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美濃焼と付喪神
羽衣天女
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光は青年を連れて市場へ向かった。
人で賑わう通りを、目的の店に向かって真っ直ぐ進んで行く。
困り顔の青年は、手を引かれながら小声で話しかけた。
「もう市場にはいないんじゃ?園崎村に向かった方がいいのでは?」
「園崎村の知り合いにはさっき電話したよ。もう帰ったって言ってたから、行っても意味ないよ」
「じゃぁどこに向かってるんですか?」
「まぁまぁ、ついてくればわかるよ。それより…何で小声なの?」
「人目につくのが嫌なんです」
「僕より長生きなのに思春期の男の子みたいなこと言うね」
言い返されるかと思ったが、青年は下を向いて黙ってしまった。
確かに周りを見渡すと、赤い髪の青年を物珍しそうに周りがチラチラと見ていた。
ただ、その声は批判の声ではなく賞賛の声だった。
「意外とみんな君のことなんて見てないよ。人間なんて自分のことで精一杯だからね」
「石を投げられたのに?」
「君があまりに綺麗だから嫉妬したんだよ。なろうと思ってなれる色じゃないし…君は髪以外も綺麗だからね」
「綺麗?」
「うん。せっかく綺麗なんだからもっと胸を張って歩こう!魚が猫背なんて笑っちゃうよ」
光は無理矢理青年の頭を掴んで上を向かせた。
青年が顔を上げると、自分の髪を見つめる光の優しい眼差しが目に入った。
光は清水屋と看板が掲げられている和菓子屋の前で立ち止まると、青年を連れて中に入った。
「いらっしゃいませ!あら光ちゃん!そちらの若い色男はどちら様?」
おかみさんが大きな声で出迎える。
「聖社で働いてる子なんだ。かっこいいでしょう?」
「かっこいいわ~うちで働いて欲しいくらいよ」
「この髪色のせいで石を投げられたんだって」
「まぁ!誰がそんなことしたの?今度されたらおばさんに言いなさい!懲らしめてやりますから」
おかみさんは手を結んで頭の上で振り上げると目を吊り上げた。
「この髪色…変だと思わないんですか?」
「変じゃ無いわよ!綺麗よ」
おかみさんの言葉は裏がない純粋な言葉だった。
「ほらね。言ったでしょう?」
「ありがとうございます」
青年は光とおかみさんにお礼を言った。
すると、奥から白髪のお爺さんが出て来た。
「おぉ、光ちゃん。もう出来てるよ」
「ありがとうございます!清水さん!」
どうやらこの店の店主のようだ。
「お義父さんったら…光ちゃんの頼みだから張り切っちゃって」
「美人の頼みは断らん主義じゃからな」
「急に頼んでごめんなさい」
光は清水から包みを受け取ると、自身が持って来た風呂敷に包んだ。
「いいんだよ。また一緒にお菓子を考えておくれ」
光は女将に支払いを済まし、店を出ると目的地の方角へ歩き出した。
「こっちの方向って」
青年が問いかけても、光はどんどん進んで行く。青年は困惑しながらも光の後を追いかけて行った。
ここは、夕暮れの聖社。境内の庭が一望できる縁側で落ち込んだ子どもを竜神が慰めていた。
「まぁ…そう落ち込むな」
「西瓜…見つからなかった…お兄ちゃんと食べて仲直りしたかったのに」
竜神は落ち込む子どもの綺麗な赤い髪をくしゃくしゃと撫で回した。
「西瓜は無かったが…お前の兄さんならほら、帰って来たよ」
竜神の言う通り、庭を歩く二人の人影が見えた。
「お兄ちゃん!」
弟は兄の元へ駆け出した。
弟に気づいた兄も弟に駆け寄り抱きしめた。
どうやら再開しただけで、金魚の兄弟はすぐに仲直りできたようだ。
そんな微笑ましい光景を、竜神は縁側から眩しそうに眺めていた。
再開した兄弟と竜神と光は並んで縁側に座った。弟は兄の膝の間に座ると、嬉しそうに足をバタつかせている。
「で、園崎村まで一日かけて西瓜を探しに行ったと?」
「どこにも置いてなかったからな」
「全くお坊ちゃまなんですから…まだ暑いけど…暦で言えばもう秋なんですよ」
「同じことを八百屋と園崎村でも言われたよ」
「まぁ…西瓜は持って来れなかったけど、代わりのものを持ってきましたよ」
光は風呂敷から箱を取り出し金魚の弟に渡した。
「何これ?」
「開けてごらん」
弟が箱を開けた。箱の中には西瓜の形をした練り切りが入っていた。
「お兄ちゃん!西瓜だよ!」
「本当だ…よかったね。このお兄さんにお礼を言いなさい」
「お兄さん!ありがとう!」
「どういたしまして…ってそう言えば君達…名前が無くて呼びにくいな」
竜神が頬杖をつきながら答えた。
「字名をつけてあげよう…兄はイオリ、弟はキヌでどうだ?」
「金魚の羽衣天女から?」
「そうだ」
「いい名前だね!」
光は金魚の兄弟を振り返った。
金魚の兄が少し困ったように口を開いた。
「素敵な名前ですが…私達はそんな高級な品種では無いですよ?」
「値段じゃない…これからは髪の色を気にせずに、天女のように飛び回って欲しいと思ったからだ」
「でも…」
「お兄ちゃん!ぼく怖くないよ!竜神様と一緒にいろんな人達と出会ったけど…誰も僕のこと酷く言う人はいなかったよ!」
「そうだよ!自分を卑下しちゃだよ!君はとっても素敵だよ」
その後も光とキヌは一緒になってイオリを説得した。
そのやり取りを見ていた竜神が口を開いた。
「そうだ…じゃぁこうしよう」
「どうするんですか?」
イオリが不安そうに尋ねた。
「光の店でアルバイトしなさい」
「アルバイト?!」
イオリは驚いて大きな声を出した。
「いいね!それ!ちょうど忙しかったから万々歳だよ」
「困ります!社の勤めもあるのに」
「大丈夫!お兄ちゃんの分は僕が頑張るよ!」
光と弟に捲し立てられたイオリはついに「わかりました」と、頷いた。
イオリがアルバイトを承諾すると、夏の夕立の雨が降り出した。
人で賑わう通りを、目的の店に向かって真っ直ぐ進んで行く。
困り顔の青年は、手を引かれながら小声で話しかけた。
「もう市場にはいないんじゃ?園崎村に向かった方がいいのでは?」
「園崎村の知り合いにはさっき電話したよ。もう帰ったって言ってたから、行っても意味ないよ」
「じゃぁどこに向かってるんですか?」
「まぁまぁ、ついてくればわかるよ。それより…何で小声なの?」
「人目につくのが嫌なんです」
「僕より長生きなのに思春期の男の子みたいなこと言うね」
言い返されるかと思ったが、青年は下を向いて黙ってしまった。
確かに周りを見渡すと、赤い髪の青年を物珍しそうに周りがチラチラと見ていた。
ただ、その声は批判の声ではなく賞賛の声だった。
「意外とみんな君のことなんて見てないよ。人間なんて自分のことで精一杯だからね」
「石を投げられたのに?」
「君があまりに綺麗だから嫉妬したんだよ。なろうと思ってなれる色じゃないし…君は髪以外も綺麗だからね」
「綺麗?」
「うん。せっかく綺麗なんだからもっと胸を張って歩こう!魚が猫背なんて笑っちゃうよ」
光は無理矢理青年の頭を掴んで上を向かせた。
青年が顔を上げると、自分の髪を見つめる光の優しい眼差しが目に入った。
光は清水屋と看板が掲げられている和菓子屋の前で立ち止まると、青年を連れて中に入った。
「いらっしゃいませ!あら光ちゃん!そちらの若い色男はどちら様?」
おかみさんが大きな声で出迎える。
「聖社で働いてる子なんだ。かっこいいでしょう?」
「かっこいいわ~うちで働いて欲しいくらいよ」
「この髪色のせいで石を投げられたんだって」
「まぁ!誰がそんなことしたの?今度されたらおばさんに言いなさい!懲らしめてやりますから」
おかみさんは手を結んで頭の上で振り上げると目を吊り上げた。
「この髪色…変だと思わないんですか?」
「変じゃ無いわよ!綺麗よ」
おかみさんの言葉は裏がない純粋な言葉だった。
「ほらね。言ったでしょう?」
「ありがとうございます」
青年は光とおかみさんにお礼を言った。
すると、奥から白髪のお爺さんが出て来た。
「おぉ、光ちゃん。もう出来てるよ」
「ありがとうございます!清水さん!」
どうやらこの店の店主のようだ。
「お義父さんったら…光ちゃんの頼みだから張り切っちゃって」
「美人の頼みは断らん主義じゃからな」
「急に頼んでごめんなさい」
光は清水から包みを受け取ると、自身が持って来た風呂敷に包んだ。
「いいんだよ。また一緒にお菓子を考えておくれ」
光は女将に支払いを済まし、店を出ると目的地の方角へ歩き出した。
「こっちの方向って」
青年が問いかけても、光はどんどん進んで行く。青年は困惑しながらも光の後を追いかけて行った。
ここは、夕暮れの聖社。境内の庭が一望できる縁側で落ち込んだ子どもを竜神が慰めていた。
「まぁ…そう落ち込むな」
「西瓜…見つからなかった…お兄ちゃんと食べて仲直りしたかったのに」
竜神は落ち込む子どもの綺麗な赤い髪をくしゃくしゃと撫で回した。
「西瓜は無かったが…お前の兄さんならほら、帰って来たよ」
竜神の言う通り、庭を歩く二人の人影が見えた。
「お兄ちゃん!」
弟は兄の元へ駆け出した。
弟に気づいた兄も弟に駆け寄り抱きしめた。
どうやら再開しただけで、金魚の兄弟はすぐに仲直りできたようだ。
そんな微笑ましい光景を、竜神は縁側から眩しそうに眺めていた。
再開した兄弟と竜神と光は並んで縁側に座った。弟は兄の膝の間に座ると、嬉しそうに足をバタつかせている。
「で、園崎村まで一日かけて西瓜を探しに行ったと?」
「どこにも置いてなかったからな」
「全くお坊ちゃまなんですから…まだ暑いけど…暦で言えばもう秋なんですよ」
「同じことを八百屋と園崎村でも言われたよ」
「まぁ…西瓜は持って来れなかったけど、代わりのものを持ってきましたよ」
光は風呂敷から箱を取り出し金魚の弟に渡した。
「何これ?」
「開けてごらん」
弟が箱を開けた。箱の中には西瓜の形をした練り切りが入っていた。
「お兄ちゃん!西瓜だよ!」
「本当だ…よかったね。このお兄さんにお礼を言いなさい」
「お兄さん!ありがとう!」
「どういたしまして…ってそう言えば君達…名前が無くて呼びにくいな」
竜神が頬杖をつきながら答えた。
「字名をつけてあげよう…兄はイオリ、弟はキヌでどうだ?」
「金魚の羽衣天女から?」
「そうだ」
「いい名前だね!」
光は金魚の兄弟を振り返った。
金魚の兄が少し困ったように口を開いた。
「素敵な名前ですが…私達はそんな高級な品種では無いですよ?」
「値段じゃない…これからは髪の色を気にせずに、天女のように飛び回って欲しいと思ったからだ」
「でも…」
「お兄ちゃん!ぼく怖くないよ!竜神様と一緒にいろんな人達と出会ったけど…誰も僕のこと酷く言う人はいなかったよ!」
「そうだよ!自分を卑下しちゃだよ!君はとっても素敵だよ」
その後も光とキヌは一緒になってイオリを説得した。
そのやり取りを見ていた竜神が口を開いた。
「そうだ…じゃぁこうしよう」
「どうするんですか?」
イオリが不安そうに尋ねた。
「光の店でアルバイトしなさい」
「アルバイト?!」
イオリは驚いて大きな声を出した。
「いいね!それ!ちょうど忙しかったから万々歳だよ」
「困ります!社の勤めもあるのに」
「大丈夫!お兄ちゃんの分は僕が頑張るよ!」
光と弟に捲し立てられたイオリはついに「わかりました」と、頷いた。
イオリがアルバイトを承諾すると、夏の夕立の雨が降り出した。
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