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*夏休み、海辺の町で*

一日だけでいいんです2

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「どこ行くの?」
「ん? 御崎海岸」
「ええっ?!」

 横並び、隣同士に座ってしまったことを後悔した。
 直に空人くんの体温が伝わってくる。
 緊張で手汗がすごい。

「毎年、この日に御崎で祭りがあるんだよ、大漁祭り」
「もしかして毎年行ってるの? 空人くん」
「そ、祖父母の家に、お中元のジュースを届けに。家の近くの農園で作ってるやつなんだけど、毎年婆ちゃんが祭りに持ってきて~って。小学校高学年くらいから一人で届けに行ってんだよ。俺の夏休みの初っ端行事はいつも婆ちゃん家へのお使いから始まってる」

 きっとお婆ちゃんはジュースじゃなくて、空人くんに会えるのを楽しみにしているんじゃないかな。
 ジュースを口実にお祭りの日に空人くんが来てくれるのを待っている。
 そして空人くん自身も。
 口調は面倒そうだけど、顔はずっと嬉しそうだ。
 高校に入ってからはまだ一度も会ってないというから、余計に楽しみなんだろう。

「あ、私がついて行っても大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない?」
「待って、言ってないの? ダメだよ、突然行ったらビックリしちゃうと思うよ?」
「全然、むしろ大歓迎されるよ。孫は俺を先頭に男ばっかり5人だし、いつも一人ぐらい女の子の孫が欲しかったって言ってるから」
「でも」
「そういえば、二宮は? 夏休みじいちゃん家とか行かないの?」

 少し考えて首を横に振る。

「小さい頃にお母さんの方の実家はもう誰もいなくなっちゃったし、お父さんの実家は市内で今はじいちゃんが施設に入ってて。あ、でもね、数回しか行ったことなかったけど青森にあったお母さんの実家は覚えてるの。私が遊びに行けば、ご馳走いっぱい作ってくれて」
「どこの婆ちゃんも一緒だな、きっとビックリするかも。料理がテーブルに並びきれないから、いつも」

 普段学校にいる時の空人くんより今日はよく話してくれる。
 一時間少しの電車の旅は、移り変わっていく景色と空人くんとの会話であっという間に過ぎてしまった。

「ちょっと漁港の方に寄ってから行こうよ、うまいもん食えるかも」

 おいで、と差し伸べられた手をどうしていいのかわからずにいたら。

「あ、待って」

 焦ったように空人くんは一度手を引っ込めて自分のシャツで手のひらを拭く。

「慣れな過ぎて手汗かいてた」

 恥ずかしそうに笑う空人くんに私も苦笑して。

「私も」

 と自分の手をハンカチで拭いてから、もう一度差し伸べてくれた空人くんの手を握った。
 男の子と手を繋いだのは、真宙くんが初めてだ。
 だけど、真宙くんの手よりも大きくて高い体温の空人くんの手を握り返したら。
 心臓がバカみたいに血を駆け巡らせてるような気がした。
 ドクンドクンが繋いだ手から、どうか伝わりませんようにと必死に祈る。

 坂道を下った先に広がる真っ青な海。
 漁港に並ぶ白い漁船たちは皆鮮やかなビビットカラーの大漁旗を何枚もかけている。

「あれ、じいちゃんの船『空海丸くみまる

 空人くんの指さす先に見える漁船には確かに『空海丸』と書かれていた。

「空人くんの、空って」
「そ、船からつけられた」

 初めて知った事実に笑う私を笑うなと小突くフリをした空人くん。
 
「空人~!」

 後ろからかかる声に空人くんはビクンと背筋を伸ばして。
 私も空人くんもその声の主に顔だけ振り返る。

「やだもう、彼女連れて来るならそう言いなさいよね。はじめまして、空人の祖母です」

 日に焼けた笑顔が太陽みたいなお婆ちゃんがそこに立っていた。
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