21 / 75
第2章 十年前の話
2人の嗚咽
しおりを挟む
状況は容易に想像できた。
異常なまでに父、イゼルに心酔していたベネディクトが、訃報を聞いて正気を保っていられないだろうということは。
ナギリは静かに部屋の扉を開けた。
花瓶は割れ、戸棚は倒れ、枕は裂かれ羽が舞い、部屋は荒れ果てていた。
「あああああ……!」
断末魔のような声を上げて、ベネディクトは椅子を投げ倒した。ナギリの目の前に折れた椅子の足が飛んでくる。
気が触れた様子で部屋中をぐるぐると歩き回り、奇声にも似た声を上げている。
「医師から精神安定剤を貰ったのですが、飲まずに昨日からあの様子です」
レナードの静かな声が背後から聞こえた。
処方されたらしき薬は、ばらばらに床に散らばっていた。
「殺してやる殺してやる殺してやる……! リーフェンシュタール……!
妹や部下が死んだのを王のせいにして逆恨みなんて……!
だから僕は反対だったんだ、あんな奴を宮廷に入れるなんて――――――っ!」
細くて綺麗な緑色の髪をかき乱し、目は血走っている。
ひび割れた唇からは何度も何度も、王を殺した男への呪いの言葉が吐き出されている。
「馬鹿な王、あんな女をフィリアに選ぶからだ……。
僕を選べばこんな事にはならなかったんだよ……!
ふ、ふふふあはははは!」
華奢な体をがくがくと震わせて、神経質そうに皮膚を掻きむしっている。
カティの中でも温和で優しい男だった者の変貌ぶりに、ナギリは戸惑いを隠せなった。
「やめろ、ベネディクト」
「僕の王、僕だけの……ふ…ふふははは……っ」
うわ言のように呟いてベネディクトは割れた皿の破片を手に取ると、自分の左腕へと振り下ろそうとした。
止めに入ろうとしたレナードよりも早く、ナギリがその右手首を掴んだ。
痩せこけて細い手首。握った拳から破片が滑り落ち、ナギリの手に一筋の傷をつけた。
赤い血が、ぽたりと床に染みを作る。
決してこちらを向くことのなかった瞳が、やっとナギリを探し当てた。
「私が、私が王になって、父上の仇は取るから」
そう言うと、ナギリはベネディクトの前に膝を折った。
自分の言った一言が、父の、王の死を肯定してしまったようで、喉の奥が締まった。
美しい王。誰よりも強くて、絶対的な存在が、あの業火に焼かれてしまったなんて、認めたくなかったのだ。
すると、ベネディクトの見開いた大きな瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が流れ出した。
いい大人の男だと言うのに、拭おうともせず、涙はただひたすら頬を伝って床へと落ちていく。
そして絶望からひねり出すような声で、
「――――イゼル、何故死んだ……僕を置いて……」
と言ってからは、ただひたすら、二人で泣き続けた。
陽が落ちて夜が来るまで、名前を呼び馬鹿みたいに嗚咽を上げた。
王の損失は、魂の損失に等しかった。
逃げた人々の心はがらんどうになり、焼け野原の王国は見るも無残だった。
最後まで不敵に笑った父親、誰よりも美しく強かった王を失って、空は濡れていた。
異常なまでに父、イゼルに心酔していたベネディクトが、訃報を聞いて正気を保っていられないだろうということは。
ナギリは静かに部屋の扉を開けた。
花瓶は割れ、戸棚は倒れ、枕は裂かれ羽が舞い、部屋は荒れ果てていた。
「あああああ……!」
断末魔のような声を上げて、ベネディクトは椅子を投げ倒した。ナギリの目の前に折れた椅子の足が飛んでくる。
気が触れた様子で部屋中をぐるぐると歩き回り、奇声にも似た声を上げている。
「医師から精神安定剤を貰ったのですが、飲まずに昨日からあの様子です」
レナードの静かな声が背後から聞こえた。
処方されたらしき薬は、ばらばらに床に散らばっていた。
「殺してやる殺してやる殺してやる……! リーフェンシュタール……!
妹や部下が死んだのを王のせいにして逆恨みなんて……!
だから僕は反対だったんだ、あんな奴を宮廷に入れるなんて――――――っ!」
細くて綺麗な緑色の髪をかき乱し、目は血走っている。
ひび割れた唇からは何度も何度も、王を殺した男への呪いの言葉が吐き出されている。
「馬鹿な王、あんな女をフィリアに選ぶからだ……。
僕を選べばこんな事にはならなかったんだよ……!
ふ、ふふふあはははは!」
華奢な体をがくがくと震わせて、神経質そうに皮膚を掻きむしっている。
カティの中でも温和で優しい男だった者の変貌ぶりに、ナギリは戸惑いを隠せなった。
「やめろ、ベネディクト」
「僕の王、僕だけの……ふ…ふふははは……っ」
うわ言のように呟いてベネディクトは割れた皿の破片を手に取ると、自分の左腕へと振り下ろそうとした。
止めに入ろうとしたレナードよりも早く、ナギリがその右手首を掴んだ。
痩せこけて細い手首。握った拳から破片が滑り落ち、ナギリの手に一筋の傷をつけた。
赤い血が、ぽたりと床に染みを作る。
決してこちらを向くことのなかった瞳が、やっとナギリを探し当てた。
「私が、私が王になって、父上の仇は取るから」
そう言うと、ナギリはベネディクトの前に膝を折った。
自分の言った一言が、父の、王の死を肯定してしまったようで、喉の奥が締まった。
美しい王。誰よりも強くて、絶対的な存在が、あの業火に焼かれてしまったなんて、認めたくなかったのだ。
すると、ベネディクトの見開いた大きな瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が流れ出した。
いい大人の男だと言うのに、拭おうともせず、涙はただひたすら頬を伝って床へと落ちていく。
そして絶望からひねり出すような声で、
「――――イゼル、何故死んだ……僕を置いて……」
と言ってからは、ただひたすら、二人で泣き続けた。
陽が落ちて夜が来るまで、名前を呼び馬鹿みたいに嗚咽を上げた。
王の損失は、魂の損失に等しかった。
逃げた人々の心はがらんどうになり、焼け野原の王国は見るも無残だった。
最後まで不敵に笑った父親、誰よりも美しく強かった王を失って、空は濡れていた。
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
【R18】翡翠の鎖
環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。
※R18描写あり→*
【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
前話
【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで
あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。
連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。
ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。
IF(7話)は本編からの派生。
私を忘れたはずの王子様に身分差溺愛されています
瀬月 ゆな
恋愛
旧題:初めまして、七年振りのお姫様
2023年11月15日、いい苺の日に「私を忘れたはずの王子様に身分差溺愛されています」とタイトルを変更してノーチェブックス様より発売となります。
応援して下さった皆様、本当にありがとうございました!
同日に書籍発売記念SSも公開されますので、そちらもどうぞお楽しみいただければ嬉しいです。
王都より馬車で三日かかる小さな領地を治めるハプスグラネダ伯爵家の長女であるアリシアは十一歳の頃、初めて行った王城で第三王子と出会った。
お互いに最悪に近い第一印象だったけれど、もう会うこともない。そう思っていたのに、あれから七年も経った今になって、何故か第三王子が領地にやって来るという噂を耳にする。
そうして七年振りに再会した第三王子は一度会っただけのアリシアのことなど忘れたように「初めまして」と挨拶をして、以前とは別人のように優しく接するのだった。
優しい笑顔と言葉で迫る王子様と初恋を忘れたいのに忘れられない伯爵令嬢の、甘酸っぱい恋のお話。
本編39話+本編終了後のいちゃらぶえっち2話+ヒーロー視点の前日譚3話の全44話、R18シーンは終盤になります。
2022/1/30追記 本編中のヒーロー視点や本編後の話など、新しいおまけ話の公開を30日10時から不定期ではじめました。時系列はバラバラですが楽しんでいただければ幸いです。
別サイト様にも掲載しています。
もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ
中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。
※ 作品
「男装バレてイケメンに~」
「灼熱の砂丘」
「イケメンはずんどうぽっちゃり…」
こちらの作品を先にお読みください。
各、作品のファン様へ。
こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。
故に、本作品のイメージが崩れた!とか。
あのキャラにこんなことさせないで!とか。
その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)
主人公に「消えろ」と言われたので
えの
BL
10歳になったある日、前世の記憶というものを思い出した。そして俺が悪役令息である事もだ。この世界は前世でいう小説の中。断罪されるなんてゴメンだ。「消えろ」というなら望み通り消えてやる。そして出会った獣人は…。※地雷あります気をつけて!!タグには入れておりません!何でも大丈夫!!バッチコーイ!!の方のみ閲覧お願いします。
他のサイトで掲載していました。
男ふたなりの男子小学生の○○を見た結果……
湊戸アサギリ
BL
※生理の描写があります。同級生男子に自分の生理を見せる男ふたなり小学生です。
※血描写がありますので注意してください、R18グロです
追記2023.6.17
表紙をAIイラストに変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる