【完結】あきらめきれない恋をした

＊覚悟は決まってる＊

本当は怖いんです1

　夏休みは安静に過ごして、とママから言われた少し前の夜。
　眠れなくてお水を飲もうとリビングに向かう私の耳に微かに聴こえてきたのはパパとママの話し声だった。
　二人が涙声のようで、足が止まる。
　立ち聞きするつもりなんてなかったのに、そこから動けなくなって。
　聞こえてくる言葉のパーツを拾っては涙が零れた。
　
　検査の結果次第、なんでハナにばかり、ドナーが必要になったなら、人工だったら一年……。
　推測でしかない、でもわかっちゃった。

　私の心臓は私のものなのに。
　私のパーツなのに、どうして言うことをきかないんだろうか。
　元気に動いてよ、皆みたいに普通の形してなさいよ。
　あんな風にパパやママを泣かせるような娘こに産まれたくなんかなかった。
　活発に動き回って、元気すぎるって心配されたかった。
　そうしたらこの夏はルカや空人くんや真宙くんと梶くんと、皆で想い出をたくさん作れたのに。

　検査の結果が思わしくなかった、と知った時。
　冬まで手術を伸ばそうとしているのが、きっとドナーがすぐに見つからないからだとわかってしまった、あの時に。

　全部、仕方ないことなんだなって諦めた。
　最後の駄々をこねるみたいに、手術は嫌だと泣いて泣きじゃくって、全部諦めた。
　だからこの夏は自分自身にとって特別な夏にしたくって。
　パパやママと笑っていられる時間、愛された時間。
　皆と過ごせる時間。
　一瞬一瞬が、あれからずっと眩しくてキラキラしてる。
　雨に濡れた紫陽花、海を照らす月、足にまとわりつく砂の感触、空人くんの手の温かさ。
　全てが愛しいよ。



　その日、朝の回診で『手術日が決まった』と先生から告げられた。
　一週間後だって。予想より早いのは高熱で身体が弱ってしまったからなんだろう。
　少し回復を見せている今なら耐えられるかもしれない、きっと先生はそう判断した。

「はーちゃん、またご飯残してる」

　佐々木さんのお仕事は、私の見張り番なのかもしれない。
　日に何度も私の顔を覗きに来る。

「ダイエット中なの」
「それ以上どこのお肉を落とすつもり？　あと一口ずつご飯とおかずとお味噌汁入れて？」

　そうするまでは一歩も退かないんじゃないか、という仁王立ちの佐々木さんに渋々口の中にご飯を詰め込んでお味噌汁で流し込む。

「はい、お肉もね、あーん」

　置いた箸を掴んだ佐々木さんは、皿から一口サイズの照り焼きチキンを抓み私の口の前へ。

「っ、もう！」

　これ以上食べたら気持ち悪くなりそうなのに、とふくれながらも逆らえない。
　パクンと食べて、ごちそうさまと手を合わせた。

「もうすぐ面会の時間ね、一昨日は春香ちゃんで昨日は真宙くん？　今日は誰がくるんだろ？」
「そんなに皆暇じゃないよ。ルカと梶くんは明日来るかもって言ってたけど。ママは日中ボランティアがあるのでパパと二人で夜の面会だし」
「じゃあ、今日は空人くん？」
「ううん、約束はしてないから」

　寂しくなって窓の外を見たら海が見えた。
　泳ぐ人たちの姿もたくさん。

「それじゃ、私がまた後で来ようかな。はーちゃんに絵本でも読みに」
「子供じゃないんだから」

　私が寂しがらないように気遣う佐々木さんに、少し眠いから本当に来なくて大丈夫と断って。
　また窓の外に目を向けた。