上 下
63 / 75
第4章 今夜処刑台にて

月の綺麗な夜

しおりを挟む
 一時間もせず、すぐに要塞は降ろされた。
 敵国からの攻撃や侵入を防ぐ鉄壁の要塞だ。屈強な護衛達を数十人集め、滑車の力などを使ってようやく取り付ける事が出来る。
 
 さきほどからずっと、ずずん、という地響きのような音が城全体を揺らしている。
 普段から有事に備えて訓練をしているせいか、騎士たちの行動は迅速で一糸乱れない。

 日が暮れる頃には、要塞は降ろされ、宮廷は鉄壁に囲まれた。城下町の者の避難も終わっていた。

 前王イゼルが焼き討ちたれた経験からか、騎士も町の人々も、怯えることなく慣れた調子である。皮肉にも。

 ナギリは自室の窓から要塞を眺めていた。
 机に置いてある籠の中の蛍は、人間達の争い事などちっとも関係ないと言った様子で穏やかに光りながら飛んでいる。
 
 リーフェンシュタールが攻めてくるかもしれない、父を殺し、今もまだ王国の滅亡に追い込もうと野心に燃える男の姿を思い浮かべると、なんだか落ち着いて居られなくなり、部屋の外へと出た。

 扉を開けるとレナードが立っていた。
 いつものように背筋を伸ばし、剣に手を掛けた態勢で。

「どこへ」

 と尋ねられたので、

「少し散歩だ。気持ちが落ち着かない」

「ではお供いたします」

「お前が傍にいたら一層落ち着かないだろうが」

 腕を組んで返すと、レナードは眉を上げて一瞬黙ったが、

「……なるべく早く御戻りを」

 と呟いた。

 円柱状の柱が並ぶ、赤い絨毯の敷かれた宮廷の中をゆっくりと歩く。
 それは、蝋燭立ての歩き方と同じ速度だ。

 スタンドグラスに月の光が当たり、絨毯を鮮やかな色に変えていた。
 時が止まったような宮廷の中を、ナギリは歩いた。一つに結った長い黒髪が、静かに揺れる。

 たった数日で、色々な事が起こりすぎた。
 どう形容していいかわからない感情が体中を渦巻く。


「月が綺麗な夜は胸騒ぎがするね。君もそうなの?」


 背後から声が聞こえた。
 闇の中、目を凝らすと、目深にローブを被った男がこちらを見つめていた。

 目をこすったら暗闇に滲んで消えてしまうのではないかというほど、儚い姿だ。


「ベネディクト、部屋から出て大丈夫なのか」


 目の下に深く刻印された隈が、明るい場所では一層痛々しい。
 いつも、真っ暗で狭く汚い部屋から一切出てこない彼が、城内とはいえこのような場所を歩いているのに驚いた。

 彼はローブの中から紙を取り出した。
 目を凝らして見ると、それはアンセルドがリーフェンシュタールと送り合っていた内通の書簡である。いつの間に取ってきたのだろう。
 

 ベネディクトはその中の一行を指さすと、音読した。


「『――先鋒の者達を壊滅状態にした黒髪の男は確保。牢に入れ、明日処刑される予定』だって」


 涼しげな声が、アーチ状の城の天井に反響して響く。


「なんだって」


 かろうじて、かすれた声が出た。

「古代語をいじって配列変換した暗号だね。
 でも、僕に読めない言語は無いんだよ」


 当たり前のように言って、ベネディクトは書簡を広げて見せた。

 あの飄々とした男の事だ、うまく逃げ果せたのではないかという考えが浮かんだが、それは甘い考えだったのか。
 それもそうか、敵は馬に乗った騎士何百人相手である。
 たった一人の人間が、いや、たった一人の千年族が、それを打ち破って無事に済むなど、考えられないおとぎ話である。


 ぐるぐると、思考が渦となってナギリを苛める。
 どうしてこうも、蝋燭立ての話になると冷静になれないのだろうと自分に嫌気が差した。


 最初のカティであり、信頼していたアンセルドが裏切って死に、蝋燭立ては異国で牢に捕まっている。

 要塞を下ろしたため、城からの脱出は例え王と言えど、不可能だ。


 ナギリは神経質そうに自身の体を抱く。震えが止まらなかった。


 
 蝋燭立てが、死ぬ? 私を置いて? 



 自問自答を繰り返す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

獣人カフェで捕まりました

サクラギ
BL
獣人カフェの2階には添い寝部屋がある。30分5000円で可愛い獣人を抱きしめてお昼寝できる。 紘伊(ヒロイ)は30歳の塾講師。もうおじさんの年齢だけど夢がある。この国とは違う場所に獣人国があるらしい。獣人カフェがあるのだから真実だ。いつか獣人の国に行ってみたい。対等な立場の獣人と付き合ってみたい。 ——とても幸せな夢だったのに。 ※18禁 暴力描写あり えっち描写あり 久しぶりに書きました。いつまで経っても拙いですがよろしくお願いします。 112話完結です。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

その瞳に魅せられて

一ノ清たつみ(元しばいぬ)
BL
「あの目が欲しい」  あの目に、あの失われぬ強い眼差しに再び射抜かれたい。もっと近くで、もっと傍で。自分だけを映すものとして傍に置きたい。そう思ったらもう、男は駄目だったのだーー 執着攻めが神子様らぶな従者の受けを横から掻っ攫っていく話。 ひょんなことから、カイトは神子だというハルキと共に、異世界へと連れて来られてしまう。神子の従者として扱われる事になったカイトにはしかし、誰にも言えない秘密があって…という異世界転移のおまけ君のお話。 珍しく若い子。おえろは最後の方におまけ程度に※表示予定。 ストーリーのもえ重視。 完結投稿します。pixiv、カクヨムに別版掲載中。 古いので読みにくいかもしれませんが、どうぞご容赦ください。 R18版の方に手を加えました。 7万字程度。

【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜

倉橋 玲
BL
**完結!** スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。 金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。 従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。 宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください! https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be ※この作品は他サイトでも公開されています。

【再掲】オメガバースの世界のΩが異世界召喚でオメガバースではない世界へ行って溺愛されてます

緒沢 利乃
BL
突然、異世界に召喚されたΩ(オメガ)の帯刀瑠偉。 運命の番は信じていないけれど、愛している人と結ばれたいとは思っていたのに、ある日、親に騙されてα(アルファ)とのお見合いをすることになってしまう。 独身の俺を心配しているのはわかるけど、騙されたことに腹を立てた俺は、無理矢理のお見合いに反発してホテルの二階からダーイブ! そして、神子召喚として異世界へこんにちは。 ここは女性が極端に少ない世界。妊娠できる女性が貴ばれる世界。 およそ百年に一人、鷹の痣を体に持つ選ばれた男を聖痕者とし、その者が世界の中心の聖地にて祈ると伴侶が現れるという神子召喚。そのチャンスは一年に一度、生涯で四回のみ。 今代の聖痕者は西国の王太子、最後のチャンス四回目の祈りで見事召喚に成功したのだが……俺? 「……今代の神子は……男性です」 神子召喚された神子は聖痕者の伴侶になり、聖痕者の住む国を繁栄に導くと言われているが……。 でも、俺、男……。 Ωなので妊娠できるんだけどなー、と思ったけど黙っておこう。 望んで来た世界じゃないのに、聖痕者の異母弟はムカつくし、聖痕者の元婚約者は意地悪だし、そんでもって聖痕者は溺愛してくるって、なんなんだーっ。 αとのお見合いが嫌で逃げた異世界で、なんだが不憫なイケメンに絆されて愛し合ってしまうかも? 以前、別名義で掲載した作品の再掲載となります。

召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】

クリム
BL
 僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。 「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」  実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。  ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。  天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。 このお話は、拙著 『巨人族の花嫁』 『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』 の続作になります。  主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。  重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。 ★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

処理中です...