12 / 75
第2章 十年前の話
星を見ながら
しおりを挟む
自分の部屋で膝を抱いて泣いていたら、父のカティの一人、ベネディクトが本を片手にやってきた事があった。
彼は宮廷中の本を読んだと言われていて、物知りで様々な面白い事を教えてくれるので、好きだった。
「ナギリ、どうして泣いているの」
部屋に入って来てすぐに、翡翠色の髪をしたベネディクトに尋ねられたので、涙を拭う。
その問いには答えず、
「今日は父上の部屋に行かないの」
と聞き返した。
ベネディクトは途端に表情を曇らせて、寂しげに眼を伏せた。
「イゼルは、今夜は違う人と過ごすんだよ」
「……悲しくないの」
「悲しいさ。
でも、その事で腹を立てたり怒ったりして、イゼルに嫌われてしまうことを考えると恐ろしいんだよ」
沈んだ声でベネディクトが語る。
その様子がなんだかとてもしおらしかったから、幼いナギリは自分が泣いているにもかかわらず、ベネディクトの頭を撫でた。父であるイゼルが自分によくしてくれるように。
それが嬉しかったのか、ほほ笑むと、
「王に恋した人は皆、不幸になるって言われているんだ」
ベネディクトは声をひそめて囁いた。
「王は自分だけを愛してくれないと、カティ達は苦しむ。
フィリアに選ばれた者は、カティ達の嫉妬を浴びせられるだろう。
そしてカティに選ばれなかった者は、王に愛されなかったことを嘆く」
「じゃあ、誰も王のことなんて好きにならなきゃいいじゃない」
ナギリの不思議そうな問いに、うん、と頷くベネディクト。
「ただね、王に恋した者は、誰も自分の事を不幸だなんて思わないんだよ。
周りがなんと思おうと、ね」
まるで自分がそうであるように語り、ベネディクトは笑う。
カティ達は、自分以外のカティや、自分の子供ではないナギリを疎ましく思いはすれど、王自身を恨むことは稀なのだという。
「なんだ、お前達。仲が良いな」
ふと見ると部屋の扉が開いていて、父が意外そうな顔をしてこちらを見ていた。
「イゼル!」
すぐにベネディクトは立ち上がり、まるで主人に駆け寄る犬の如く傍へ走って行った。
「星が綺麗だから、ナギリと見ようと思ってな。
ベニー、お前も侍れ」
父がベッドに座ったままのナギリの横へと並ぶ。
ベネディクトは、見ているこっちが恥ずかしくなるほどの満面の笑みで頷く。
そうして、一晩中三人で肩を並べ星を眺めていた。
明け方近く、ベネディクトが寝てしまったので、ナギリは横で飽きもせずだんだんと白みゆく空を見つめる父に、小さな声で問いかけた。
「いつか私も王になるのなら、本当にカティができるのかな」
イゼルはその言葉にははっ、と大袈裟に笑った。
真面目に聞いているのに笑われたのでむっとして父の顔を見ると、父はベッドに体を投げ出して仰向けになり、天井を向いたまま言葉を返した。
「案ずるな。お前もいずれ、みなが自分を想っていると実感する時が来る」
その言い草に、
「どうして言いきれるの?」
と問うと、
「私の子だからだ」
きっぱりと断言する。
「もしそうなら、その中から一人を選ぶのは大変だ」
「そんなことはない、すぐに分かる。
一目見てすぐだ。
その者のためなら国も王も、命さえも投げ出しても構わないと思う相手だ」
そうやって父はとても無邪気に笑うのだった。
目の前にいる人は罪作りな人なのだと思った。
自分の一言で、相手の人生を変えてしまう。そしてその事を当たり前だと思っている王である。
大陸中の人間を探しても、王以上にわがままで憎たらしい人はいないのではないか。
でも、仕方がない。王は、父は美しかったから。
彼は宮廷中の本を読んだと言われていて、物知りで様々な面白い事を教えてくれるので、好きだった。
「ナギリ、どうして泣いているの」
部屋に入って来てすぐに、翡翠色の髪をしたベネディクトに尋ねられたので、涙を拭う。
その問いには答えず、
「今日は父上の部屋に行かないの」
と聞き返した。
ベネディクトは途端に表情を曇らせて、寂しげに眼を伏せた。
「イゼルは、今夜は違う人と過ごすんだよ」
「……悲しくないの」
「悲しいさ。
でも、その事で腹を立てたり怒ったりして、イゼルに嫌われてしまうことを考えると恐ろしいんだよ」
沈んだ声でベネディクトが語る。
その様子がなんだかとてもしおらしかったから、幼いナギリは自分が泣いているにもかかわらず、ベネディクトの頭を撫でた。父であるイゼルが自分によくしてくれるように。
それが嬉しかったのか、ほほ笑むと、
「王に恋した人は皆、不幸になるって言われているんだ」
ベネディクトは声をひそめて囁いた。
「王は自分だけを愛してくれないと、カティ達は苦しむ。
フィリアに選ばれた者は、カティ達の嫉妬を浴びせられるだろう。
そしてカティに選ばれなかった者は、王に愛されなかったことを嘆く」
「じゃあ、誰も王のことなんて好きにならなきゃいいじゃない」
ナギリの不思議そうな問いに、うん、と頷くベネディクト。
「ただね、王に恋した者は、誰も自分の事を不幸だなんて思わないんだよ。
周りがなんと思おうと、ね」
まるで自分がそうであるように語り、ベネディクトは笑う。
カティ達は、自分以外のカティや、自分の子供ではないナギリを疎ましく思いはすれど、王自身を恨むことは稀なのだという。
「なんだ、お前達。仲が良いな」
ふと見ると部屋の扉が開いていて、父が意外そうな顔をしてこちらを見ていた。
「イゼル!」
すぐにベネディクトは立ち上がり、まるで主人に駆け寄る犬の如く傍へ走って行った。
「星が綺麗だから、ナギリと見ようと思ってな。
ベニー、お前も侍れ」
父がベッドに座ったままのナギリの横へと並ぶ。
ベネディクトは、見ているこっちが恥ずかしくなるほどの満面の笑みで頷く。
そうして、一晩中三人で肩を並べ星を眺めていた。
明け方近く、ベネディクトが寝てしまったので、ナギリは横で飽きもせずだんだんと白みゆく空を見つめる父に、小さな声で問いかけた。
「いつか私も王になるのなら、本当にカティができるのかな」
イゼルはその言葉にははっ、と大袈裟に笑った。
真面目に聞いているのに笑われたのでむっとして父の顔を見ると、父はベッドに体を投げ出して仰向けになり、天井を向いたまま言葉を返した。
「案ずるな。お前もいずれ、みなが自分を想っていると実感する時が来る」
その言い草に、
「どうして言いきれるの?」
と問うと、
「私の子だからだ」
きっぱりと断言する。
「もしそうなら、その中から一人を選ぶのは大変だ」
「そんなことはない、すぐに分かる。
一目見てすぐだ。
その者のためなら国も王も、命さえも投げ出しても構わないと思う相手だ」
そうやって父はとても無邪気に笑うのだった。
目の前にいる人は罪作りな人なのだと思った。
自分の一言で、相手の人生を変えてしまう。そしてその事を当たり前だと思っている王である。
大陸中の人間を探しても、王以上にわがままで憎たらしい人はいないのではないか。
でも、仕方がない。王は、父は美しかったから。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
【再掲】オメガバースの世界のΩが異世界召喚でオメガバースではない世界へ行って溺愛されてます
緒沢 利乃
BL
突然、異世界に召喚されたΩ(オメガ)の帯刀瑠偉。
運命の番は信じていないけれど、愛している人と結ばれたいとは思っていたのに、ある日、親に騙されてα(アルファ)とのお見合いをすることになってしまう。
独身の俺を心配しているのはわかるけど、騙されたことに腹を立てた俺は、無理矢理のお見合いに反発してホテルの二階からダーイブ!
そして、神子召喚として異世界へこんにちは。
ここは女性が極端に少ない世界。妊娠できる女性が貴ばれる世界。
およそ百年に一人、鷹の痣を体に持つ選ばれた男を聖痕者とし、その者が世界の中心の聖地にて祈ると伴侶が現れるという神子召喚。そのチャンスは一年に一度、生涯で四回のみ。
今代の聖痕者は西国の王太子、最後のチャンス四回目の祈りで見事召喚に成功したのだが……俺?
「……今代の神子は……男性です」
神子召喚された神子は聖痕者の伴侶になり、聖痕者の住む国を繁栄に導くと言われているが……。
でも、俺、男……。
Ωなので妊娠できるんだけどなー、と思ったけど黙っておこう。
望んで来た世界じゃないのに、聖痕者の異母弟はムカつくし、聖痕者の元婚約者は意地悪だし、そんでもって聖痕者は溺愛してくるって、なんなんだーっ。
αとのお見合いが嫌で逃げた異世界で、なんだが不憫なイケメンに絆されて愛し合ってしまうかも?
以前、別名義で掲載した作品の再掲載となります。
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。
みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。
男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。
メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。
奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。
pixivでは既に最終回まで投稿しています。
魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん
古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。
落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。
辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。
ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。
カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。
ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~
てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」
仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。
フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。
銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。
愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。
それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。
オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。
イラスト:imooo様
【二日に一回0時更新】
手元のデータは完結済みです。
・・・・・・・・・・・・・・
※以下、各CPのネタバレあらすじです
①竜人✕社畜
異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――?
②魔人✕学生
日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!?
③王子・魔王✕平凡学生
召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。
④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――?
⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる