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シェニー視点

最初で最後の思い出

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マフィン専門店を後にして
私たちは当初の目的の洋服店を目指す。
 
お店に着くまで彼はずっと私にマフィンを食べさせてきた。
そのたびすれ違う人に
まぁ可愛らしいわね。って言われて
私の顔はずっと紅潮して真っ赤なりんごのようになっていた。
 
それはアインス様の加虐心をつくみたいで
真っ赤になるたび口角を上げて楽しんでいた。
眼鏡の奥の瞳は意地の悪い目で私を見る。
 
絶対国王様にチクってやる。
 
そして洋服店の前について
 
「アインス様。食べ物を店内に持ち込むのはよくないと思いますのでお外でお待ちください。」
 
いつも着なさそうなお洋服店の前で立ち止まると
彼は訝しげな顔になる。
 
「侍女にプレゼントをと思いまして。」
 
留学の服を買いに来たとは言えないのでそう言うと
少し納得いってなさそうだったけどなるほどといい、
 
「早くしろよ。」
 
と道路の柵に腰かける。
 
私は返事を返さずに店内に入った。
 
店員さんが私の制服を見て不思議そうな顔をしたけど
何も言わずに出迎えてくれる。
 
私たちが通う学園は貴族のみの学園で
貴族でも普通に町に出ることはある。
だから先ほどのマフィンのお店の人も
町ですれ違う人も決して珍しい目では見ない。
 
だけど洋服に限っては、令嬢は基本自分の邸に
直接招き入れて洋服を買う。
貴族専門のお店もあるので学園に通う貴族は
基本そのどちらかで洋服を買うので
町の洋服店に足を運ばない。
 
「侍女のために洋服を探しているだけど。何点かありますか?」
 
あながち間違いではなかった。
今回はユリーも一緒にいく。
ただ部屋を探しに行くだけだから一人で大丈夫と言ったのに
お父様が心配してユリーも同行することになった。
最初は彼女の私腹を借りていこうとしたけど
あまり着ないからと言って2.3着しかなかった。
せっかくなので遠い異国の地に私のわがままで連れて行くのだから
せめて新しい洋服を何着かプレゼントしようと思う。
 
本当は素敵なドレスを送ってあげたいけど。
それはここ出るときに送ろうと思う。
 
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ。」
 
そういって店員さんに説明されるまま
洋服を数点購入した。
 
お店を出ると目の前には
アインス様が待っていた。
 
夕日に照らされて金色の髪はキラキラと光っている。
その姿につい見とれてしまう。
眼鏡の奥の瞳と目が合う。
 
「遅い。」
 
「申し訳ありません。少し長居してしまいました。」
 
「いいよ。じゃあ行くぞ。」
 
柵から腰をあげて軽やかにアインス様は立ち私の目の前に来て
何も言わずに私が下げていた洋服の入っている袋をとり
左手にさげてマフィンの入った紙袋を抱える。
そして右手で私の手を自然に握り歩き出す。
 
「あ、ありがとうございます!どちらにいきますの?」
 
「秘密。」
 
そういうと町の坂を下っていく。
彼に黙ってついていく。
だんだんと潮の香りが鼻をかすめていき
海が近いのだと知る。
そして坂を下り終わると海岸に出た。
 
「うわぁ」
 
思わずその景色にうっとりしてしまう。
 
視界いっぱいの大きな海には
沈みかけの夕日に照らされてオレンジ色に染まっている。
揺れる波に合わせて綺麗なオレンジ色は輝く。
 
はじめてその景色を自分の目で見ることに感動する。
 
前世の時はテレビの画面の向こうでしか見たことがない。
今世でもこんな時間に町を歩いたこともなかった。
 
純粋にその景色にとても感動する。
 
「綺麗だよな。さっきのマフィンの店主が教えてくれたんだ。」
 
アインス様もその景色に魅入る。
 
「はい。とっても綺麗です。」
 
しばらく私たちはその景色を眺めた。
 
 
「知らなかったよな。こんな景色をこの国で見れるなんてな。
俺たちはまだまだこの国を知らない。もっともっといろんなことを知って
この国をよくしていきたい。改めて思ったよ。」
 
横にいる彼を見上げる。
瞳は綺麗なオレンジ色を映している。
その瞳は決意に満ち溢れていた。
 
「そう、ですわね。アインス様ならできます。きっと」
 
視線を海に戻す。
 
その時隣にいるのは私ではなくサラさんだ。
 
「お前も一緒にするんだよ。」
 
握られていた手をより強く握り返される。
私はその言葉の返事を返せずいると
アインス様は私の顔を覗き込む。
私はただ微笑み返すだけで精いっぱいだった。
 
 
アインス様はそんな私を見て気のせいか少しだけ寂しそうな顔をして
何か言おうとしたのを遮る。
 
「そろそろ帰りましょう。」
 
「・・そうだな。」
 
踵を返し歩き出そうとするアインス様を引き留めると
アインス様は私に振り向いてくれる。
そして私はその景色を背に目の前にいる彼に伝える。
 
「アインス様。素敵な時間をありがとうございました。」
 
握られていた手を強く握り返して
震えそうになる口をこらえて笑って
泣きそうになる目を細めて。
 
きっとこの先こうして二人で過ごす時間はなくなる。
おそらくこんな風に過ごすのはこれが最初で最後だ。
 
最後にこんな素敵な時間を過ごせて
サラさんには感謝しかない。
 
 
アインス様。
臆病なこんな私に優しくしてくれてありがとう。
意地悪でいつもちょっかいばかりだったけど
それでもあなたが大好きです。
 

 
走馬灯のようにこれまでの私たちの思い出が流れて
これ以上は泣きそうになるので
私はあわてて下を向きアインス様の手を放して彼の持つ荷物をもらうと
横を通り過ぎる。
そこを動けないでいるアインス様をよそに
私は振り返りもせず学園へと戻っていく。
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