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「以前話した男爵令嬢の話を覚えている?」



 数週間、経過した頃でしょうか。
 レオンハルト様と昼食を採っているとそう切り出させました。
 勿論、覚えております。
 この事をお話したかったのですか、と思いました。

 不機嫌とも違う、不安とも違う何とも形容し難い難しいお顔で現れたレオンハルト様は、部屋でお待ちしていたわたくしに近寄るなり軽く抱きしめられたので、彼の心が疲れていると察してなすがままに委ねました。



「ええ、覚えておりますわ。わたくしは会った事はありませんけれど、如何しましたの?」


「・・・毎日現れる。どう考えても不自然だ。昼食時ならまだ分かる、しかも放課後もわたしが何処にいるのか知っているかのように現れるんだ。刺客にしてはお粗末すぎる。不気味に感じ、背後に何かいないか調査させても何も出なかった」


 軽く説明していただけましたが、その方はローズ・クローブさんというお名前で、面識もないレオンハルト様に直接「お昼一緒に食べてもらえませんかぁ?」「お勉強教えて欲しいんですぅ」と不敬丸出しでご自分からお話かけるそうですわ。
 

「どういう意図で話し掛けてくるのかわからない。初対面の男を誘うとはどういう事なのか?平民では当たり前の感覚なのか?不気味さを通り越して言い知れぬ恐怖を感じる。シルヴェスト達が追い払うのだが、何もなかったかのように現れるんだ」

 思い出した記憶を消すように、レオンハルト様がぶるりと頭を振られます。
 意思の疎通の図れない未知なる生物にお会いして混乱されているとお見受けいたしますわ。


 確かに、王族で有らせられるレオンハルト様に許しを得ず自分から話し掛けるのは有り得ませんわね。
 爵位など関係なく平等でとの校風ですが、校風であって校則ではないので強制力はないのです。レオンハルト様は威光を翳す気はございませんが、最低でも敬意は必要でしょう。
 それにしても
 
「レオに婚約者がいるのはご存知ないのかしら?普通、婚約者を差し置いてお誘いいたしませんもの」

「いや、ローズ嬢にはわたしからリリがいることは伝えている。それなのに平然と現れるんだ」

「それは・・・問題がありますわね」

 そもそもローズさんはどこまで貴族の慣習やマナーを理解しているかもわからないので、諌めるにしても知らない事で急に叱られるのも可哀想ですものね。


「このまま放置しておいていたらレオにもローズさんにも良くないですわね。フローラ先生にお話して講義の内容を変更するかローズさんに補習を受けていただけるように勧めていただけるようにしていただくしかありませんわね」

 フローラ先生は、マナーの授業を受け持つ先生のお一人です。一年生のマナーの授業は主に基本的な事を学びます。
 入学するまで各家で家庭教師を雇ったりいたしますがは教え方はそれぞれですので知らない事や間違って覚えてしまった事を再確認し修正する為であったりと復習の為の授業を行います。
 先生はお一人だけではないのでローズさんが望むなら個別に教えるのも可能な筈ですわ。



「リリが教えてあげないの?縛る為の紐でも用意する?」

「もう、あの時の話はやめて下さいませ。頼まれたら教えていいのですが、同じ年頃に教わるのは仲が良くないと難しいと思いますの。自尊心プライドが傷つく場合がありますもの」

「確かに。経験豊かな先生に教えてもらうのと、自分と同じ年頃の者に教えてもらうのは気持ちというか受け取り方が変わるな」


 美味しい食事と会話をしているうちにレオンハルト様の気分も少し向上したのでしょうか、冗談を言えるようになりましたので安心いたしました。
 彼は意外と甘い物が好きなので、わたくしの持つ知識からスイーツのレシピをヴェルザード家とルクレリア王家にお渡ししております。
 配合までは覚えておりませんので、材料と作成方法になりますが両家の料理人達の努力により色々なスイーツがこちらでも誕生しております。

  ニコニコとプリンを味わう姿はいつ見ても可愛いですわ。初めてお会いした時にタルトを本当に美味しそうに召し上がっていた時も可愛いらしいと思いましたのは秘密です。
 本人は人前で甘味を召し上がらないようにしているので、わたくしと二人の時は必ずご用意してもらいます。
 機嫌をなおされたレオンハルト様を見て、やはり笑っていて欲しいと思います。憂いを取り除く為にまず情報収集する必要がありますわね。
 とりあえずコーネリア様を放課後お誘いしてみましょう。



 
 
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