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人面犬
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昭和が終わるちょっと前、平成の始まる頃でしたが、人々が語る噂の中に、人面犬が登場しました。
世情は今上陛下の下血に体調悪化によるもので、イベント、コンサートの自粛が続き、バブル経済の終わりの頃でしたが、暗澹たるものがありました。
それが昭和64年の1月7日、今上陛下の崩御が発表されて、自粛ムードは一層、拍車がかかりました。
そうそう、あの「崩御」の日は大雪で国道筋の本屋から業態を変えたレンタルビデオ店に長い長い車の行列が出来ました。
平成、と言うとあの光景を思い出します。何故、レンタルビデオ店に車の行列が出来たのかと言うと、テレビ放送が全て昭和天皇のニュースを延々、流し続けたんですよ。これを言っておかないと、お若い方に理解できない。
今はスマホで配信コンテンツを見る世の中ですから。
前置きが長くなりました、それ以降も「自粛」ムードは続き、テレビのヴァラエティ番組もかなり静かになりましたね。
テレビ局も視聴率維持の為に、ネタを探していたんでしょう。
人面犬から始まったネタは人面魚に移り、写真週刊誌、スポーツ新聞を賑わせませした。鬱屈していた空気の反乱なんでしょうな。あれは。
その頃、私は出稼ぎ労働者のバイトでとある地方都市の繁華街にいました。バブルが弾けたと言われていても、まだ経済は順調に循環していて、そういう肉体労働の方が実入りが良かったです。今でも信じられませんが、ひと月に50万円ほど貰った事があります。そんな有り様でしたから、宿舎にしている宿の飯が終わると、さっさと地元の繁華街に繰り出すという。
その時ですよ、彼と会ったのは。
繁華街の裏路地、ゴミを漁っている野良犬がいる。ちょっと、蹴っ飛ばしてやろうと近付いたら、その主がこっちを向き「なんだ、人間か」と吐き捨てるように言いました。
酔ってはいたものの、何処かのテレビ局の仕込みかな、いわゆる、ドッキリカメラというやつですね。あれだろうと思ったんですよ。
辺りを見回しても、仕掛人の人が出てきません。よく見ると、野良犬の顔が…
人間の顔だったです。
何かの特殊撮影のスタッフが素人相手にテストに悪戯をしているんじゃないか。こんなに、精巧な人間の表情を持った犬は見た事がありません。
「何処かに、操縦している人がいるんだろう、出て来て下さいよ」
私は酔いが醒め始めて、怒鳴り始めました。
「うるさいよ、誰かが来るだろう。他人の飯の邪魔をするもんじゃない」
と、人の顔をした犬は言いました。
がつがつと残飯を漁っている所を見ると、ほんとうに、彼の晩御飯のようです。
「あんた、人面犬、というやつか?」
「そう、呼ばれているらしいな。そんな事は自分の食い扶持に関係ない」
どうやら、本物らしい彼としばらく、世間話をしました。
彼はいきなりこの世に生を受けて、自分と兄弟が違う事を悟り、ひとり(一匹か)、放浪の旅に出ました。
「これから、この国は大変なことになる。嫌な事がいっぱい起こる」
気を許した彼は可哀想なものを見つめる表情で私を見つめました。
「そりゃ、バブル経済は弾けたと言っているが、まだ、経済は順調に動いているよ」
「いや、そんな、卑近な事じゃない。もっと大変な事だ。まぁ、気を付ける事だな」
人面犬の彼は繁華街の裏路地に消えていきました。
それから、私は出稼ぎ労働者のバイトの親方と意見の食い違いから、そこを離れて、兵庫県尼崎で家政婦をしている母親が借りている部屋に転がり込み、バイトを転々としました。
あの時の人面犬のいう事が理解できたのは、1995年でした。
1月17日、地面から突き上げるような振動が起こったかと思えば、しばらく揺れが続きました。
阪神淡路大震災の始まりです。
その3月、東京の地下鉄でサリンガスで多くの人々が被害出て、とある宗教団体が首謀者だと判明しました。
彼と出会って別れて、30年になりますが、経済は悪化の一路を辿り、2011年には東日本大震災、それに伴う原子力発電所のメルトダウンが起こりました。
調べると、昔、牛の頭を持った子供が生まれて「くだん」と呼ばれたそうな。
彼も、もしかしたら、その眷属だったのかな。そうとしか思えません。
彼を思いだす度に、空を見上げます。
なにか、落ちて来やしないかと。
世情は今上陛下の下血に体調悪化によるもので、イベント、コンサートの自粛が続き、バブル経済の終わりの頃でしたが、暗澹たるものがありました。
それが昭和64年の1月7日、今上陛下の崩御が発表されて、自粛ムードは一層、拍車がかかりました。
そうそう、あの「崩御」の日は大雪で国道筋の本屋から業態を変えたレンタルビデオ店に長い長い車の行列が出来ました。
平成、と言うとあの光景を思い出します。何故、レンタルビデオ店に車の行列が出来たのかと言うと、テレビ放送が全て昭和天皇のニュースを延々、流し続けたんですよ。これを言っておかないと、お若い方に理解できない。
今はスマホで配信コンテンツを見る世の中ですから。
前置きが長くなりました、それ以降も「自粛」ムードは続き、テレビのヴァラエティ番組もかなり静かになりましたね。
テレビ局も視聴率維持の為に、ネタを探していたんでしょう。
人面犬から始まったネタは人面魚に移り、写真週刊誌、スポーツ新聞を賑わせませした。鬱屈していた空気の反乱なんでしょうな。あれは。
その頃、私は出稼ぎ労働者のバイトでとある地方都市の繁華街にいました。バブルが弾けたと言われていても、まだ経済は順調に循環していて、そういう肉体労働の方が実入りが良かったです。今でも信じられませんが、ひと月に50万円ほど貰った事があります。そんな有り様でしたから、宿舎にしている宿の飯が終わると、さっさと地元の繁華街に繰り出すという。
その時ですよ、彼と会ったのは。
繁華街の裏路地、ゴミを漁っている野良犬がいる。ちょっと、蹴っ飛ばしてやろうと近付いたら、その主がこっちを向き「なんだ、人間か」と吐き捨てるように言いました。
酔ってはいたものの、何処かのテレビ局の仕込みかな、いわゆる、ドッキリカメラというやつですね。あれだろうと思ったんですよ。
辺りを見回しても、仕掛人の人が出てきません。よく見ると、野良犬の顔が…
人間の顔だったです。
何かの特殊撮影のスタッフが素人相手にテストに悪戯をしているんじゃないか。こんなに、精巧な人間の表情を持った犬は見た事がありません。
「何処かに、操縦している人がいるんだろう、出て来て下さいよ」
私は酔いが醒め始めて、怒鳴り始めました。
「うるさいよ、誰かが来るだろう。他人の飯の邪魔をするもんじゃない」
と、人の顔をした犬は言いました。
がつがつと残飯を漁っている所を見ると、ほんとうに、彼の晩御飯のようです。
「あんた、人面犬、というやつか?」
「そう、呼ばれているらしいな。そんな事は自分の食い扶持に関係ない」
どうやら、本物らしい彼としばらく、世間話をしました。
彼はいきなりこの世に生を受けて、自分と兄弟が違う事を悟り、ひとり(一匹か)、放浪の旅に出ました。
「これから、この国は大変なことになる。嫌な事がいっぱい起こる」
気を許した彼は可哀想なものを見つめる表情で私を見つめました。
「そりゃ、バブル経済は弾けたと言っているが、まだ、経済は順調に動いているよ」
「いや、そんな、卑近な事じゃない。もっと大変な事だ。まぁ、気を付ける事だな」
人面犬の彼は繁華街の裏路地に消えていきました。
それから、私は出稼ぎ労働者のバイトの親方と意見の食い違いから、そこを離れて、兵庫県尼崎で家政婦をしている母親が借りている部屋に転がり込み、バイトを転々としました。
あの時の人面犬のいう事が理解できたのは、1995年でした。
1月17日、地面から突き上げるような振動が起こったかと思えば、しばらく揺れが続きました。
阪神淡路大震災の始まりです。
その3月、東京の地下鉄でサリンガスで多くの人々が被害出て、とある宗教団体が首謀者だと判明しました。
彼と出会って別れて、30年になりますが、経済は悪化の一路を辿り、2011年には東日本大震災、それに伴う原子力発電所のメルトダウンが起こりました。
調べると、昔、牛の頭を持った子供が生まれて「くだん」と呼ばれたそうな。
彼も、もしかしたら、その眷属だったのかな。そうとしか思えません。
彼を思いだす度に、空を見上げます。
なにか、落ちて来やしないかと。
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