上 下
6 / 24
第一章 樹海の妖精

助手くんさん-2

しおりを挟む
 少年には夢があった。
 それは妹を学園に通わせたいという、かなり険しい道のり。その夢も、消えてしまうところだった。

 ──先程までは。

 共に生活をするというシニカの提案に、少年は未来を語る。

「俺はここで生活したい。そしていつか妹を学園に入学させたい! 妹は俺よりもずっと頭が良くてすごいんだ」
「良き夢ですね」

 シニカは視線を横へ移動させた。シーナは「私?」と自分を指差してジェスチャーするが、シニカはシーナを手招きする。

「ここにいるシーナはものすごく落ち着きがなくてね、突然私のところに転がり込んで来たんです」

 それから一呼吸。シニカは更なる提案をした。

「シーナが助手その一で、君が助手その二。森の薬屋でも開いてみましょうか。幸いここには薬の原料がたくさんあります」

 シニカの話によると、パープレア大樹海の植物の多くは毒であり──そして、薬にもなるそうだ。

「例えばそこら辺に生えてる茎が紫色の植物。根っこは強心剤です。健康な人に与えると死にます」
「「へ、へぇー!!」」

 シーナと少年は驚きと、なんとも言えない固い表情だ。

「せっかくこれから共に生活するわけですし、お互いに自己紹介でもしてみましょうか。私は不殺の魔王こと、エフェドラ=シニカです。以後、お見知りおきを」
「シーナよ、よろしく。それで貴方の名前は?」

 シーナの双眸に少年が映る。少年は変にかしこまって背筋を伸ばした。

「俺の名前はマグといいます。まだ眠ってるけど、あれが妹のノリアです。よろしくお願いします」

 少年──マグは短い白髪を風に揺らしながら、視線を妹へ移す。ノリアはまだ寝息を立てているが、どこか幸せそうな表情だ。今はすっかりと汗をかいて、体温も下がっている頃だろう。

「俺に、知恵を……授けてください」

 マグは願う。くすんだ瞳の奥で、悲鳴にも似た叫びが聞こえた気がする。シニカは快諾すると、次にシーナへ視線を向けた。ちょんちょんとマグの隣の地面を指さしている。
 座れ、ということだろうか。

「シーナ、貴女にも更なる知識を身につけてもらいますからね」
「わかったわ!」

 その目に映るのは好奇心。青い瞳がよりいっそう輝く。その隣でマグが驚いているが、すぐにシニカへ顔を向ける。

「さて、この地に生えている植物たちの話をするとしましょうか」

 シニカの前置きに、キラキラした笑顔が咲いた。

 ***

 このパープレア大樹海にはとてつもなく高い木々と、ちょこんと座る低い木が存在する。

「まずひとつ、ここに紫色の蕾と白い花が特徴的な植物があります。この植物の葉は言ってしまえば精力剤です」
「「セッ……!?」」
「効能はそれだけでなくて、滋養強壮もあります。こっちのほうがメインですね」
「なんで先に変な用途を持って来た!?」

 マグが鋭くツッコミを入れた。それに対して、シーナがため息をつきながら答える。目つきはやや、ジト目だ。

「これは日常茶飯事だからマグも慣れて頂戴。シニカさんはそんな私たちの反応を観察して楽しんでるだけだから。ほら見て、今もニヤついてるわ」

 前を見れば腕を組み頬に手を当てて悪どい笑みを浮かべる魔王。シニカは笑い声ともに息を吐き出すと、説明を続けた。

「滋養強壮に関連して、あそこに成っている赤い木の実。あれを乾かすと滋養強壮薬の材料になります」
「へぇー、そうなのか。ここにある植物ってもしかして宝箱なのか?」
「まさしくその通り。国の王侯貴族からすれば喉から手が出るほど欲しい代物だと思いますね。長命になるとも言われていますから」
「「な……ッ!?」」

 二人の想像をはるかに超えた貴重な植物が目の前にある。二人の手が思わず空に伸びてしまうが、シニカがそれを制する。手をパチパチと叩いて、視線を誘う。

「まさかそれをそのまま取って売ろうだなんて、考えないでくださいね」

 シニカの眼光が鋭い。「あくまで生きる術を教えているのです」と、シニカは付け足した。その言葉に、マグとシーナはうんうんと頷く。
 すると土でできた部屋の中から聞こえた物音にシニカは顔を緩める。

「あれ、お兄……ちゃん」

 部屋の中から顔を覗かせたのは赤い瞳の似合う白髪の少女。華奢な身体を上手く支えて、ちらりとこちらを覗いていた。

「ノリアっ!! 目が覚めたのか! 心配したんだぞ……」
「うん。ありがとう……でも、ここは?」

 周囲を見渡しただけで分かる異様な空気感。不気味な紫色の幹に新緑の葉。低木から背の高い木まで色々な植物が茂っていた。
 優しい土の香りと、やや冷たい空気が肌が痛むほど刺激してくる。

「ノリア、落ち着いて聞いて欲しい。ここはパープレア大樹海の奥地だ。体調は大丈夫そうか?」
「もう大丈夫だけど……パープレア大樹海の奥地って、どういうこと?」

 マグはどうしてこんな所まで自分を連れてきたのか。こんな危険な場所まで連れて来ないと自分は助からなかったのか。
 今、ノリアの顔には恐怖と憤怒の色が浮かんでいた。真紅の瞳がマグを見つめる。

「どうして、どうしてこの森に入ったの? お兄ちゃん」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...