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第4章 今夜処刑台にて
月の綺麗な夜
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一時間もせず、すぐに要塞は降ろされた。
敵国からの攻撃や侵入を防ぐ鉄壁の要塞だ。屈強な護衛達を数十人集め、滑車の力などを使ってようやく取り付ける事が出来る。
さきほどからずっと、ずずん、という地響きのような音が城全体を揺らしている。
普段から有事に備えて訓練をしているせいか、騎士たちの行動は迅速で一糸乱れない。
日が暮れる頃には、要塞は降ろされ、宮廷は鉄壁に囲まれた。城下町の者の避難も終わっていた。
前王イゼルが焼き討ちたれた経験からか、騎士も町の人々も、怯えることなく慣れた調子である。皮肉にも。
ナギリは自室の窓から要塞を眺めていた。
机に置いてある籠の中の蛍は、人間達の争い事などちっとも関係ないと言った様子で穏やかに光りながら飛んでいる。
リーフェンシュタールが攻めてくるかもしれない、父を殺し、今もまだ王国の滅亡に追い込もうと野心に燃える男の姿を思い浮かべると、なんだか落ち着いて居られなくなり、部屋の外へと出た。
扉を開けるとレナードが立っていた。
いつものように背筋を伸ばし、剣に手を掛けた態勢で。
「どこへ」
と尋ねられたので、
「少し散歩だ。気持ちが落ち着かない」
「ではお供いたします」
「お前が傍にいたら一層落ち着かないだろうが」
腕を組んで返すと、レナードは眉を上げて一瞬黙ったが、
「……なるべく早く御戻りを」
と呟いた。
円柱状の柱が並ぶ、赤い絨毯の敷かれた宮廷の中をゆっくりと歩く。
それは、蝋燭立ての歩き方と同じ速度だ。
スタンドグラスに月の光が当たり、絨毯を鮮やかな色に変えていた。
時が止まったような宮廷の中を、ナギリは歩いた。一つに結った長い黒髪が、静かに揺れる。
たった数日で、色々な事が起こりすぎた。
どう形容していいかわからない感情が体中を渦巻く。
「月が綺麗な夜は胸騒ぎがするね。君もそうなの?」
背後から声が聞こえた。
闇の中、目を凝らすと、目深にローブを被った男がこちらを見つめていた。
目をこすったら暗闇に滲んで消えてしまうのではないかというほど、儚い姿だ。
「ベネディクト、部屋から出て大丈夫なのか」
目の下に深く刻印された隈が、明るい場所では一層痛々しい。
いつも、真っ暗で狭く汚い部屋から一切出てこない彼が、城内とはいえこのような場所を歩いているのに驚いた。
彼はローブの中から紙を取り出した。
目を凝らして見ると、それはアンセルドがリーフェンシュタールと送り合っていた内通の書簡である。いつの間に取ってきたのだろう。
ベネディクトはその中の一行を指さすと、音読した。
「『――先鋒の者達を壊滅状態にした黒髪の男は確保。牢に入れ、明日処刑される予定』だって」
涼しげな声が、アーチ状の城の天井に反響して響く。
「なんだって」
かろうじて、かすれた声が出た。
「古代語をいじって配列変換した暗号だね。
でも、僕に読めない言語は無いんだよ」
当たり前のように言って、ベネディクトは書簡を広げて見せた。
あの飄々とした男の事だ、うまく逃げ果せたのではないかという考えが浮かんだが、それは甘い考えだったのか。
それもそうか、敵は馬に乗った騎士何百人相手である。
たった一人の人間が、いや、たった一人の千年族が、それを打ち破って無事に済むなど、考えられないおとぎ話である。
ぐるぐると、思考が渦となってナギリを苛める。
どうしてこうも、蝋燭立ての話になると冷静になれないのだろうと自分に嫌気が差した。
最初のカティであり、信頼していたアンセルドが裏切って死に、蝋燭立ては異国で牢に捕まっている。
要塞を下ろしたため、城からの脱出は例え王と言えど、不可能だ。
ナギリは神経質そうに自身の体を抱く。震えが止まらなかった。
蝋燭立てが、死ぬ? 私を置いて?
自問自答を繰り返す。
敵国からの攻撃や侵入を防ぐ鉄壁の要塞だ。屈強な護衛達を数十人集め、滑車の力などを使ってようやく取り付ける事が出来る。
さきほどからずっと、ずずん、という地響きのような音が城全体を揺らしている。
普段から有事に備えて訓練をしているせいか、騎士たちの行動は迅速で一糸乱れない。
日が暮れる頃には、要塞は降ろされ、宮廷は鉄壁に囲まれた。城下町の者の避難も終わっていた。
前王イゼルが焼き討ちたれた経験からか、騎士も町の人々も、怯えることなく慣れた調子である。皮肉にも。
ナギリは自室の窓から要塞を眺めていた。
机に置いてある籠の中の蛍は、人間達の争い事などちっとも関係ないと言った様子で穏やかに光りながら飛んでいる。
リーフェンシュタールが攻めてくるかもしれない、父を殺し、今もまだ王国の滅亡に追い込もうと野心に燃える男の姿を思い浮かべると、なんだか落ち着いて居られなくなり、部屋の外へと出た。
扉を開けるとレナードが立っていた。
いつものように背筋を伸ばし、剣に手を掛けた態勢で。
「どこへ」
と尋ねられたので、
「少し散歩だ。気持ちが落ち着かない」
「ではお供いたします」
「お前が傍にいたら一層落ち着かないだろうが」
腕を組んで返すと、レナードは眉を上げて一瞬黙ったが、
「……なるべく早く御戻りを」
と呟いた。
円柱状の柱が並ぶ、赤い絨毯の敷かれた宮廷の中をゆっくりと歩く。
それは、蝋燭立ての歩き方と同じ速度だ。
スタンドグラスに月の光が当たり、絨毯を鮮やかな色に変えていた。
時が止まったような宮廷の中を、ナギリは歩いた。一つに結った長い黒髪が、静かに揺れる。
たった数日で、色々な事が起こりすぎた。
どう形容していいかわからない感情が体中を渦巻く。
「月が綺麗な夜は胸騒ぎがするね。君もそうなの?」
背後から声が聞こえた。
闇の中、目を凝らすと、目深にローブを被った男がこちらを見つめていた。
目をこすったら暗闇に滲んで消えてしまうのではないかというほど、儚い姿だ。
「ベネディクト、部屋から出て大丈夫なのか」
目の下に深く刻印された隈が、明るい場所では一層痛々しい。
いつも、真っ暗で狭く汚い部屋から一切出てこない彼が、城内とはいえこのような場所を歩いているのに驚いた。
彼はローブの中から紙を取り出した。
目を凝らして見ると、それはアンセルドがリーフェンシュタールと送り合っていた内通の書簡である。いつの間に取ってきたのだろう。
ベネディクトはその中の一行を指さすと、音読した。
「『――先鋒の者達を壊滅状態にした黒髪の男は確保。牢に入れ、明日処刑される予定』だって」
涼しげな声が、アーチ状の城の天井に反響して響く。
「なんだって」
かろうじて、かすれた声が出た。
「古代語をいじって配列変換した暗号だね。
でも、僕に読めない言語は無いんだよ」
当たり前のように言って、ベネディクトは書簡を広げて見せた。
あの飄々とした男の事だ、うまく逃げ果せたのではないかという考えが浮かんだが、それは甘い考えだったのか。
それもそうか、敵は馬に乗った騎士何百人相手である。
たった一人の人間が、いや、たった一人の千年族が、それを打ち破って無事に済むなど、考えられないおとぎ話である。
ぐるぐると、思考が渦となってナギリを苛める。
どうしてこうも、蝋燭立ての話になると冷静になれないのだろうと自分に嫌気が差した。
最初のカティであり、信頼していたアンセルドが裏切って死に、蝋燭立ては異国で牢に捕まっている。
要塞を下ろしたため、城からの脱出は例え王と言えど、不可能だ。
ナギリは神経質そうに自身の体を抱く。震えが止まらなかった。
蝋燭立てが、死ぬ? 私を置いて?
自問自答を繰り返す。
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