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第二章 エルフの園
二人で生み出す魔法-1
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シーナは鍋の前に立つ。
薬湯をぐつぐつと煮込み、一方でマグは足袋の編み方を一人一人に説明する。
物を売る訳ではないが「足を綺麗に保つ」と大げさなニュアンスを込めて、オリジナルの足袋を作ってもらう。
その後、近くのテーブルに集めたカップを配り、しっかりと嚥下を確認していた。ただでさえ苦い湯なのだから、飲もうとしない者も当然いる。
マグは有無を言わせない圧力を醸すことで、薬を飲むことを促した。
「わ、分かったよ」
エルフの男は眉間に皺を寄せながらも目を瞑り、カップの中身を一度に飲み干す。
そんな作業を繰り返しているうち、いつの間にかマグは里全体をカバーする役割を担っていた。
「ふう、思ったよりも大変だな」
「っ⁉」
額に汗が滲む。
マグの作業量は気配りを含め、とても幅広いはずだ。額を手で拭うくらいで済んでいるのだから、シーナは驚きを隠せない。
「驚いてるようだけど、俺は元々スラム街出身だからいつも死に物狂いだった。今の方が寧ろ、ゆとりがあるよ」
シーナの様子に何を思ったのか、マグは昔話をしながら薬を配っていく。一人一人飲んだことを確認しては、うんうんと首を縦に振っていた。
「やっぱり、マグはすごいわね」
「そうでもないさ。元々シニカさんや、シーナに助けてもらわなければ俺はここにいない」
「そう」
「だから、うん。手伝うよ」
鍋を棒で撹拌するシーナを横目にマグは口を噤む。妙に照れ臭くなったのか、これを境に無言となった。
***
薬は粗方配り終えた。
足を守ってくれる足袋もエルフ全員の手に行き届いた。
里の活気が元へ戻っていく。そんな里の様子をシーナとマグは丘の上から眺めている。風を感じるシーナに対して、マグは地面に座り両手を土の上に乗せていた。
「こんな場所があったのね」
「つるを探す時に偶然、ノリアと見つけたんだ」
マグとノリアが山に登った日。休息を取るべく立ち寄った川の離れに里全体が見渡せる丘があった。しっとり水分を含んた土の上を、天然の絨毯が覆っている。
マグは地面にそっと触れた。冷たい土を握ると、指の跡がくっきりと残る。それがなんとなく楽しくて、思わず繰り返していた。
「マグ」
「ん? どうしたんだ急に」
シーナはかくりと背中を曲げて、マグの瞳を覗き込む。
「私はシニカさんにはなれなかったわ。ありがとう、マグ」
シーナの距離感に喉奥でゴクリと音が鳴る。風が止み、目と目がまっすぐ合う。
雰囲気に流されるように、二人は距離を埋めていく。
「お兄ちゃんダメぇぇぇぇぇ!!」
「「っ!?」」
どこからともなく聞こえた悲鳴。すっと我に返るマグだったが、顔が火照って上手く表情を保てない。
シーナも顔を隠すように上半身を背けている。その耳は赤かった。
「の、ノリア? どうしたんだ突然」
「あ、ええと」
突然視界に入った光景に思わず叫んでしまったとは言えず、必死に繕うノリア。しかし、取り繕いよりも優先して伝えるべき事があった。
「……どうしたもこうしたもないよ。二人ともこんな所でイチャついてないで、早く来てよ。皆が変なの」
「「い、イチャ……ッ!?」」
ノリアの報告に二人の表情は強ばる。
「もしかしてその症状は、下痢じゃないか?」
マグの問いかけにノリアは首を縦に振った。
「皆が突然、お腹が痛いって言ってるの。どうにかできないかな」
その言葉に、マグは腰を上げる。シーナの隣に並んで一旦深呼吸。数瞬の間を空けてマグは口を開いた。
「……飲んだ薬が原因かもしれないな。もしくは、多くを飲みすぎたんじゃないか?」
シーナへ視線を向ける。まるで全てを見透かしたような目に、シーナは顔を俯かせた。
「恐らくシニカさんの言っていた、ダーオの根っこだろうな。あれは緩下剤としての側面もあったはず」
マグは聞いた話から冷静に分析。思考の一端が口から零れる度に、シーナは表情を暗くする。
「私が」
シーナの口が独りでに動く。
「私が、変に突っ走ったから。私のせいよ」
──嗚咽を漏らしている。
泣く姿を見るまでもなく、声色が震えていた。自分を責めるシーナの肩にマグは手を添える。シーナと目を合わせ、首を横に振ってみせた。
言外に込められた意味にシーナは目を丸くする。
「急いで皆の様子を見に行こう」
マグの一声に、二人は頷く。小走りで山を下り、三人は集落の方角を目指した。
***
がやがやと賑わいを見せる集落。喧騒は穏やかという言葉から程遠い。
「うっ、あ……痛い」
「トイレまだー?」
「まだ開かないのかよ!?」
「早く開けてくれ! もう限界だ……ぁ」
いざ集落に戻ってみると、阿鼻叫喚の雨嵐。どこの家でもトイレ渋滞が起きていた。
マグが数人のエルフを尋ねたところ、数日間同じ薬を飲み続けたおかげか、脚の腫れやむくみは取れている。しかしお腹のゆるんだ状態が続くのだそうだ。
やはり、とマグは唸る。しかし、薬湯の飲みすぎによる腹痛をカバーする術を、マグは持ち併せていなかった。
ふと、妙案が一つ浮かぶ。
「どうしたものか。まずは病気でないことを伝えないといけない」
病から来る下痢ではなく、薬の中身が間違いだった訳でもない。単純な話、飲んだ薬湯が多かったのだ。
──この症状を解決してくれるのは、結局のところ時間である。
薬湯をぐつぐつと煮込み、一方でマグは足袋の編み方を一人一人に説明する。
物を売る訳ではないが「足を綺麗に保つ」と大げさなニュアンスを込めて、オリジナルの足袋を作ってもらう。
その後、近くのテーブルに集めたカップを配り、しっかりと嚥下を確認していた。ただでさえ苦い湯なのだから、飲もうとしない者も当然いる。
マグは有無を言わせない圧力を醸すことで、薬を飲むことを促した。
「わ、分かったよ」
エルフの男は眉間に皺を寄せながらも目を瞑り、カップの中身を一度に飲み干す。
そんな作業を繰り返しているうち、いつの間にかマグは里全体をカバーする役割を担っていた。
「ふう、思ったよりも大変だな」
「っ⁉」
額に汗が滲む。
マグの作業量は気配りを含め、とても幅広いはずだ。額を手で拭うくらいで済んでいるのだから、シーナは驚きを隠せない。
「驚いてるようだけど、俺は元々スラム街出身だからいつも死に物狂いだった。今の方が寧ろ、ゆとりがあるよ」
シーナの様子に何を思ったのか、マグは昔話をしながら薬を配っていく。一人一人飲んだことを確認しては、うんうんと首を縦に振っていた。
「やっぱり、マグはすごいわね」
「そうでもないさ。元々シニカさんや、シーナに助けてもらわなければ俺はここにいない」
「そう」
「だから、うん。手伝うよ」
鍋を棒で撹拌するシーナを横目にマグは口を噤む。妙に照れ臭くなったのか、これを境に無言となった。
***
薬は粗方配り終えた。
足を守ってくれる足袋もエルフ全員の手に行き届いた。
里の活気が元へ戻っていく。そんな里の様子をシーナとマグは丘の上から眺めている。風を感じるシーナに対して、マグは地面に座り両手を土の上に乗せていた。
「こんな場所があったのね」
「つるを探す時に偶然、ノリアと見つけたんだ」
マグとノリアが山に登った日。休息を取るべく立ち寄った川の離れに里全体が見渡せる丘があった。しっとり水分を含んた土の上を、天然の絨毯が覆っている。
マグは地面にそっと触れた。冷たい土を握ると、指の跡がくっきりと残る。それがなんとなく楽しくて、思わず繰り返していた。
「マグ」
「ん? どうしたんだ急に」
シーナはかくりと背中を曲げて、マグの瞳を覗き込む。
「私はシニカさんにはなれなかったわ。ありがとう、マグ」
シーナの距離感に喉奥でゴクリと音が鳴る。風が止み、目と目がまっすぐ合う。
雰囲気に流されるように、二人は距離を埋めていく。
「お兄ちゃんダメぇぇぇぇぇ!!」
「「っ!?」」
どこからともなく聞こえた悲鳴。すっと我に返るマグだったが、顔が火照って上手く表情を保てない。
シーナも顔を隠すように上半身を背けている。その耳は赤かった。
「の、ノリア? どうしたんだ突然」
「あ、ええと」
突然視界に入った光景に思わず叫んでしまったとは言えず、必死に繕うノリア。しかし、取り繕いよりも優先して伝えるべき事があった。
「……どうしたもこうしたもないよ。二人ともこんな所でイチャついてないで、早く来てよ。皆が変なの」
「「い、イチャ……ッ!?」」
ノリアの報告に二人の表情は強ばる。
「もしかしてその症状は、下痢じゃないか?」
マグの問いかけにノリアは首を縦に振った。
「皆が突然、お腹が痛いって言ってるの。どうにかできないかな」
その言葉に、マグは腰を上げる。シーナの隣に並んで一旦深呼吸。数瞬の間を空けてマグは口を開いた。
「……飲んだ薬が原因かもしれないな。もしくは、多くを飲みすぎたんじゃないか?」
シーナへ視線を向ける。まるで全てを見透かしたような目に、シーナは顔を俯かせた。
「恐らくシニカさんの言っていた、ダーオの根っこだろうな。あれは緩下剤としての側面もあったはず」
マグは聞いた話から冷静に分析。思考の一端が口から零れる度に、シーナは表情を暗くする。
「私が」
シーナの口が独りでに動く。
「私が、変に突っ走ったから。私のせいよ」
──嗚咽を漏らしている。
泣く姿を見るまでもなく、声色が震えていた。自分を責めるシーナの肩にマグは手を添える。シーナと目を合わせ、首を横に振ってみせた。
言外に込められた意味にシーナは目を丸くする。
「急いで皆の様子を見に行こう」
マグの一声に、二人は頷く。小走りで山を下り、三人は集落の方角を目指した。
***
がやがやと賑わいを見せる集落。喧騒は穏やかという言葉から程遠い。
「うっ、あ……痛い」
「トイレまだー?」
「まだ開かないのかよ!?」
「早く開けてくれ! もう限界だ……ぁ」
いざ集落に戻ってみると、阿鼻叫喚の雨嵐。どこの家でもトイレ渋滞が起きていた。
マグが数人のエルフを尋ねたところ、数日間同じ薬を飲み続けたおかげか、脚の腫れやむくみは取れている。しかしお腹のゆるんだ状態が続くのだそうだ。
やはり、とマグは唸る。しかし、薬湯の飲みすぎによる腹痛をカバーする術を、マグは持ち併せていなかった。
ふと、妙案が一つ浮かぶ。
「どうしたものか。まずは病気でないことを伝えないといけない」
病から来る下痢ではなく、薬の中身が間違いだった訳でもない。単純な話、飲んだ薬湯が多かったのだ。
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