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第十章 或る男の記録

第五話

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 LILITHシリーズの制作が5を超えた頃、東郷は若い派手な女たちを侍らせる様になった。
 病院で眠る梨紗子の事は決して見て見ぬふりをして、東郷は毎夜の如くに出かけてゆく。
 東郷が梨紗子との死に向かい合いたくない気持ちを、要治は気付いていた。
 全く言葉を語れなくなった自分の伴侶を見て、心が壊れてしまいそうになる気持ちは解る。
 けれど病室で一人きりの梨紗子を、要治は放っておけなかった。意識がなくとも、一人にしておけないと感じた。
 
 
 この頃の梨紗子の肉体は、まるで枯れ木の枝を思わせる。力を掛けたら折れてしまいそうな程に細い。
 要治は梨紗子の病室を訪ねる度に、何も言わずにただ梨紗子見つめている。今にも命の灯が、消えてしまいそうな想い人を見つめるだけ。
 それで一日が終わる迄過ごすのが、要治の休日だった。
 
 
 その頃になると要治は、リリスからのキスを受け入れていた。
 落とされる口付けをただ受け止め、リリスの白い髪を撫でる。
 血の様に真っ赤な瞳を決して覗き込みはしないが、リリスからの愛情表現は、嫌がらずに受け止める様になっていた。
 柔らかな唇を重ね合わせられながら、ぼんやりと虚空を眺める。
 リリスは要治を見下ろしながら、ある事を問いかけた。
 
  
「…………要治さん大丈夫??少し痩せた??」
「…………大丈夫だよ、別に」
「…………駄目だよ要治さん、私みたいに要治さんは替えが効かないんだから…………。要治さんの代わりなんていないの」
 
 
 リリスが自分に向ける愛情は、設定である事を解っている。
 それでも孤独だった要治は、それに居心地の良さを感じ始めていた。
 この頃の要治はもう限界値を迎えていたのだ。心の防波堤が何時崩れ落ちてもおかしくない程に、ぼろぼろに弱り切っていた。
 そして、LILITH5が発売された頃に、梨紗子は死んだ。
 
 
***
 
 
 東郷は葬式の間、普段の姿勢を崩す事は無かった。何時もと同じように振る舞い、葬式の喪主の務めを果たす。
 同じ悲しみを抱えているにも関わらず、自分を律せる東郷を、要治は立派だと感じていた。
 一方、要治は言葉を口にしてしまえば、何もかも崩れてしまいそうだと思う。
 梨紗子の死を全く受け止められていないのは、自分なんだと要治は感じていた。
 
 
 梨紗子の思い出に塗れた研究所に戻り、たった一人で仕事に打ち込む。
 この頃にはアダム社の新しいビルの建築が始まり、会社自体も慌ただしくなっていた。
 打ち込む仕事は山ほどあると、要治は自分の身体を駆使してゆく。
 集中してキーボードを指先で叩く要治の手の甲に、細い指先の手が重なった。
 要治は作業の手を止めて振り返る。其処には梨紗子と全く同じ、リリスの顔があった。
 
 
「………………要治さん、ダメ…………。これ以上は身体に触る…………!!
ずっと無理をしてるから、少し休んで…………!!」
 
 
 生きて笑って泣いて、動いていた時代の梨紗子と同じ顔立ち。抱きしめたら柔らかそうな身体の、梨紗子の生き写し。
 リリスの血の様な虹彩と視線が絡まった瞬間、目から涙が溢れ出す。
 要治はそれを自分で止める事が出来ず、リリスの身体を抱きしめた。
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