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第三章

57話

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 時を遡って、ドルテナが冒険者を始める1年程前。


「ちょっとパメラ、もうやめなよ」
「何を言っているの?ノーラが言い始めたのよ。ここで引き下がったら何も残らないわよ」
「そりゃぁ言ったけどさぁ。でももうヤバいって」

 2人の前には3から18までの数字が書かれたボードが置かれている。
 そのボードの向こうには、1人の男が3つのサイコロを手に持って客達がコインを置くのを待っている。

 ここはマホンのとある裏賭博場。
 この世界にも賭博場はあるが全て公営となっており、掛け金と配当には税金が掛けられている。
 賭博に使うコインを買う際に税金として引かれ、更に換金した際にも税金が引かれた金額が帰ってくる。
 その為、それなりに勝たないと赤字になってしまうがイカサマはない。
 とはいえ、ギャンブルで一攫千金を狙うには税金を払っていたのでは狙えない。

 そこで一攫千金を狙う奴等は違法な裏賭博場へ行くのだ。
 ここならば税金はもちろん必要ない。
 その代わりイカサマをされる可能性はあるが、あまり酷いことをやっていると噂になり客が来なくなるので、実際には殆どないと言われている。あくまで噂だが……。

 ノーラとパメラは幼馴染みということもあり、よく2人で遊びに来ていた。
 それでも無茶な事はせず、資金に余裕のあるときだけやって来る程度だ。生活するためのお金は必ず残している。
 大勝ちもしなければ大負けもなかった2人だが、ここ最近は負けが続いている。

 時をさかのぼること数時間前。

 今日も日が暮れる前からやって来て遊んでいたのだが、早々に資金が尽きてしまった。
 普段ならもっと長い間遊べるのだが、ここ最近の負けで今日は軍資金が乏しい上、最近は負け癖が付いているのか勝てない。
 とはいえ、生活費まで注ぎ込むことはしない。

 掛けるお金がなければ遊べないので帰ろうとしたところ、ここの裏賭博場を仕切っている親分に声を掛けられた。

「おや?お2人とも今夜はもうお帰りで?」
「ええ、ここんところ負け越しててね。遊ぶ金が尽きちゃったから暫くは来られないわよ」
「それは申し訳ございませんな。そうだ、お2人はトラブルも起こさない常連さんだ。うちとしてもそういうマナーのいいお客をお返しするのは忍びない。どうでしょう、少しでよければご都合させていただきますが……」

 ここは2人が冒険者になった頃から来ているため、かなりの常連客となっていた。
 その為、親分ともよく話をするようになっていた。

「そうは言っても返す当てがないわよ」

 と言って帰ろうとすると

「いえいえ、返してもらわなくて結構ですよ。これは私個人から差し上げます。ぜひ負けを取り返してきて下さい」

 そう言ってノーラに小袋を差し出してきた。

「本当に?……これ結構な額が入ってるわよ……」

 小袋を受け取って中身を見たノーラが怪訝な顔になった。

「他意はありませんよ。お2人は常連様で、うちもそれなりに設けさせてもらいました。これくらいお返ししてもなんら問題ありません。まぁ、いらないのであれば──」
「いえ!ありがたくもらっておくわ!……本当にいいのね?」
「えぇ、差し上げますのでお使い下さい」

 親分が小袋を返してもらおうとする前にノーラが手元に引き寄せた。
 そしてコインに交換するために中へ戻っていった。

 それを確認した親分は部下に目配せをしてその場を去った。

「ノーラ、そのお金でやる必要あるの?これをもらって帰った方がいいんじゃないの?」
「何言ってるの!親分さんは負けを取り戻すために私達にくれたのよ。それなのにそのまま帰るとかあり得ないわよ。ここで帰ったら負けを取り戻せないじゃない!やらないと何にもならないじゃないのよ!」
「ちょっとノーラ……」

 パメラが留めるのも聞かずコインに交換してきた。

「さあ!やるわよ!パメラも半分任せたわよ」

 あまり乗り気ではないパメラに持ってきたコインの半分を渡してテーブルに着く。
 パメラも渋々ノーラの横に座りコインを掛けていく。

 すると、今までの負けが嘘のように当たり出し、目の前には親分にもらったコインの倍以上が手元に残っている。

「ね!言った通りでしょ!やっと私達に運が向いてきたのよ。さぁ、これからもっと勝ってここ最近の負け越し分を回収して帰るわよ!」

 ここ最近の負けを取り戻すには後何倍にもしなければならないのだが……。

「そうね。ノーラの言う通り流れが来ているうちにやらないとダメね」

 この後2人は、1回ごとに掛けるコインの数を増やして勝負に出た。
 しかし勝ちはするのだが、それが全て配当の低いものばかりで、高い配当に掛けると外してしまう。
 そのうちに手持ちのコインがなくなってしまった。

「そんなぁ……」
「おやおや、お2人とも惜しいですな」

 勝つ回数が増えていたにも関わらずコインがなくなってしまい、ガックリしていたところに親分が声を掛けてきた。

「勝ちの数は多かったよ。流れも来ていたはずなのよ……」
「それはそれは。後は流れに乗って配当の高い所で勝てれば一攫千金ですな」
「親分、もうちょっと都合付けてよ」

 ノーラが親分の手を取り甘えた声でコインを催促する。

「う~ん、コインの都合は流石に無理ですが……。わかりました。ここでは他の方もおられますのでカウンターでお話の続きを」

 そう言って2人をカウンターへ案内した親分は貸し出しの提案をしてきた。
 これはコインを貸してもらえるというシステムだ。
 その日のうちにコインを返す場合は借りた枚数だけ。翌日以降は利子として数割加算して返さなくてはならなくなる。
 翌日に返さない場合は更に1日分加算されることになり、数日で倍以上返さなければならなくなる。

「うちでは2割で貸し出しをしておりますが、今日に限りお2人には半分の1割でさせていただきます」
「貸し出しねぇ。返せなくなると……ねぇ」

 ノーラとパメラは貸し出しまでするつもりは全くなかった。

「左様ですか。長年ここをやっている私が見た限り、お2人に流れが来ていたように思えましたので、これを元に続きをやれば増やせると思ったのですがね。残念だ」
「本当に?」
「はい。事実、お2人は配当の関係でコインはなくなりましたが、当たっている率は高かったですよね?ならば高い配当の所が当たる可能性は高いと思うのですが……」

 そう言われて2人は悩み始めた。

「こう考えてはどうですか?今までの負けた分ではなく、貸し出しの分だけ勝てればいいのです。それなら高い配当で数回当たれば可能だと思いませんか?」
「そう言われればそうね……パメラもそれならやれそうじゃない?」
「……今日の分だけ……なら大丈夫……かな?」

 2人のやり取りを見ていた親分は貸し出しの用紙を出してきた。

「では貸し出しをさせていただきます。これが契約書です。ここに1割と書いてあります。ここに貸し出しの枚数を書いてもらって、間違いがなければ下にサインと血を一滴お願いします」

 この契約書は奴隷で使う隷属魔法と同じ様なもので、これを使って契約書したものを履行しない場合は自分の命を持って償わなければならなくなる。

 2人は貸し出しの枚数を書いて自分のサインをして血を一滴垂らす。

 すると書かれた文字全体が一瞬強い光を放ち、契約成立となる。

「それではこちらが貸し出しのコインです。流れが来ているお2人なら私も安心して貸し出しができます」
「任せてちょうだい!必ず増やしてくるわよ」

 そういうとスタスタとテーブルへ戻っていった。

 だが先ほどと同じようなペースでコインはなくなっていく。

「あぁ!後ちょっとなのに!さっきのなんて1つ違いだったのよ!あれが当たってたら一発逆転できたのに」

 ノーラが悔しがっているとサイコロを振っていた男がノーラに話しかけた。

「そうですね。最後のは私もドキドキしましたよ。お客様は確実に運を掴み始めているのでしょう。でなければ1つ違いなんて起きないですよ。次あたりに大きなのが来るのではないですか?さぁ、どこに掛けますか?」
「掛けたいのは山々なんだけど、手持ちのコインがないのよ……」
「コインを取りに行かれるのでしたら待ってますよ。いない間に次のサイコロを振って運が逃げてはいけませんからね」

 そう言われたノーラは直ぐに親分にコインを貸し出してもらいに行った。

「あ、ちょっと……」

 パメラが止める間もなく……。

 しかしこの後のノーラは少しずつコインを増やしていった。
 その代わり、今度はパメラのコインがなくなってしまったが、ノーラが勝ちだしたため自分もその流れに乗りたくなり、追加でコインを借りてきた。
 そして今度はノーラが……その次はパメラが……というのを何度も繰り返し、冒頭の状況になっていた。

「ちょっとパメラ、もうやめなよ」
「何を言っているの?ノーラが言い始めたのよ。ここで引き下がったら何も残らないわよ」
「そりゃぁ言ったけどさぁ。でももうヤバいって」

 しかしノーラの忠告を聞かず、パメラは数枚残っているコインを一点張りの勝負に出た。

 男の手から放たれたサイコロがカランカランと音を立てて転がり、3つのサイコロ全てが動きを止めたとき、2人の目の前にこの世の終わりが広がっていくのであった。

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