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第三章 運命を変える7ヶ月間

81:忠告が現実になるなんて(イールト視点)

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 春夏秋と季節が移り変わっても、学園はその季節折々の花が常に咲き誇り美しい。だが、さすがに冬となれば彩りは少なくなっている。
 それでも学園祭では多くのお客様が訪れるとあって、冬でも葉を茂らせているモミの木を中心に色鮮やかな飾りや魔法の光が施され、学園内は華やかだ。
 本来なら心浮き立つような楽しい時間となるのだろうが、冬の始めに公爵閣下がシャルちゃんにした忠告を聞いた身としては、心穏やかではいられない。

 秋の間、殿下方は様々に動かれていたが、魔獣召喚に関する禁書の行方は結局分からなかった。そればかりか、ジェイド様たちが訪ねた時にはその研究をしていた神官もすでに亡くなっていたため、紛失した禁書に何が書かれていたのかも不明なままだ。
 加えて、攫われた孤児たちの行方も未だ分かっていない。第二王子派に繋がる明確な証拠も一切なく、本当に黒幕となるのかも分からなくなっていた。

 だが冬に入ってから、魔物寄せの香については動きがあったようで、殿下方は学園祭の準備と並行して慌ただしく動かれていた。
 この特殊な香が騎士団や魔導士団から流れたとなれば、さすがに国も動かざるを得ない。恐らくこの件を通じて、閣下は陛下に何らかの働きかけをしているはずだ。魔獣討伐訓練時の護衛体制の見直しも含めて。

 そうなれば、魔獣の襲撃を事前に防げなかったとしてもお嬢様を守る手は一気に増える。お嬢様の生存に向けて少しずつ足場が固まって来ているから、喜ばしい事なのだが……それはあくまで、お嬢様についてだけだ。
 この状況を作り出した功労者であるシャルちゃんはあまりに目立つ存在となってしまった上に、公爵閣下直々に忠告までされたのだから不安は尽きない。

 そもそもお嬢様によれば、魔物寄せの香はジミ恋で悪役令嬢アルフィールがヒロインを襲わせるために使用していたものだそうだ。さすがにドラゴンの出現は悪役令嬢にとっても予想外だったそうだが、要するに魔獣襲撃による悪役令嬢の死亡は自業自得というわけだ。
 そのため当初お嬢様は、メギスロイス公爵家と関わりのある商会で魔物寄せを取り扱っているのではないかと考え、実在するのか確かめようとなさった。当然、幼いお嬢様では無理だから、公爵閣下が自ら動かれる事になったのだが。

 そうして調査の結果、実在する事は分かったがそれ以上は何の手がかりも得られなかった。さらに調べを進めても、取り扱っているのは限られた国の機関のみという事が判明しただけで、何も出てこなかった。
 つまり、ジミ恋で悪役令嬢アルフィールがどのような伝手を通じて手に入れたのか、全く分からなかったのだ。残る可能性は、騎士団や魔導士団にある魔物寄せを盗み出す事ぐらいしかない。
 お嬢様はそんな指示をするはずもないが、ゲームの強制力というのが働いても困るため、公爵家所縁の者たちには細かく監視の目を付け、怪しい動きをする者がいないか見張り続けていた。
 しかし公爵家とは全く関係のない第二王子派で動きが見られたと分かったのだから、殿下方のお力を借りれて良かったと心の底から思う。

 立太子を目指すつもりはないらしい第二王子を、無理にでも担ぎ上げようとする連中だ。魔物寄せの香に手を出しても不思議ではない。そしてそんな輩だから、シャルちゃんを害する可能性も否定出来ない。
 出来る事なら俺が常にシャルちゃんのそばにいたいと思ったが、悔しい事にそれは叶わなかった。学園祭ではラステロ様に関するイベントがあるため、それを回避するべくお嬢様が舞台に上がる事になったからだ。

 お嬢様のそばを離れられない俺は従者役として舞台に上がる事になり、イベント回避のために裏方に回ったシャルちゃんとは別行動になってしまった。
 だからせめてもと、シャルちゃんに学園祭では必ず誰かと行動するように話して聞かせて。裏方の仕事がある間はクラスメイトと一緒に動けるように手配し、それ以外の時間は初日はご両親と共に、二日目はリジーと共に動くようにと、根回しをしていたのだが。

「……遅いわね」

 恙無く初日を終え、迎えた二日目。昼前に行われる殿下方の演奏会を、シャルちゃんとお嬢様は共に聞きに行く約束をしていた。
 だから俺は、午後の公演準備を終えたお嬢様と共に演奏会の会場となる庭園の一角でシャルちゃんを待っていたのだが、シャルちゃんもリジーも一向に現れなかった。

「イールト。シャルラさんはリジーと一緒にくるのよね?」
「そのはずです。待ち合わせ場所も決めていたので、会えないという事はないはずなのですが」
「そう。チラシをまだ配り終えていないのかしら」

 こういう時、リジーが魔法を使えないのを心苦しく思う。シャルちゃんの仕事が終わらず遅れていたとしても、リジーでは伝書魔法で知らせを飛ばす事が出来ないからだ。

(俺が探しに行くわけにもいかないしな……)

 殿下を陥れるためにシャルちゃんが狙われるのならば、お嬢様はそれ以上に危険なわけで。俺がお嬢様のそばを離れるわけにはいかなかった。

「お嬢様、間もなく始まります」
「仕方ないわね。先に座ってましょう」

 すでに満席に近い客席に、俺とお嬢様は並んで腰を下ろす。程なくして演奏会が始まり、お嬢様の姿に気付いた殿下が嬉しげに微笑まれたが、対照的にミュラン様は渋い顔をしていた。

(どうやらまだシャルちゃんは来ていないみたいだな……)

 演奏中に客席を見回す事など出来ず、俺はミュラン様の表情からシャルちゃんが来たかどうかを判別するしかない。だが結局、演奏会が終わるまでミュラン様の表情は優れないままだった。

「フィー。聞きに来てくれたんだね。ありがとう」
「殿下……素晴らしい演奏でしたわ」
「ディーと呼んでくれていいんだよ。婚約者殿」

 閉演後、甘い微笑みを浮かべた殿下が、真っ先にお嬢様の元へ歩み寄ってきたが。その後ろから、ミュラン様が戸惑った様子で俺の元へやって来た。

「イールト。シャルラはどうした?」
「リジーと来るはずなのですが、間に合わなかったようです」
「そうか……」

 俺たちのクラスの劇と同じく、殿下やミュラン様たちの演奏会も二日目で終了だ。せっかくの演奏を妹のシャルちゃんに聞いてもらえなかったのが、よほど寂しかったのだろう。ミュラン様は落ち込んだ様子だった。

(俺もシャルちゃんと一緒に聞きたかったんだけどな)

 残念に思うのは、何もミュラン様だけじゃない。俺だって学園祭をシャルちゃんと回りたかったのだから。

(それにしても遅いな……。殿下がいらっしゃるし、お嬢様をお願いして一度様子を見に行くべきか?)

 単に遅れているだけならいい。閣下の忠告もあるし、何か問題に巻き込まれていないかと不安が過ぎる。
 するとそこへ、リジーが息を荒げて駆け込んできた。

「に、兄様……!」
「リジー? どうした、そんなに慌てて」
「シャルラ様がいないの!」

 方々を駆け回ってきたのか、額に汗を滲ませ髪を振り乱して叫んだリジーの言葉に、一気に肝が冷えた。
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