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第2章 十年前の話
可愛い子
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さんざん泣き疲れたのか、ベネディクトは窓際のベッドに腰を掛けて外を見たまま、翡翠の首飾りを持ち手の中で転がしている。
自分の部屋を与えてもらったが、ベネディクトを一人にしたら後を追い自殺をしかねないと思ったので、見張りがてらにこの部屋に泊まることにした。
レナードは最後まで渋っていたが。ロッキングチェアに座って、本のページをめくる。
「ナギリ、こっちに来て」
ベネディクトが小さく手招きをした。どうしようか迷っていると、
「もう君を傷つけたりはしないよ」
と申し訳なさそうに顔を曇らす。
その様子があまりにもしおらしかったから、ナギリは笑ってベネディクトの横へと座った。
包帯の巻かれたナギリの腕を優しく撫でる彼の手は暖かかった。
「綺麗な翡翠だな」
ベネディクトの持っている首飾りを褒めると、緑色の宝石を見つめながら、
「イゼルに昔、貰ったんだよ。
僕の髪と同じ色だろうって。これほど嬉しい事はなかったな」
と、慈しむように。
「何故そんなに父上の事が好きだったんだ?」
「―――ふふ。
父上なんて、未だになれない響きだ。僕にとってイゼルはただ一人の可愛い子だったんだよ」
そう言って、ベネディクトはベッドに仰向けに寝転び、天井を見つめた。
確かに父は、見た目だけは華奢で美しい人にしか見えなかったが、王の事を『可愛い子』と呼ぶのは、いささか違和感があった。
そういった仰々しくない態度を取るベネディクトのことを、父も気に入っていたのだろう。
「ベネディクトは、王国で一番物知りなんでしょ?」
「どうかな。本をやたらと読んでるだけだと思うけど」
気だるげに、手の中の首飾りをいじくりながら気の抜けた返事をするベネディクト。
「鼓動のしない人間なんて、存在するの?」
その真っ直ぐなナギリの問いに、
「鼓動のしない、人間?」
驚いたようにオウム返しをする。
ナギリはうん、と頷く。
「私を助けた男、心臓の音がしなかったんだ。
一晩中抱きかかえられていたのに。
不思議だろう。しかも名前も変だった。
『青銅の蝋燭立て』だなんて」
昨日、まるでそこにナギリが来ると予想していたように、どこからともなく現れ、追手を倒し、木の幹の中で夜が明けるのを待った不思議な男。
奇妙な名前を名乗る黒髪の者の事をずっと考えていた。そして、ベネディクトなら分かるかもしれないと思ったのだ。
何かを思案するように宙に視線を向けていたかと思うと、
「それは、神隠しの山の者かもしれない」
と、うわ言のように呟いた。
するとベネディクトは、勢いよく上半身を起こし、立ち上がると真っ直ぐに本棚の方へと歩いて行った。
本棚はさっきの彼の暴走のせいで倒れて本は床に散乱している。
その本の山を掻き分けて、一冊を手に持って来た。
自分の部屋を与えてもらったが、ベネディクトを一人にしたら後を追い自殺をしかねないと思ったので、見張りがてらにこの部屋に泊まることにした。
レナードは最後まで渋っていたが。ロッキングチェアに座って、本のページをめくる。
「ナギリ、こっちに来て」
ベネディクトが小さく手招きをした。どうしようか迷っていると、
「もう君を傷つけたりはしないよ」
と申し訳なさそうに顔を曇らす。
その様子があまりにもしおらしかったから、ナギリは笑ってベネディクトの横へと座った。
包帯の巻かれたナギリの腕を優しく撫でる彼の手は暖かかった。
「綺麗な翡翠だな」
ベネディクトの持っている首飾りを褒めると、緑色の宝石を見つめながら、
「イゼルに昔、貰ったんだよ。
僕の髪と同じ色だろうって。これほど嬉しい事はなかったな」
と、慈しむように。
「何故そんなに父上の事が好きだったんだ?」
「―――ふふ。
父上なんて、未だになれない響きだ。僕にとってイゼルはただ一人の可愛い子だったんだよ」
そう言って、ベネディクトはベッドに仰向けに寝転び、天井を見つめた。
確かに父は、見た目だけは華奢で美しい人にしか見えなかったが、王の事を『可愛い子』と呼ぶのは、いささか違和感があった。
そういった仰々しくない態度を取るベネディクトのことを、父も気に入っていたのだろう。
「ベネディクトは、王国で一番物知りなんでしょ?」
「どうかな。本をやたらと読んでるだけだと思うけど」
気だるげに、手の中の首飾りをいじくりながら気の抜けた返事をするベネディクト。
「鼓動のしない人間なんて、存在するの?」
その真っ直ぐなナギリの問いに、
「鼓動のしない、人間?」
驚いたようにオウム返しをする。
ナギリはうん、と頷く。
「私を助けた男、心臓の音がしなかったんだ。
一晩中抱きかかえられていたのに。
不思議だろう。しかも名前も変だった。
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昨日、まるでそこにナギリが来ると予想していたように、どこからともなく現れ、追手を倒し、木の幹の中で夜が明けるのを待った不思議な男。
奇妙な名前を名乗る黒髪の者の事をずっと考えていた。そして、ベネディクトなら分かるかもしれないと思ったのだ。
何かを思案するように宙に視線を向けていたかと思うと、
「それは、神隠しの山の者かもしれない」
と、うわ言のように呟いた。
するとベネディクトは、勢いよく上半身を起こし、立ち上がると真っ直ぐに本棚の方へと歩いて行った。
本棚はさっきの彼の暴走のせいで倒れて本は床に散乱している。
その本の山を掻き分けて、一冊を手に持って来た。
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