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第二章 諦めない70日間
53:続・素の笑顔を見れる日が来るなんて(ディライン視点)
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「それでディライン。シャルラ嬢を信用する気にはなったか?」
執務室へ入り、仕事に取り掛かる前に一息つこうとソファで紅茶を飲み始めると、リウがそわそわした様子で問いかけてきた。
まだ学生の身であるものの、幼い頃から父親である騎士団長直々に鍛えられたリウは、私の護衛として申し分ない働きをしている。だが、常に警戒心を解かなかったはずのこの男が、あっという間にあの娘に陥落してしまった。
そのため公爵邸でシャルラ嬢から提案をされてからというもの、リウはシャルラ嬢を信じてもいいのではと、事あるごとに進言してくる。こんな男ではなかったはずなのに、初心な女に慣れていないのも考えものだ。
元々リウは、苛烈な気性の姉と妹に挟まれて苦労し、母である豪快な気質の伯爵夫人にも鍛えられてきたため、女性に対して苦手意識を持っていた。その上、色仕掛けに対する訓練も騎士団長から施されたため、言い寄る令嬢たちにも一切靡かなかったのだ。
そんなリウも、素人娘には耐性がなかったという事なのだろう。本人に悪意がなくとも、騙されて操られ、近付いてくる女もいる。シャルラ嬢の存在で露見した弱点はすでに騎士団長に伝えてあるから、新たに指導されているはずなのだが。それでもシャルラ嬢への気持ちは変わらないらしい。
まあそうは言っても、ここまでの事をされれば頷かざるを得ないと、私も思う。
「そうだな。聖魔法使いということもあるし、あの娘への警戒は解いていいだろう」
「分かってくれたか。ありがとう」
私の返事を聞いて安心したのか、リウは嬉しげに笑った。ゴツい男の笑顔を見ても、何も面白くないのだが。私はアルフィールの笑顔を見ていたいのだ。
そんな事を思っていたら、ラスが焦り声を上げた。
「えっ、殿下。まさか殿下までシャルラちゃんを好きになってないよね?」
「何を言っている? あるわけないだろう」
「そっか。良かったぁ」
本気で心配していたのか、ラスはホッと息を漏らしている。一体何をどうすればそんな愚かな考えに行き着くのか理解出来ない。私がアルフィール以外を見るわけないだろうに。
だがラスが、シャルラ嬢に興味を持った事は都合が良かった。
ラスはまず間違いなく、歴代随一の魔力を持つ魔導士団長になるだろう男だ。性格に難はあるものの根は悪くなく、私に捧げる忠誠心に疑いを持った事もない。しかし被虐嗜好と嗜虐嗜好の両方を併せ持っているラスが、アルフィールを憎からず思っているのは知っていたから、少し警戒してもいたのだ。
だが今のラスには、もうそんな心配はいらないだろう。公爵邸での一件以降始まった料理への聖魔法付与実験で、シャルラ嬢が作った手料理をリウと取り合ったりと面倒な部分もあるが。その辺はジェイがうまくやってるからな。
そういえばその実験の時も、シャルラ嬢のおかげでアルフィールの手作りクッキーを食べる事が出来たのだった。これはさすがにシャルラ嬢が考えた計画にはなかったが、アルフィールが心配して自発的についてきたのだ。やはりアルフィールは天使のように優しい。
これまで様々な調味料や調理法をアルフィールは編み出しているらしいが、残念ながら私が口にした事は一度もなかった。だから私は喜んで、彼女の実験参加を許可した。
あの日もらったクッキーは、保存魔法をかけて国宝にしようと思ったのだが、それはジェイに止められた。食べないと次にまたアルフィールが料理を作っても渡さないだろうと言われたものだから、私は泣く泣く大事に食べた。
味はもちろん美味しかった。公爵令嬢なのに料理まで出来るとは、アルフィールは素晴らしい女性だと思う。
しかし実験は数度行ったが、今も聖魔法付与は再現出来ていない。先日と同じバゲットサンドも作らせたそうだが、やはり結果は違ったようだ。何が足りないのか、まだまだ実験を続ける必要があるだろう。
もうアルフィールが自発的に来る事はなさそうだが。シャルラ嬢はまた、彼女を連れてきてくれないだろうか。
「では殿下。今後もシャルラ嬢に、アルフィール嬢との橋渡しを頼むということでよろしいですか?」
つい考えが逸れてしまった私に、ジェイが問いかけてきた。宰相の息子だけあってジェイは聡い。薄らとではあるものの、ジェイはシャルラ嬢に対して警戒心を持ち続けていたはずだが、特に反対しないのなら私と同じく信用に値すると判断したのだろう。
私と彼ら、次代の王国を担うだろう四人の信用を、たった一ヵ月あまりであの娘は勝ち取った。もしこれでシャルラ嬢に裏があったとしたら、後悔してもしきれない。
だがそれでも私には、彼女から得たい情報がある。ここは腹を括るべきだろう。
「いや、それだけだと薄いな。出来ればアルフィールが婚約解消を望む理由をもう一度探りたい」
「であれば、話を出来るよう場を設けましょう。ああまで懸命に殿下のために動いているのです。僕が思うに、シャルラ嬢はその理由をすでに知っていると思いますから」
「それなら、王宮に招こう。庭園を案内する約束をしていたから、ちょうどいい」
「かしこまりました。ちょうど次の休みには、アルフィール嬢の王子妃教育も入ってたはずです。同日にしますか?」
「ああ。それで頼む」
シャルラ嬢は何かと理由を付けては、私とアルフィールを引き合わせてくれる。アルフィールと婚約を結んでから八年もの間、渇望しつつも一度も見えなかった彼女の素顔を、このひと月でいくつも目にした。
私より年下のはずなのに、時折ひどく大人びて見えるアルフィール。艶やかで冷淡な彼女も好きだが、年相応とも言える今日の彼女は格別だった。庭園でも、またあの笑みを見る事が出来るだろうか。
(うまくいった暁には、シャルラ嬢に何らかの形で報いてやらねばな)
淡い期待を抱いて紅茶を飲み干せば、胸にじんわりと温もりが広がる。また緩みそうになる頬を引き締めて、私は第一王子として割り振られている仕事に取り掛かった。
執務室へ入り、仕事に取り掛かる前に一息つこうとソファで紅茶を飲み始めると、リウがそわそわした様子で問いかけてきた。
まだ学生の身であるものの、幼い頃から父親である騎士団長直々に鍛えられたリウは、私の護衛として申し分ない働きをしている。だが、常に警戒心を解かなかったはずのこの男が、あっという間にあの娘に陥落してしまった。
そのため公爵邸でシャルラ嬢から提案をされてからというもの、リウはシャルラ嬢を信じてもいいのではと、事あるごとに進言してくる。こんな男ではなかったはずなのに、初心な女に慣れていないのも考えものだ。
元々リウは、苛烈な気性の姉と妹に挟まれて苦労し、母である豪快な気質の伯爵夫人にも鍛えられてきたため、女性に対して苦手意識を持っていた。その上、色仕掛けに対する訓練も騎士団長から施されたため、言い寄る令嬢たちにも一切靡かなかったのだ。
そんなリウも、素人娘には耐性がなかったという事なのだろう。本人に悪意がなくとも、騙されて操られ、近付いてくる女もいる。シャルラ嬢の存在で露見した弱点はすでに騎士団長に伝えてあるから、新たに指導されているはずなのだが。それでもシャルラ嬢への気持ちは変わらないらしい。
まあそうは言っても、ここまでの事をされれば頷かざるを得ないと、私も思う。
「そうだな。聖魔法使いということもあるし、あの娘への警戒は解いていいだろう」
「分かってくれたか。ありがとう」
私の返事を聞いて安心したのか、リウは嬉しげに笑った。ゴツい男の笑顔を見ても、何も面白くないのだが。私はアルフィールの笑顔を見ていたいのだ。
そんな事を思っていたら、ラスが焦り声を上げた。
「えっ、殿下。まさか殿下までシャルラちゃんを好きになってないよね?」
「何を言っている? あるわけないだろう」
「そっか。良かったぁ」
本気で心配していたのか、ラスはホッと息を漏らしている。一体何をどうすればそんな愚かな考えに行き着くのか理解出来ない。私がアルフィール以外を見るわけないだろうに。
だがラスが、シャルラ嬢に興味を持った事は都合が良かった。
ラスはまず間違いなく、歴代随一の魔力を持つ魔導士団長になるだろう男だ。性格に難はあるものの根は悪くなく、私に捧げる忠誠心に疑いを持った事もない。しかし被虐嗜好と嗜虐嗜好の両方を併せ持っているラスが、アルフィールを憎からず思っているのは知っていたから、少し警戒してもいたのだ。
だが今のラスには、もうそんな心配はいらないだろう。公爵邸での一件以降始まった料理への聖魔法付与実験で、シャルラ嬢が作った手料理をリウと取り合ったりと面倒な部分もあるが。その辺はジェイがうまくやってるからな。
そういえばその実験の時も、シャルラ嬢のおかげでアルフィールの手作りクッキーを食べる事が出来たのだった。これはさすがにシャルラ嬢が考えた計画にはなかったが、アルフィールが心配して自発的についてきたのだ。やはりアルフィールは天使のように優しい。
これまで様々な調味料や調理法をアルフィールは編み出しているらしいが、残念ながら私が口にした事は一度もなかった。だから私は喜んで、彼女の実験参加を許可した。
あの日もらったクッキーは、保存魔法をかけて国宝にしようと思ったのだが、それはジェイに止められた。食べないと次にまたアルフィールが料理を作っても渡さないだろうと言われたものだから、私は泣く泣く大事に食べた。
味はもちろん美味しかった。公爵令嬢なのに料理まで出来るとは、アルフィールは素晴らしい女性だと思う。
しかし実験は数度行ったが、今も聖魔法付与は再現出来ていない。先日と同じバゲットサンドも作らせたそうだが、やはり結果は違ったようだ。何が足りないのか、まだまだ実験を続ける必要があるだろう。
もうアルフィールが自発的に来る事はなさそうだが。シャルラ嬢はまた、彼女を連れてきてくれないだろうか。
「では殿下。今後もシャルラ嬢に、アルフィール嬢との橋渡しを頼むということでよろしいですか?」
つい考えが逸れてしまった私に、ジェイが問いかけてきた。宰相の息子だけあってジェイは聡い。薄らとではあるものの、ジェイはシャルラ嬢に対して警戒心を持ち続けていたはずだが、特に反対しないのなら私と同じく信用に値すると判断したのだろう。
私と彼ら、次代の王国を担うだろう四人の信用を、たった一ヵ月あまりであの娘は勝ち取った。もしこれでシャルラ嬢に裏があったとしたら、後悔してもしきれない。
だがそれでも私には、彼女から得たい情報がある。ここは腹を括るべきだろう。
「いや、それだけだと薄いな。出来ればアルフィールが婚約解消を望む理由をもう一度探りたい」
「であれば、話を出来るよう場を設けましょう。ああまで懸命に殿下のために動いているのです。僕が思うに、シャルラ嬢はその理由をすでに知っていると思いますから」
「それなら、王宮に招こう。庭園を案内する約束をしていたから、ちょうどいい」
「かしこまりました。ちょうど次の休みには、アルフィール嬢の王子妃教育も入ってたはずです。同日にしますか?」
「ああ。それで頼む」
シャルラ嬢は何かと理由を付けては、私とアルフィールを引き合わせてくれる。アルフィールと婚約を結んでから八年もの間、渇望しつつも一度も見えなかった彼女の素顔を、このひと月でいくつも目にした。
私より年下のはずなのに、時折ひどく大人びて見えるアルフィール。艶やかで冷淡な彼女も好きだが、年相応とも言える今日の彼女は格別だった。庭園でも、またあの笑みを見る事が出来るだろうか。
(うまくいった暁には、シャルラ嬢に何らかの形で報いてやらねばな)
淡い期待を抱いて紅茶を飲み干せば、胸にじんわりと温もりが広がる。また緩みそうになる頬を引き締めて、私は第一王子として割り振られている仕事に取り掛かった。
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