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第一章 樹海の妖精
助手くんさん-2
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少年には夢があった。
それは妹を学園に通わせたいという、かなり険しい道のり。その夢も、消えてしまうところだった。
──先程までは。
共に生活をするというシニカの提案に、少年は未来を語る。
「俺はここで生活したい。そしていつか妹を学園に入学させたい! 妹は俺よりもずっと頭が良くてすごいんだ」
「良き夢ですね」
シニカは視線を横へ移動させた。シーナは「私?」と自分を指差してジェスチャーするが、シニカはシーナを手招きする。
「ここにいるシーナはものすごく落ち着きがなくてね、突然私のところに転がり込んで来たんです」
それから一呼吸。シニカは更なる提案をした。
「シーナが助手その一で、君が助手その二。森の薬屋でも開いてみましょうか。幸いここには薬の原料がたくさんあります」
シニカの話によると、パープレア大樹海の植物の多くは毒であり──そして、薬にもなるそうだ。
「例えばそこら辺に生えてる茎が紫色の植物。根っこは強心剤です。健康な人に与えると死にます」
「「へ、へぇー!!」」
シーナと少年は驚きと、なんとも言えない固い表情だ。
「せっかくこれから共に生活するわけですし、お互いに自己紹介でもしてみましょうか。私は不殺の魔王こと、エフェドラ=シニカです。以後、お見知りおきを」
「シーナよ、よろしく。それで貴方の名前は?」
シーナの双眸に少年が映る。少年は変に畏まって背筋を伸ばした。
「俺の名前はマグといいます。まだ眠ってるけど、あれが妹のノリアです。よろしくお願いします」
少年──マグは短い白髪を風に揺らしながら、視線を妹へ移す。ノリアはまだ寝息を立てているが、どこか幸せそうな表情だ。今はすっかりと汗をかいて、体温も下がっている頃だろう。
「俺に、知恵を……授けてください」
マグは願う。くすんだ瞳の奥で、悲鳴にも似た叫びが聞こえた気がする。シニカは快諾すると、次にシーナへ視線を向けた。ちょんちょんとマグの隣の地面を指さしている。
座れ、ということだろうか。
「シーナ、貴女にも更なる知識を身につけてもらいますからね」
「わかったわ!」
その目に映るのは好奇心。青い瞳がよりいっそう輝く。その隣でマグが驚いているが、すぐにシニカへ顔を向ける。
「さて、この地に生えている植物たちの話をするとしましょうか」
シニカの前置きに、キラキラした笑顔が咲いた。
***
このパープレア大樹海にはとてつもなく高い木々と、ちょこんと座る低い木が存在する。
「まずひとつ、ここに紫色の蕾と白い花が特徴的な植物があります。この植物の葉は言ってしまえば精力剤です」
「「セッ……!?」」
「効能はそれだけでなくて、滋養強壮もあります。こっちのほうがメインですね」
「なんで先に変な用途を持って来た!?」
マグが鋭くツッコミを入れた。それに対して、シーナがため息をつきながら答える。目つきはやや、ジト目だ。
「これは日常茶飯事だからマグも慣れて頂戴。シニカさんはそんな私たちの反応を観察して楽しんでるだけだから。ほら見て、今もニヤついてるわ」
前を見れば腕を組み頬に手を当てて悪どい笑みを浮かべる魔王。シニカは笑い声ともに息を吐き出すと、説明を続けた。
「滋養強壮に関連して、あそこに成っている赤い木の実。あれを乾かすと滋養強壮薬の材料になります」
「へぇー、そうなのか。ここにある植物ってもしかして宝箱なのか?」
「まさしくその通り。国の王侯貴族からすれば喉から手が出るほど欲しい代物だと思いますね。長命になるとも言われていますから」
「「な……ッ!?」」
二人の想像をはるかに超えた貴重な植物が目の前にある。二人の手が思わず空に伸びてしまうが、シニカがそれを制する。手をパチパチと叩いて、視線を誘う。
「まさかそれをそのまま取って売ろうだなんて、考えないでくださいね」
シニカの眼光が鋭い。「あくまで生きる術を教えているのです」と、シニカは付け足した。その言葉に、マグとシーナはうんうんと頷く。
すると土でできた部屋の中から聞こえた物音にシニカは顔を緩める。
「あれ、お兄……ちゃん」
部屋の中から顔を覗かせたのは赤い瞳の似合う白髪の少女。華奢な身体を上手く支えて、ちらりとこちらを覗いていた。
「ノリアっ!! 目が覚めたのか! 心配したんだぞ……」
「うん。ありがとう……でも、ここは?」
周囲を見渡しただけで分かる異様な空気感。不気味な紫色の幹に新緑の葉。低木から背の高い木まで色々な植物が茂っていた。
優しい土の香りと、やや冷たい空気が肌が痛むほど刺激してくる。
「ノリア、落ち着いて聞いて欲しい。ここはパープレア大樹海の奥地だ。体調は大丈夫そうか?」
「もう大丈夫だけど……パープレア大樹海の奥地って、どういうこと?」
マグはどうしてこんな所まで自分を連れてきたのか。こんな危険な場所まで連れて来ないと自分は助からなかったのか。
今、ノリアの顔には恐怖と憤怒の色が浮かんでいた。真紅の瞳がマグを見つめる。
「どうして、どうしてこの森に入ったの? お兄ちゃん」
それは妹を学園に通わせたいという、かなり険しい道のり。その夢も、消えてしまうところだった。
──先程までは。
共に生活をするというシニカの提案に、少年は未来を語る。
「俺はここで生活したい。そしていつか妹を学園に入学させたい! 妹は俺よりもずっと頭が良くてすごいんだ」
「良き夢ですね」
シニカは視線を横へ移動させた。シーナは「私?」と自分を指差してジェスチャーするが、シニカはシーナを手招きする。
「ここにいるシーナはものすごく落ち着きがなくてね、突然私のところに転がり込んで来たんです」
それから一呼吸。シニカは更なる提案をした。
「シーナが助手その一で、君が助手その二。森の薬屋でも開いてみましょうか。幸いここには薬の原料がたくさんあります」
シニカの話によると、パープレア大樹海の植物の多くは毒であり──そして、薬にもなるそうだ。
「例えばそこら辺に生えてる茎が紫色の植物。根っこは強心剤です。健康な人に与えると死にます」
「「へ、へぇー!!」」
シーナと少年は驚きと、なんとも言えない固い表情だ。
「せっかくこれから共に生活するわけですし、お互いに自己紹介でもしてみましょうか。私は不殺の魔王こと、エフェドラ=シニカです。以後、お見知りおきを」
「シーナよ、よろしく。それで貴方の名前は?」
シーナの双眸に少年が映る。少年は変に畏まって背筋を伸ばした。
「俺の名前はマグといいます。まだ眠ってるけど、あれが妹のノリアです。よろしくお願いします」
少年──マグは短い白髪を風に揺らしながら、視線を妹へ移す。ノリアはまだ寝息を立てているが、どこか幸せそうな表情だ。今はすっかりと汗をかいて、体温も下がっている頃だろう。
「俺に、知恵を……授けてください」
マグは願う。くすんだ瞳の奥で、悲鳴にも似た叫びが聞こえた気がする。シニカは快諾すると、次にシーナへ視線を向けた。ちょんちょんとマグの隣の地面を指さしている。
座れ、ということだろうか。
「シーナ、貴女にも更なる知識を身につけてもらいますからね」
「わかったわ!」
その目に映るのは好奇心。青い瞳がよりいっそう輝く。その隣でマグが驚いているが、すぐにシニカへ顔を向ける。
「さて、この地に生えている植物たちの話をするとしましょうか」
シニカの前置きに、キラキラした笑顔が咲いた。
***
このパープレア大樹海にはとてつもなく高い木々と、ちょこんと座る低い木が存在する。
「まずひとつ、ここに紫色の蕾と白い花が特徴的な植物があります。この植物の葉は言ってしまえば精力剤です」
「「セッ……!?」」
「効能はそれだけでなくて、滋養強壮もあります。こっちのほうがメインですね」
「なんで先に変な用途を持って来た!?」
マグが鋭くツッコミを入れた。それに対して、シーナがため息をつきながら答える。目つきはやや、ジト目だ。
「これは日常茶飯事だからマグも慣れて頂戴。シニカさんはそんな私たちの反応を観察して楽しんでるだけだから。ほら見て、今もニヤついてるわ」
前を見れば腕を組み頬に手を当てて悪どい笑みを浮かべる魔王。シニカは笑い声ともに息を吐き出すと、説明を続けた。
「滋養強壮に関連して、あそこに成っている赤い木の実。あれを乾かすと滋養強壮薬の材料になります」
「へぇー、そうなのか。ここにある植物ってもしかして宝箱なのか?」
「まさしくその通り。国の王侯貴族からすれば喉から手が出るほど欲しい代物だと思いますね。長命になるとも言われていますから」
「「な……ッ!?」」
二人の想像をはるかに超えた貴重な植物が目の前にある。二人の手が思わず空に伸びてしまうが、シニカがそれを制する。手をパチパチと叩いて、視線を誘う。
「まさかそれをそのまま取って売ろうだなんて、考えないでくださいね」
シニカの眼光が鋭い。「あくまで生きる術を教えているのです」と、シニカは付け足した。その言葉に、マグとシーナはうんうんと頷く。
すると土でできた部屋の中から聞こえた物音にシニカは顔を緩める。
「あれ、お兄……ちゃん」
部屋の中から顔を覗かせたのは赤い瞳の似合う白髪の少女。華奢な身体を上手く支えて、ちらりとこちらを覗いていた。
「ノリアっ!! 目が覚めたのか! 心配したんだぞ……」
「うん。ありがとう……でも、ここは?」
周囲を見渡しただけで分かる異様な空気感。不気味な紫色の幹に新緑の葉。低木から背の高い木まで色々な植物が茂っていた。
優しい土の香りと、やや冷たい空気が肌が痛むほど刺激してくる。
「ノリア、落ち着いて聞いて欲しい。ここはパープレア大樹海の奥地だ。体調は大丈夫そうか?」
「もう大丈夫だけど……パープレア大樹海の奥地って、どういうこと?」
マグはどうしてこんな所まで自分を連れてきたのか。こんな危険な場所まで連れて来ないと自分は助からなかったのか。
今、ノリアの顔には恐怖と憤怒の色が浮かんでいた。真紅の瞳がマグを見つめる。
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