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第十一章 君の居ない世界

第六話

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 プラチナブロンドの長い髪のアンドロイドの手入れをする事から、リリとヨウジの一日が始まる。
 眠るアンドロイドの名前は『マリア』というらしい。ヨウジはマリアが動いているところを、まだ一度も観たことがない。
 けれど何となくマリアに対して、不思議な感情を抱くことがある。
 その感情は彼女の持ち物総てが、嘗て自分のものだった様な気持ちになるのだ。
 
 
 傍にあるノートパソコンを見る度に、ヨウジはそれが自分のものの様な気持ちになる。
 アンドロイドが自分の電化製品を持っているなんて事は、本来であるなら絶対に有り得ない事だ。
 そもそもそのノートパソコンがマリアのものだと知った時、リリはとても驚いていた。
 けれどヨウジはそれを、何故か得意気にさえ感じていたのだ。
 
 
「………………マリア、ってさ、女性型のアンドロイドだろ?どうして俺が女性型のアンドロイドの持ち物を、懐かしく感じるんだろうな………………」
 
 
 ヨウジには嘗て自分の身体が、大人だった頃の記憶がある。リリらしき真っ白な女の人に、何かを教えている記憶。
 けれどヨウジは記憶の中にいる自分の手には、何時も煙草がある事に気が付いたのだ。
 アンドロイドが煙草を吸う事は、構造上決して出来ない訳ではない。けれどヨウジは煙草を見ても、何の懐かしさも感じないのだ。
 ヨウジの話を聞いたリリは、マリアのプラチナブロンドの髪を優しく撫でる。
 リリは切なげに目を伏せながら、ある事を口にした。
 
 
「…………私もね、マリアを見ていると、何だかとても此処の奥がぎゅう、って痛くなるんだ。
何時もね、ごめんねって思うの…………」
 
 
 リリスはそう云いながら、自分の胸元に手を当てる。この時、ヨウジはある一つの仮説を頭に巡らせた。
 自分の中にある記憶は作り物で、何かを隠されているのではないか。
 本当の過去を思い出す事がない様に、真生によって何か手を加えられているのではないだろうか。
 もしそうであるのなら、真生は自分達に何の目的があって、こんな事をしているのだろうか。
 ヨウジはそう考えて懸命に思考を巡らせる。けれどヨウジは真生を、決して悪い人間だと思えなかったのだ。
 
 
 時折真生は寝室に閉じこもり、一日中マリアのメンテナンス作業をしている。
 その時、真生は両の目から涙を流し、恋人を慈しむかの様にマリアに触れるのだ。
 ヨウジは真生のマリアへの接し方を見て、胸の底が焼ける様な焦燥感を覚える。これじゃいけないと、何故か思うのだ。
 
 
***
 
 
「…………なぁ、真生…………そろそろマリアのバックアップデータをさぁ…………」
「……………嫌だ」
 
 
 リビングの一角にはモニター画面塗れの箇所があり、真生は毎日其処で作業をしていた。
 辛うじてオンラインで学校の講義は受け、卒業に関しての問題はない。
 けれど人間生活を放棄しているようにヨウジの目には映った。
 時折真生の元には、博嗣という男がやってくる。彼は真生に対して、マリアを目覚めさせる打診をするのだ。
 博嗣は時折、真生にマリアのメンテナンスの道具を買ってきてくれる。
 それに真生が口に入れられそうな食品も。けれど真生はそれを、上手く食べれないでいる。身体が全く受け付けていない。
 真生の意識は自然と、死を選ぶように動いていた。
 
 
「…………真生!!幾らアダム社の事と、シンギュラリティ科学賞の事で、お前に金が入ってたとしてもさぁ!!
こんな生活続けてたら、何時か身体壊すに決まってんだろ!?俺はまた、昔みたいに戻って欲しいんだよ…………!!
飯食えよ!!そんで外に出ろって!!」
 
 
 博嗣はそう言いながら肩を震わせ、真生の家から出てゆく。ヨウジは真生と博嗣の会話を、一切聞いてない素振りを続けていた。
 ヨウジは幾つかの言葉を頭の中にインプットして、そっと保管しておく。
 博嗣の居なくなったリビングの中で、真生は今にも消え入りそうな程、弱弱しい声で嘆いた。
 
 
「………………君のいない世界で、頑張れないよ、俺は……………」
 
 
 ヨウジはそれを聞いていないフリをして、リビングから離れる。そしてある事を決意した。
 毎週水曜日になると、真生はほんの少しの間だけ家を留守にする。病院に行って薬を受け取っている事は、部屋の片付けをしている時に知った。
 次の水曜日が来たら、マリアのパソコンを起動させようとヨウジは思う。そしていよいよ、その日が訪れたのだ。
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