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第十章 或る男の記録

第八話★

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 東郷と要治の関係性が悪くなり始めたのは、その事件が起きたのが切っ掛けだった。
 仲の良かった二人は全く会話をしなくなり、お互いにお互いの存在が視界に入っていない様に振る舞う。
 そんなギクシャクしていた頃に、東郷の父親にあたるアダム社の現代表が倒れた。
 東郷の父親は要治の事を買っていた。何より実の息子より、要治の方を信じていた位だった。
 そして東郷が代表に切り替わったのだ。
 要治の肩を持っていた一番の権力者が、戦線から離脱する。それと同時に研究所の中で、ある噂が囁かれ始めた。
 
 
『要治はリリスに自分の立場を利用し、手を出している』
 
 
 要治は元々、余り人に好かれるタイプの人間では無かった。気も短く誤解もされやすい。
 羨望の眼差しを向けられる事もあったが、それと同じ位に嫌悪の目を向けられる事も多々あった。
 梨紗子が生きていた頃は、梨紗子が周りへの緩和剤になってくれていた。
 けれど梨紗子が死んだ今、要治の誤解を解いてくれる人間は居ない。
 それに、要治がリリスの事を抱いてしまった事は、紛れもない事実だ。
 
 
 元々アンドロイドは設定を施さなければ、人間を愛する事は無い。
 それに元々リリスは東郷からの指令で、自分を愛するように設定を施された。
 要治はそれを今更だと思いながら、居心地の悪い研究所の中で日々を過ごす。
 けれど要治はリリスの中から、自分との日々を削除する事は出来なかった。
 それを消してしまえば、自分の愛したリリスではなくなってしまう。要治は孤立しながら、リリスと共に過ごしていた。
 
 
 そしてアダム社の建て替えの知らせと共に、要治の解雇通知が広まったのだ。
 
 
 シンギュラリティ科学賞迄取ったプログラマーの解雇理由の、様々な憶測が飛び交ってゆく。
 要治が全く想像もしてなかった事実無根悪評が、尾鰭羽鰭を付けて広がっている。
 プログラマーとしての再就職は絶望的だ。
 まるで罪人の様に扱われ避けられる要治は、自分が悪く言われる事は怖くなかった。
 要治が一番恐ろしいと思っていた事は、リリスと離れ離れにされる事だったのだ。
 
 
***
 
 
「リリス、前に話したろ。幸せって長く続かないものなのだから、満たされてると怖くなるって。
幸せはとても儚いものだから、形があったら必ず粉々になって、無くなっちまうものだって。
関係性を誰かと作るのは、何時も怖いってさ。………………終わる時が来たよ、リリス」
 
 
 夜のアダム社の研究所で、要治は笑いながらリリスに別れを告げる。
 けれどリリスはボロボロ泣いて、要治に縋り付いた。
 
 
「どうして!?!?どうしてなの!?!?要治さんは何も悪い事をしていないのに!?!?
なんで要治さんが悪いヒトみたいに扱われるの!?!?」
 
 
 リリスは東郷が自分にした事を解っている。それなのに全てが要治のせいになる事が、耐え難い程に赦せなかった。
 要治はずっと晴れやかな表情を浮かべ、吹っ切れた様子で振る舞う。こんなに明るい表情の要治を、リリスは初めて見たのだ。
 
 
「仕方ねェよ。俺はさ、不器用に拗らせて生きてきた。だから、何時もこういう運命を必ず辿るんだ」
 
 
 要治はそう言って笑いながら、小さな丸椅子に乗り窓際に立つ。
 カーテンレールに手を掛け、白いロープを其処に引っ掛けた。
 輪を描いたロープに首を引っ掛けた要治は、リリスに向かって優しく微笑む。
 リリスは要治が死ぬつもりなんだと、この時に気が付いた。
 
 
「………………要治さん、何して…………」
「なぁリリス。俺を殺してくれ……………」
「……………出来ない!!そんな事できないよ!!要治さん!!」
「頼むから…………。もう、俺にはこれしか希望が残ってねエんだ」
 
 
 要治の言葉にリリスは凍り付き、静かに涙を流す。要治は淡く微笑んで甘い声色で囁いた。
 その声色は、初めて『愛してる』とリリスに囁いた声と同じだった。
 
 
「…………最低最悪の人生だった。でも、お前との日々は本当に幸せだったよ。
…………だから最後に、お前の手で終わらせてほしい。俺はそれで報われる。この椅子、お前が蹴ってくれ」
 
 
 リリスはボロボロ涙を流しながら、要治の命令通り椅子を蹴り飛ばす。
 宙に舞った要治の身体は暫く藻搔いて暴れ、全く動かなくなった。
 リリスは要治を裏切らず、命令通りに総てを聞き入れる。
 そしてリリスはこの時『殺人』と『裏切り』のデータを、ソースコードとして自分に焼き付けたのだ。
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