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第9章 個人レッスン

芽生えた想い

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その日の夜、自室で一人ルビオは物思いにふけっていた。

 手にはワインの入ったグラスを持ち、唇につけながら、夜の帷の降りた窓の外をそっと眺める。

 昼にアリサと共に散歩をし、昼食を食べた庭園が、夜の闇の中にぼんやりと浮かんでいる。


「ふふ。久々に楽しかった、か」


 アリサとの別れ際、自分の口から自然と出たセリフに、自分自身で驚いていたのだ。

 すでに婚活で意中の相手を見つけた、こじらせ男子仲間の二人から聞いた、運命の相手の条件を思い出していた。


『食事を一緒に楽しめる人が良いと思う。
 結婚一日三回、一生共に食べるのだから』


 忙しそうにギルドの仕事をするケビンに尋ねたら、手を止め、ポツリと助言した。

 マッチングアプリで出会ったレイラは、どうやら食事を楽しめる女らしい。


『仕事に理解があって、趣味も一緒な人が良いですよ』


 クレイは頬を掻きながら、照れたように言っていた。

 魔物コンで同パーティだった魔法使いのエマは同じく仕事人間で、忙しいからこそ会える日が待ち遠しいのだという。


 もう遥か昔、幼い頃、両親に質問したことを思い出す。

 豪奢な食卓で、フルコースの料理に囲まれ、若く美しい母と父は、息子ながらお似合いに見えた。


『父上、母上。どうして二人は結婚したのですか?』


 どうせ、王子に生まれた自分は、決められた貴族の女としか結婚できないのだろうと、幼心ながらわかっていた。

 しかし、父と母は顔を見合わせ、おませなことを聞く自分の子供が微笑ましいようだった。


『気がついたら、お母さんがお父さんのそばにいつもいたんだよ』

 過去を懐かしむように語る父。

『一緒にいるとすぐに時間が過ぎてしまって、もっと一緒にいたかったなと思う人がいたら、それが居心地の良い相手よ』


 母である皇后は丁寧に巻かれた美しい金髪を揺らし、ルビオの頭をそっと撫でた。


『ルビオは、これからどんな女の子に恋をするのかしら。
 楽しみね』


 その時のふたりは、いつもの威厳のある王と皇后ではない、息子の幸せな未来を願う、どこにでもいる優しい夫婦の姿だった。


 感傷に浸りながら、ルビオはグラスの中のワインを飲む。

『このボードゲーム、何度やっても飽きないですね、もう一回!』

『私もお肉が大好きなんです、美味しいなぁ』
『また馬に乗せてくださいね』


 無邪気なアリサの言葉を思い出す。


『もうこんな時間か』

『久々に楽しかった』


 自分の言葉がフラッシュバックする。

 赤髪の少女とは、美味しく食事をすることができた。
 ボードゲームや乗馬の趣味も共に楽しめた。

 最近は、結婚相談所に行ってアリサに会えることを楽しみにしている、自分の気持ちにふと気がつく。

 彼女がいなければいつまででもカウンターで待ち、二人きりに慣ればわざと困らせることを言ってしまう。



 腕を組み窓の外の夜空を眺めながら、自分の唇を撫でる。
 
 素性の知れない庶民の、でも真っ直ぐで頑張り屋の少女の声が、頭から離れない。



『ルビオ王子が絶対に成婚できるように、サポートしますからね!』

『早く運命の相手を見つけて、結婚相談所を退会しましょう!』



 しかし、初めて恋をした女は、自分のことなど恋愛対象外のようだ。


「私と他の女と結婚させるのが彼女の仕事……なのだものな」


 アリサへ想いを寄せる自分の気持ちに気がつくが、自分を成婚させるのが彼女の仕事で、そうしたらもう会えないのだと、悩む。

 初めての気持ちにどうすればいいかわからず、窓の外の月を眺める。


 こんなにも胸が締め付けられることを、人々は恋と呼ぶのかと、ガーネット王国第一王子は下唇を噛んだ。




*   *   *




「あー、お城のご飯美味しかったなぁ!」


 そんなルビオの気も知らず、自室のベッドに寝転がり伸びをするアリサ。

 すっかり体調は良くなって、睡眠と食事をとり、程よくゲームや散歩でリラックスできて、最高の休日だった。

 わがままで困った人だと思っていたルビオに、一日気を遣ってもらい感謝の気持ちが湧き上がる。


(ルビオ王子、女性に対して優しく気遣いもできるようになってきたな。
 きっと成婚ももうすぐね)


 部屋着でくつろぎながら、ルビオの表情豊かな顔を思い出す。


 ルビオに芽生え始めた想いになど、ちっとも気がつかないアリサは、婚活アドバイザーとして彼の行く末が幸せであるように願っていた。
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