【完結】両性を持つ魔性の王が唯一手に入れられないのは、千年族の男の心

第2章 十年前の話

ゆっくり話す練習

「お前の名前、青銅の蝋燭立てと言うのは珍しいな。
　山の上の者はみなそう言う名前なのか」

　すると、蝋燭立ては手を動かして自分の上着の懐に手を入れると、手のひらに収まるほどの小さいものを取り出した。

　机にそっと置かれたそれは、丸く切り取られた銅板の上に細長い棒と持ち手がついている、簡素な『青銅の蝋燭立て』であった。

　黒髪の者は、それを見つめてゆっくりと語る。


「俺の生まれたあの山では、子供が生まれると、生まれた赤ん坊に贈り物が渡される。
　そしてその物の名前が、赤ん坊の名前になる」

　蝋燭立てを優しく指で撫でた。
　ナギリは、どこの家でも使われているような平凡な蝋燭立てを凝視した。

「お前はこれを渡されたから、青銅の蝋燭立て、というわけだな」

　こくり、と彼が小さく頷く。
　彼が生まれた時に贈られたというそのちっぽけな蝋燭立て。
　しかし、肌身離さず持っていたのを見る以上、自分の分身として大事にしているようだ。


「ふふん、面白い」


　ナギリは食べる手を止めて腕を組んだ。
　じっと目の前の男を眺めると、唐突に切り出した。

「私に剣を教えてくれないか」

　少し驚いたのか、目を閉じて、ゆっくりと瞼を開けた。
　どうやら彼流のまばたきらしい。


「なぜ」


　低い声で尋ねる蝋燭立て。


「私は、後一年足らずで王となる。
　自分でもこんなに早く即位することになるとは思わなかったが。
　時間はいくらあっても足りない。追手を仕留めた時のお前の身のこなし方を見たら、相当の鍛錬を重ねた者だと思ったからだ。
　数いる護衛隊や近衛隊の者達と匹敵するぐらいな」
　

　青銅の蝋燭立ては、機を窺うようにこちらを静かに見ているだけだ。


　ああ、とナギリは手を打って、


「もう少しゆっくり喋らなくちゃいけなかったな」


　まずは蝋燭立てに合わせて喋る練習をしなければ、とこれからを案じて少しだけ笑った。