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事故物件、その九
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その部屋に着いたのは昼過ぎだった。
依頼主の不動産屋はわたしの曾婆ちゃんからの取引先で、やっかいな「事故物件」が出る度に、私の家に仕事が来る。
わたしがお婆ちゃんから「仕事」を引き継いだのは、ほんの半年前だ。
うちの家系は神道系のお祓いを生業としていたが、曾爺ちゃんが曾婆ちゃんと添い遂げてから、少し事情が変わった。曾婆ちゃんは沖縄のユタの家系で、お婆ちゃんはお祓いが出来たが、その兄弟、男の方にはその才がなかった。地方の神社の養子入りしたり、役所務めに出たりしたようだ。
お婆ちゃんがお祓いの仕事を始めたのは、わたしと同じ17歳で、二十歳で結婚したが、生まれた子供は全員男で、長男、つまりはお父さんが結婚して生まれたのがわたしだ。
お母さんは普通の家の人だったが、お婆ちゃんの才はわたしに受け継がれた。
小さな頃から、雑踏を歩いていたら、人の肩に乗っかっている人を見たりしていてた。その人は横断歩道を歩いていたら、信号無視の車に跳ねられた。
「見える」能力はその頃からあった。
わたしが17歳になった時、お婆ちゃん「隠居」を決め込んだ。「困ったら、手伝ってあげるから」と無理やりバトンタッチされたのだ。不動産屋には、自分が死んだと伝えたらしいが、そんな嘘が不動産屋に通用するだろうか?
とにかく、わたしの才能は隔世遺伝である事は確かだ。
そんな女子高生の新人のバイトに不動産屋は無茶振りをする。
最初の案件は地下アイドルとそのストーカーのカップルが最後の断末魔を繰り返すマンションだった。
感情が捻じれている双方の霊を成仏、浄化するしかない。
とりあえず、ふたりを捕まえて、ふたりの言い分を聞いてみたが、どうやら、ふたりは断末魔を繰り返すうちに共依存の関係になったみたいだった。
わたしはカウンセラーでもないし、いまさら、ここで理解し合ったとしても、後悔が永遠に続く。
お祓いのお札をありたっけ持ってきて部屋の中央にフライパンを置いて、燃やして除霊をした。
隠居しているお婆ちゃんにそれを言ったら、「フライパンって、何を考えているんだい?」と言われたが、使える日用品を使って、何が悪いんだろう。床が焦げたら、弁償ものだ。合理的である。
その次がマンションの一室の中央に陣取ったビスクドールだった。
これは、わたしには無理だった。普通、この手の人形は持ち主の想いが残り、因縁が起こる。それに凶事が重なり因果を形成する。
その想いから来る因縁も災いを及ぼす因果が見えなかった。
ただ、そこにいるだけの「存在」だった。
後で「心理的瑕疵」をロンダリングするバイトのおじさんに聞くと「我々は何処から来たのか、我々は何処へ行くのか。我々はいったい何者か」とビスクドールに呟いたら、自我に目覚めて、旅立ったらしい。
そうなのだ。ビスクドールは元々空虚だったのだ。
「おまえは何者なんだ」と聞けば良かったのだ。
三番目が部屋の中央に置かれた生きた白い娘の右腕。
霊障も感じなければ、災いを及ぼす因縁・因果を感じなかった。
不動産屋にはビスクドールのおじさんなら何とかするでしょうと答えた。
後、もう一件、あるが、あれはわたしの失態だ。
事件自体、思い出したくもない。
そして、今回の案件である。
「あれ、何ですか」
「何だろうね」
「作り物ですか」
「生きているみたいだ。今朝方、見に来たら、マンションの壁を張っていたのを見た。何処かに抜け道があるんだんだろうね」
「あるなろうねって…」
わたしと不動産屋の視線の先には天井の角の奥に陣取ったセントバーナード犬の大きさぐらいの蜘蛛だった。
「びっくりカメラとか、だまして遊ぼうとかの冗談じゃないですよね」
「じゃない。困っているから、呼んだんだよ」
「こういう場合、警察か機動隊、自衛隊の出番だと思うんですが」
お父さんが衛星放送で大昔の怪獣映画「ラドン」を見ていたら、前半の炭鉱町の炭鉱夫の家にメガヌロンという古代生物の昆虫が徘徊して人々を襲っていた。思わず、キモッと叫んだら、本多猪四郎監督は偉大だとお父さんは喜んでいた。あれの対処は警察だった。
「わたし、お祓い専門なんですけれど」
「お祓いで、何とかならないかい?」
「無理です」
私は静かに言った。
蜘蛛を刺激してはいけないからだ。
「困ったね」
不動産屋は呟いたが、困っているのなら、さっさと警察呼べよ。
「大事にならなきゃいいんだが…」
スマホを不動産屋をかけようとした時、玄関のチャイムが鳴った。
すたすたと不動産屋は玄関に行った。
緊張感、持てよ。おっさん。
玄関先で挨拶を交わす声がしたと思ったら、その相手とやって来た。
「安仁屋さん、こちら、前の借主だった…」
「あ。名前は勘弁してください。極秘に私も活動していますので」
と、いかにも研究者然とした男は言った。
「ここ最近、この近所で飼い犬や飼い猫がいなくなる事件が多発しているという情報をネットで見て、もしやと思って来たのですよ。それにしても、大きくなったなぁ」
平然と言うその男に腹が立って来た。
「ちょっと、待ってください。回収の準備に入りますから」
謎の男はスマホで連絡すると、しばらくして、宅配業者みたいな人たちが檻を持ってきた。宅配業者みたいなだけだろう。目つきが全員、鋭かった。
謎の男はコートのポケットから犬笛みたいな物を出して吹くと、天井の隅にいた蜘蛛(セントバーナードの大きさ)が這って来ると、檻の中へ入った。
「ここをお借りしている時に数を管理していたんですが、研究室に戻ったら、一匹、足りなくて」
何の研究と訊こうと思ったが止めた。
聞いたら、いけない感じだ。
「では、お騒がせしました」
謎の男は笑顔で軽く会釈して宅配業者みたいな人たちと出て行った。
残された不動産屋とわたしは呆然としながら、
「なんだったんでしょうね」
「突っ込んだら、負けだよ。知らない世界があるってことだろうね」
不動産屋は呟いた。
安仁屋仁美、17歳。
お祓い、始めて一年足らずの一日はこうして終った。
依頼主の不動産屋はわたしの曾婆ちゃんからの取引先で、やっかいな「事故物件」が出る度に、私の家に仕事が来る。
わたしがお婆ちゃんから「仕事」を引き継いだのは、ほんの半年前だ。
うちの家系は神道系のお祓いを生業としていたが、曾爺ちゃんが曾婆ちゃんと添い遂げてから、少し事情が変わった。曾婆ちゃんは沖縄のユタの家系で、お婆ちゃんはお祓いが出来たが、その兄弟、男の方にはその才がなかった。地方の神社の養子入りしたり、役所務めに出たりしたようだ。
お婆ちゃんがお祓いの仕事を始めたのは、わたしと同じ17歳で、二十歳で結婚したが、生まれた子供は全員男で、長男、つまりはお父さんが結婚して生まれたのがわたしだ。
お母さんは普通の家の人だったが、お婆ちゃんの才はわたしに受け継がれた。
小さな頃から、雑踏を歩いていたら、人の肩に乗っかっている人を見たりしていてた。その人は横断歩道を歩いていたら、信号無視の車に跳ねられた。
「見える」能力はその頃からあった。
わたしが17歳になった時、お婆ちゃん「隠居」を決め込んだ。「困ったら、手伝ってあげるから」と無理やりバトンタッチされたのだ。不動産屋には、自分が死んだと伝えたらしいが、そんな嘘が不動産屋に通用するだろうか?
とにかく、わたしの才能は隔世遺伝である事は確かだ。
そんな女子高生の新人のバイトに不動産屋は無茶振りをする。
最初の案件は地下アイドルとそのストーカーのカップルが最後の断末魔を繰り返すマンションだった。
感情が捻じれている双方の霊を成仏、浄化するしかない。
とりあえず、ふたりを捕まえて、ふたりの言い分を聞いてみたが、どうやら、ふたりは断末魔を繰り返すうちに共依存の関係になったみたいだった。
わたしはカウンセラーでもないし、いまさら、ここで理解し合ったとしても、後悔が永遠に続く。
お祓いのお札をありたっけ持ってきて部屋の中央にフライパンを置いて、燃やして除霊をした。
隠居しているお婆ちゃんにそれを言ったら、「フライパンって、何を考えているんだい?」と言われたが、使える日用品を使って、何が悪いんだろう。床が焦げたら、弁償ものだ。合理的である。
その次がマンションの一室の中央に陣取ったビスクドールだった。
これは、わたしには無理だった。普通、この手の人形は持ち主の想いが残り、因縁が起こる。それに凶事が重なり因果を形成する。
その想いから来る因縁も災いを及ぼす因果が見えなかった。
ただ、そこにいるだけの「存在」だった。
後で「心理的瑕疵」をロンダリングするバイトのおじさんに聞くと「我々は何処から来たのか、我々は何処へ行くのか。我々はいったい何者か」とビスクドールに呟いたら、自我に目覚めて、旅立ったらしい。
そうなのだ。ビスクドールは元々空虚だったのだ。
「おまえは何者なんだ」と聞けば良かったのだ。
三番目が部屋の中央に置かれた生きた白い娘の右腕。
霊障も感じなければ、災いを及ぼす因縁・因果を感じなかった。
不動産屋にはビスクドールのおじさんなら何とかするでしょうと答えた。
後、もう一件、あるが、あれはわたしの失態だ。
事件自体、思い出したくもない。
そして、今回の案件である。
「あれ、何ですか」
「何だろうね」
「作り物ですか」
「生きているみたいだ。今朝方、見に来たら、マンションの壁を張っていたのを見た。何処かに抜け道があるんだんだろうね」
「あるなろうねって…」
わたしと不動産屋の視線の先には天井の角の奥に陣取ったセントバーナード犬の大きさぐらいの蜘蛛だった。
「びっくりカメラとか、だまして遊ぼうとかの冗談じゃないですよね」
「じゃない。困っているから、呼んだんだよ」
「こういう場合、警察か機動隊、自衛隊の出番だと思うんですが」
お父さんが衛星放送で大昔の怪獣映画「ラドン」を見ていたら、前半の炭鉱町の炭鉱夫の家にメガヌロンという古代生物の昆虫が徘徊して人々を襲っていた。思わず、キモッと叫んだら、本多猪四郎監督は偉大だとお父さんは喜んでいた。あれの対処は警察だった。
「わたし、お祓い専門なんですけれど」
「お祓いで、何とかならないかい?」
「無理です」
私は静かに言った。
蜘蛛を刺激してはいけないからだ。
「困ったね」
不動産屋は呟いたが、困っているのなら、さっさと警察呼べよ。
「大事にならなきゃいいんだが…」
スマホを不動産屋をかけようとした時、玄関のチャイムが鳴った。
すたすたと不動産屋は玄関に行った。
緊張感、持てよ。おっさん。
玄関先で挨拶を交わす声がしたと思ったら、その相手とやって来た。
「安仁屋さん、こちら、前の借主だった…」
「あ。名前は勘弁してください。極秘に私も活動していますので」
と、いかにも研究者然とした男は言った。
「ここ最近、この近所で飼い犬や飼い猫がいなくなる事件が多発しているという情報をネットで見て、もしやと思って来たのですよ。それにしても、大きくなったなぁ」
平然と言うその男に腹が立って来た。
「ちょっと、待ってください。回収の準備に入りますから」
謎の男はスマホで連絡すると、しばらくして、宅配業者みたいな人たちが檻を持ってきた。宅配業者みたいなだけだろう。目つきが全員、鋭かった。
謎の男はコートのポケットから犬笛みたいな物を出して吹くと、天井の隅にいた蜘蛛(セントバーナードの大きさ)が這って来ると、檻の中へ入った。
「ここをお借りしている時に数を管理していたんですが、研究室に戻ったら、一匹、足りなくて」
何の研究と訊こうと思ったが止めた。
聞いたら、いけない感じだ。
「では、お騒がせしました」
謎の男は笑顔で軽く会釈して宅配業者みたいな人たちと出て行った。
残された不動産屋とわたしは呆然としながら、
「なんだったんでしょうね」
「突っ込んだら、負けだよ。知らない世界があるってことだろうね」
不動産屋は呟いた。
安仁屋仁美、17歳。
お祓い、始めて一年足らずの一日はこうして終った。
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