【完結】両性を持つ魔性の王が唯一手に入れられないのは、千年族の男の心

第3章 止まらぬ想い

望みを叶えることは

　一足先に塔の上へと来ていた黒髪の男は、それをなびかせて真っ直ぐに立っている。

　王になる前、まだ子供だった頃、よく見つめた背中。

　
　風が凪いだ。
　

　ナギリは思った。
　

　青銅の蝋燭立ては、本当はどこにいるのだろう、と。
　

　なにを見て、なにを考えているのだろう。
　
　ふらりと現れて、そして霞のように消えてしまう。

　消えた後は、きっと私のことなど忘れてしまうのだろう。
　千年を生きる彼にとって、人間の一生などきっと瞬きほどの一瞬だ。
　

　
　広い広い街並みを見下ろすその姿は、誰よりも悠然とした王のようだった。


「まさかここまでついてくるとはな」

　気がつくといつの間にか蝋燭立てが振り返っていて、その感情の無い瞳はこちらを向いていた。
　高く伸びた背。
　何よりも求めているのに、いつも手が届かずに掴み損ねる存在。
　
　生きている時間軸が全く違う、確かにそこにいるのに、そこにはいない男。
　
　ナギリが自嘲気味に笑うと、蝋燭立ては小さく首をかしげた。
　
　鐘の音が響き渡る。この鐘が鳴り終わると、そろそろ日暮れの時間だ。
　沈みゆく太陽を背に、蝋燭立ては感情の無い低い声で言った。


「優しくしてもらって悪いが、俺はお前の望みを叶える事は出来ないと思う」


　そうして、視線をこちらへと投げてくる蝋燭立て。
　自分の望みがなんなのか、自分でさえ分からないのに、全てを見透かす千年族の男は知ったような口を聞く。

　喉の奥が詰まった。
　何かを言わねばと思い、しかし気の利いた言葉が何一つ思い浮かばない。

　結局力を振り絞って出た言葉が、

「――――そんなつもりはない」


　などという、陳腐な否定の言葉。


「そうか。なら、いいんだ」


　そう言って、蝋燭立てはナギリから距離を取り、また城下町を見下ろした。

　彼はいつもそうだった。
　そっと距離を取り、目を伏せて佇んでいる。
　
　遠くの海に夕暮れの陽が当たり、まるで万華鏡のように輝く。
　
　そんな美しい風景が目の前に広がっているというのに、ナギリはじっと、男の体温を持たぬ横顔を眺め続ける。



　胸に開いた穴がだんだん広がってゆく。


　孤独を吸って大きくなるそれは、もう塞がってなどはくれなかった。