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第一章 数学の賢者

黒い蔦①

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 グラルはやはり自分の気持ちに踏ん切りがついていないのか、翌朝学院に向かう道中での表情もいつものような傲慢不遜を体現したものではなかった。

「はあ、どうしちまったんだろうな……俺は」

 そんな日に限っていつも傍にいるはずのアイズはおらず、グラル一人での登院となっていた。
 普段グラルとアイズが登院するとき、男子寮と女子寮から学院への道が丁度、同じ道になるところで落ち合っている。しかし、何故かアイズの姿がなかったのである。

「はあ……」

 グラルの心境の変化に伴って、ため息の回数が多くなってしまうが、今のグラルにはどうすれば良いのか分からずにいた。
 そして学院に到着すると既にシータが一人で席に座っており、グラルは教室のドアを閉める。

「え!? 何で閉めますのグラルさん!?」

 グラルが黙ってドアを開けると、頬を膨らませたシータの顔があった。

──そして次第に生徒が集まっていく。

 しかし不思議なことに、グラルはまだアイズの姿を見ていなかったのである。

「ホームルームを始めるぞ~って、あれ? グラビッドはどうした?」
「ファンク先生!! 大変です! このクラスの──」

 ファンクの口調も真面目なものへと変わり、そこへドアを開けて中へ入ってきたのは、真剣な表情のカトル学院長だった。



※※※



 アイズはによりによって何時もよりも早い朝に寮を、出発して学院へと向かった。
 おかしな話ではあるが、アイズは早い時間に登院することで、グラルと距離を空けようとしたのである。

「昨日の“あれ”は、一体誰が……?」

 アイズのここで言う“あれ”とは決してグラルの表情などではなく、全く別のことであった。


──“【堕ちた勇者】、学院ごと破壊されたくなければ【賢者】との距離を空けろ”


 昨日の時点でアイズの寮の自室には“手紙のようなもの”が送りつけられていたのである。
 その内容は脅迫じみた──しかし、全く意図の読めない内容だった。

 “学院ごと破壊”されたくなければ“グラル賢者との距離を空けろ”という脅迫にしてはその二つの事柄の繋がりが見えてこないものであり、共通点も見当すらつかないものであった。
 さらに悪いことに、相手側は何故かグラルの称号である【賢者】の存在を知っているという非常に厄介なおまけ付きだった。

──これを無視できなかったアイズは距離を空ければ【勇者】としての力でなんとか出来ると踏んでいた。

 しかしそんなものはただの幻想にすぎなかった。

「【堕ちた勇者】! 臆病なお前ならそのように行動すると読んでいたぞ……! くははははははははは!!」

──瞬間、アイズの意識が刈り取られる。

 そして瞬く間に、声の主の足元から生え出したがアイズの身体を頭から足まで包み込んでいた。
 “それ”はまるで蚕の繭のように、隙間無くアイズの周囲を埋めつくしていたのである。



「あれ? ここは……?」

 【物理学の勇者】こと、アイズが目を覚ました場所──視界に入ったものは見慣れた寮の自室の天井ではなく、黒一色に染まった
 その蔦は一見影のようにも見えるが、影にしては妙に立体感がありそれがであることを証明している。

 足を動かそうと藻掻くと、足に絡みついた“何か”が己の足を逆方向へ引っ張って足に痛みが走る。

「何……これ、っ……!?」

 蔦が蠢いてアイズの顔の部分だけ露出させるとアイズの目の前にはフードの男が不気味な雰囲気を醸し出していた。

「ようこそ! ワタシの世界へ!!」

 そこにいた男は両手を広げて叫んだ。
 その男の特徴──フードを被っているために素顔までは視認できないが、右手の平に五芒星を水面に写したような、歪な刺青のある男だということだけは辛うじてアイズにも確認できた。
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