、昼食の乗った台車に乗せる。
「ありがとうございました。残りのシフォンケーキはお召し上がり下さい。では、失礼致します。」
いつも余ったお菓子をお裾分けしているが、どうせなら成功したお菓子をお裾分けしたいのが本音だ。
でもベンさんは、
「いつもありがとな!皆で食うよ!」
と言ってどんなにペシャンコでも喜んで貰ってくれる。
他のシェフ達も。
本当にいい人達ばかりだ。
次は安全安心なクッキーを焼いてべんさん達に配ろうかな。
さぁ、お嬢様の所に行こう。
0
お気に入りに追加
315
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。
しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。
だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。
○○sideあり
全20話
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
比べないでください
わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」
「ビクトリアならそんなことは言わない」
前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。
もう、うんざりです。
そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる