上 下
14 / 44
第一章 数学の賢者

グラル、学院に入学する⑤

しおりを挟む
「ここがトップの教育機関か……! 流石の見栄えだな」

 グラルはロンバルド王立総合学院に到着すると、「試験の受付はこちら」と書かれている看板の案内の通りに歩き続け、見えてきた受付の列に並んだ。

「すげぇ、広ぇな……! これもトップだからこそ為せる事なのか?」
「そうですわね……ここは最高峰クラスの教育機関だから見た目にもこだわりを持たないといけないんですわよねぇ……! 貴族たちから何を言われるか分かりませんし!!」

 グラルの疑問に誰かが答えた。

「ん……? 金髪……いや──」

 グラルが後ろを振り返れば16歳くらいに見える女性がいた。黄緑の髪を後ろへ伸ばしており、腰上あたりの位置でリボンを結っている。瞳孔が黄色で眩しいために、グラルは一瞬だけ金髪かのように見えてしまうがすぐに黄緑色であることに気づく。

「初対面の女性をそうジロジロ見るものではありませんよ? 申し遅れましたね。私はシータ・シン・トライアングルと申します。貴方は先程……これを落としませんでしたか?」

 シータが懐から取り出したものは一年前に盗賊の探剣から作った幸運を招く短剣ラックインバイターだった。
 あのとき以来、グラルは武器としてこれを愛用していた。肌身離さず持っていたそれが、いつの間にかシータの手の中にある。

「何故、それを……!」
「貴方が持っていたはず、ですか? 私も受験しようと思っていまして、貴方が歩いていった後を歩いていたんですの! ですけど角を曲がったところで多分何かに引っかかったのでしょう。そう……落ちていたのですわ!」

 あまりにもペラペラとシータの口が動くため、グラルは彼女に胡散臭さを覚えてしまう。

「それで気になったのですけど、このような業物を一体どこで手に入れたのでしょう?」

(なるほど、それが狙いか……)

 グラルはシータの意図に概ね気がついた。つまるところ、シータは“この武器の出どころについて知りたい”ということだ。

「俺は落とした記憶がないんだが。第一、落としたら金属音がするはずだしな」
「いや、木の枝に引っかかってたのですわ!」
「それだったら尚更引っかかるはずがねぇじゃねぇか」
「て、低木の枝ですよ。そのようなことにも気がつかないんですの?」
「気がつかなくて悪かったな。取り敢えずそれを返してくれ」
「ど、どうしてですの……? 落としたものがものかも分からないのですから自分のものにしても構わないはずですわ!! 証拠が無いんですから!」
「じゃあ言葉を変えるぞ?一体何が目的だ?」
「そ、そんな! 目的だなんて、そのような卑怯なことは考えていませんわ。ただ、どこからこの業物を手に入れたのか気になっただけで……」
の態度を取ったら教えてやってもいいぞ? そんな見下した態度とられても返答に困るだけだからな。つーか見るからに貴族だが、貴族の誇りとかはどうなんだ?」

 その言葉で頭に血が登ったシータは顔を真っ赤にした。シータはトライアングル家貴族の令嬢だったからこそ、己のプライドが傷つけられたと錯覚した。

 頭に血が登った人ほど、当然周りは見えなくなる。

 シータは自分達の周りが他の受験者で囲まれていることに気がついていなかった。
 例外なく全員迷惑そうな視線をシータへと向けていたことに気がつくと、グラルの手に短剣を握らせて一瞬、グラルを睨みつけてからその場を去っていった。

 そして何事も無かったかのようにグラルは列に並び直したのだった。

「ここを受験したいのですが……試験の手続きをお願いします」
「分かりました。他国から来られましたか?」
「はい」
「でしたら、寮住まいになるので合否発表までの間の部屋代として銀貨三枚を払ってもらいます。よろしいですね?」

 グラルは冒険者たちから貰った銀貨の袋から三枚取り出して受付の人に手渡した。
 受付の人は「確かに」と言って番号プレートの付いた鍵をグラルに渡してから「試験頑張って下さい」と言ったのだった。



※※※



「きぃいいいいいいいいいいいい!! 気に入らないですわ! あの子供!! 何が“相応の態度を見せろ”、ですわっ!」

 同じく受験を目指していたシータは受付だけ済ませると、すぐに帰宅してベッドにうずくまって枕を噛んでいた。口調を真似しているようであるが、全く似ていない。
 感情がたかぶりすぎた結果、興奮がおさまり切っていないのだろう。

「それになんなのよ!! あの短剣! あんなのどこから手に入れたのよ!? あー思い出しただけでイライラするわ……! ラムダ! あの子供について調べておいてっ!!」
「畏まりました。お嬢様……!」

 執事服の老人──ラムダがシータの部屋のドアを開けて中に入ると、ラムダはシータのわがままを聞いてその言われた通りの行動をとることになるのであった。

(全く、お嬢様も少しはわがままを諦めるということを覚えて欲しいものですなぁ……)

 しかし、内心では自重をして欲しいという思いでいっぱいのラムダであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

処理中です...