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第1章 鵠沼梢と十月桜
第3話 優希との出会い
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土曜日になると梢は早速、里穂が教えてくれた古道具屋『紅鶸』の場所へと足を運んでみた。
紅鶸の店舗は、イチョウの木々が並ぶ静かな通り沿いに建っていた。
(べにひわって……こういう漢字で書くんだ。小鳥の絵が描いてあるってことは、鳥の名前なのかな)
店の前に置かれた立て看板を見て、梢はそう考えた。
その小鳥の絵には、ほっこりと心を和ませるような魅力があった。
客が入ってきやすいようにするためか、入り口の扉は開け放たれている。
梢は扉の外からこっそりと、店内の様子を伺った。
落ち着いた雰囲気のお店だ。
両側の壁には商品棚が設置され、店内中央には商品の置かれた正方形のテーブルがある。
ここからでも、様々な商品が並んでいるのが分かる。
茶碗、漆塗りの盆、茶器、皿、それに木鉢……とにかく、品揃えは豊富だった。
それから、商品棚の横に置かれた箪笥も、販売している物のようだ。
梢は目を凝らした。
(古道具屋さんって初めて見るけど……雑貨屋さんみたいな感じなんだなあ。それにしても、幽霊の姿なんて見当たらないじゃん──って何してんの、わたし! こんな所からこっそり覗いたりして……!)
急に自分のしていることが恥ずかしくなり、梢は素早く扉から離れた。
(幽霊がいるかどうかをチェックしてるなんて、やっぱり超失礼な奴だよ……ううっ、恥ずかしい)
梢はそろりと振り返り、改めて紅鶸を見つめた。
やはり店内の雰囲気は落ち着いており、居心地が良さそうだった。
そのせいか、買い物好きというわけではない梢でも、店内に並ぶ様々な道具達に心を惹かれた。
(……うん! 幽霊がどうとかは全部忘れて、普通に買い物をさせてもらおう! 手頃な価格の物があれば、だけど)
梢は思い切って、紅鶸の店内に足を踏み入れた。
入って正面奥に見えるカウンターには、小柄な女性が立っている。店員さんだろう。
梢以外に客の姿はない。
カウンターの向こうにいる女性が梢に気がつき、明るい声で言った。
「いらっしゃいませ!」
梢はドギマギしながら会釈で返し、店内を物色し始めた。
値段が高めな物もあるが、中には梢でも気軽に買えるような、手頃な価格の物もあった。
(あっ、このお茶碗可愛い……ん?)
ふと視線を感じて顔を上げると、カウンターに立つ女性がじいっと梢のことを見つめていた。何やら、驚いたような表情で。
(な、なんだろう。わたし、何か変なことしちゃったのかな……!?)
不安になる梢。
カウンターから出てきた女性は、梢を凝視したまま、そろそろと近づいてくる。
(わわっ、こっちに来る……)
梢はその時、女性の瞳がとても綺麗な色──桃色と赤色の中間のような色をしていることに気がついた。
その目が落ち着かないほど熱心に自分のことを見つめていなければ、梢はもっと見惚れていただろう。
「むむむぅ~」
女性は名状しがたい声を発しながら、梢との距離を詰めてくる。
至近距離までやって来た女性に、梢は思い切って尋ねた。
「あ、あの! なんでしょうか!?」
「……」
女性は無言で、梢を見つめ続けた。何かを探っているような視線だった。
そして突然、ボソリと言葉をこぼした。
「……いいよ」
「へっ?」
「あなた、すっごくいいよ!」
女性は両手をパチンと合わせ、神秘的な色の瞳を煌めかせた。
「うんうん、まさに逸材って感じ!」
「はあ?」
梢はポカンと口を開け、目の前に立つ様子のおかしい女性のことを、改めて観察した。
小柄で、梢よりも背が低い。
明るめの茶髪をボブカットにしており、毛先を外にハネさせている。
瞳の色はさっき気づいた通り、桃色と赤色の中間のような色だ。
くりっとした目は可愛らしく、無邪気な煌めきを放っている。
彼女は活力に満ちていて、なんというか、元気な子犬のようだった。
(明るくて可愛い人だけど、気迫が……気迫が怖い!)
梢が戸惑っているのを見て、女性はハッと我に返った。
「あ、ごめん! 驚かせちゃったよね」
「……はい、驚いてます」
梢は思わず、正直に答えてしまった。
「だよね~ごめん! まずは自己紹介しないとね。わたしはこの店の店長の、能代優希です!」
その女性──優希はそう言って、右手を胸元に当てた。
「え、店長?」
「ふふふ~そう、一応ね! あなたの名前も、聞いていいかな?」
優希の勢いに呑まれ、梢はこくりと頷いた。
「鵠沼……です。鵠沼、梢」
「梢さんだね! よろしく」
「はあ、どうも……」
優希はやけに友好的な態度である。梢はすっかり困惑してしまった。
彼女がなぜこんなに嬉々としているのか、全く理解できない。
(なんかさっき、わたしのことを逸材とか言ってなかった?)
梢は訝しむように眉根を寄せ、優希に尋ねた。
「あの……それで、わたしを見てどうして喜んでいたのか、理由を訊いてもいいですか?」
「う~ん、どう説明すればいいかなあ」
優希は腕を組み、頭をひねった。
それから上目遣いで梢を見つめて、こう質問してきた。
「……梢さんは、この世界に『不思議な存在』がいることを信じる?」
「え?」
梢はドキリとした。
紅鶸を訪れようと思ったそもそもの理由が、頭に蘇ってくる。
「──そ、それってもしかして、幽霊のことですか?」
「そうだなあ、まあ近いといえば近い……のかな」
「?」
「あのさ、梢さんは幽霊を見たことがないよね?」
「? は、はい……見たことはないです」
梢は優希の『見たことがないよね?』という言葉に、なんとなく違和感を覚えた。
「うんうん、だよね! やっぱり」
優希は満足げに頷いている。
「やっぱり? どうして、やっぱりなんですか?」
すると、優希は朗らかに言い放った。
「だって梢さん、見たところ霊感ゼロだもん! ゼロっていうか、むしろゼロ以下? マイナスに近いくらいだよ!」
「ゼ、ゼロ以下……!?」
いきなりそんなことを言われ、梢は唖然とした。
「うん、それってすっごい珍しいことなんだよ! だからこそ、梢さんは紅鶸にとって……ううん、わたしにとって、逸材と言える人なの!」
優希は、梢の手でも取るような勢いでググッと前のめりになり、懇願した。
「そういうわけで、お願い! 紅鶸に手を貸して!」
「え、ええ~……」
梢の上げた困惑の声は、もはや悲鳴に近かった。
紅鶸の店舗は、イチョウの木々が並ぶ静かな通り沿いに建っていた。
(べにひわって……こういう漢字で書くんだ。小鳥の絵が描いてあるってことは、鳥の名前なのかな)
店の前に置かれた立て看板を見て、梢はそう考えた。
その小鳥の絵には、ほっこりと心を和ませるような魅力があった。
客が入ってきやすいようにするためか、入り口の扉は開け放たれている。
梢は扉の外からこっそりと、店内の様子を伺った。
落ち着いた雰囲気のお店だ。
両側の壁には商品棚が設置され、店内中央には商品の置かれた正方形のテーブルがある。
ここからでも、様々な商品が並んでいるのが分かる。
茶碗、漆塗りの盆、茶器、皿、それに木鉢……とにかく、品揃えは豊富だった。
それから、商品棚の横に置かれた箪笥も、販売している物のようだ。
梢は目を凝らした。
(古道具屋さんって初めて見るけど……雑貨屋さんみたいな感じなんだなあ。それにしても、幽霊の姿なんて見当たらないじゃん──って何してんの、わたし! こんな所からこっそり覗いたりして……!)
急に自分のしていることが恥ずかしくなり、梢は素早く扉から離れた。
(幽霊がいるかどうかをチェックしてるなんて、やっぱり超失礼な奴だよ……ううっ、恥ずかしい)
梢はそろりと振り返り、改めて紅鶸を見つめた。
やはり店内の雰囲気は落ち着いており、居心地が良さそうだった。
そのせいか、買い物好きというわけではない梢でも、店内に並ぶ様々な道具達に心を惹かれた。
(……うん! 幽霊がどうとかは全部忘れて、普通に買い物をさせてもらおう! 手頃な価格の物があれば、だけど)
梢は思い切って、紅鶸の店内に足を踏み入れた。
入って正面奥に見えるカウンターには、小柄な女性が立っている。店員さんだろう。
梢以外に客の姿はない。
カウンターの向こうにいる女性が梢に気がつき、明るい声で言った。
「いらっしゃいませ!」
梢はドギマギしながら会釈で返し、店内を物色し始めた。
値段が高めな物もあるが、中には梢でも気軽に買えるような、手頃な価格の物もあった。
(あっ、このお茶碗可愛い……ん?)
ふと視線を感じて顔を上げると、カウンターに立つ女性がじいっと梢のことを見つめていた。何やら、驚いたような表情で。
(な、なんだろう。わたし、何か変なことしちゃったのかな……!?)
不安になる梢。
カウンターから出てきた女性は、梢を凝視したまま、そろそろと近づいてくる。
(わわっ、こっちに来る……)
梢はその時、女性の瞳がとても綺麗な色──桃色と赤色の中間のような色をしていることに気がついた。
その目が落ち着かないほど熱心に自分のことを見つめていなければ、梢はもっと見惚れていただろう。
「むむむぅ~」
女性は名状しがたい声を発しながら、梢との距離を詰めてくる。
至近距離までやって来た女性に、梢は思い切って尋ねた。
「あ、あの! なんでしょうか!?」
「……」
女性は無言で、梢を見つめ続けた。何かを探っているような視線だった。
そして突然、ボソリと言葉をこぼした。
「……いいよ」
「へっ?」
「あなた、すっごくいいよ!」
女性は両手をパチンと合わせ、神秘的な色の瞳を煌めかせた。
「うんうん、まさに逸材って感じ!」
「はあ?」
梢はポカンと口を開け、目の前に立つ様子のおかしい女性のことを、改めて観察した。
小柄で、梢よりも背が低い。
明るめの茶髪をボブカットにしており、毛先を外にハネさせている。
瞳の色はさっき気づいた通り、桃色と赤色の中間のような色だ。
くりっとした目は可愛らしく、無邪気な煌めきを放っている。
彼女は活力に満ちていて、なんというか、元気な子犬のようだった。
(明るくて可愛い人だけど、気迫が……気迫が怖い!)
梢が戸惑っているのを見て、女性はハッと我に返った。
「あ、ごめん! 驚かせちゃったよね」
「……はい、驚いてます」
梢は思わず、正直に答えてしまった。
「だよね~ごめん! まずは自己紹介しないとね。わたしはこの店の店長の、能代優希です!」
その女性──優希はそう言って、右手を胸元に当てた。
「え、店長?」
「ふふふ~そう、一応ね! あなたの名前も、聞いていいかな?」
優希の勢いに呑まれ、梢はこくりと頷いた。
「鵠沼……です。鵠沼、梢」
「梢さんだね! よろしく」
「はあ、どうも……」
優希はやけに友好的な態度である。梢はすっかり困惑してしまった。
彼女がなぜこんなに嬉々としているのか、全く理解できない。
(なんかさっき、わたしのことを逸材とか言ってなかった?)
梢は訝しむように眉根を寄せ、優希に尋ねた。
「あの……それで、わたしを見てどうして喜んでいたのか、理由を訊いてもいいですか?」
「う~ん、どう説明すればいいかなあ」
優希は腕を組み、頭をひねった。
それから上目遣いで梢を見つめて、こう質問してきた。
「……梢さんは、この世界に『不思議な存在』がいることを信じる?」
「え?」
梢はドキリとした。
紅鶸を訪れようと思ったそもそもの理由が、頭に蘇ってくる。
「──そ、それってもしかして、幽霊のことですか?」
「そうだなあ、まあ近いといえば近い……のかな」
「?」
「あのさ、梢さんは幽霊を見たことがないよね?」
「? は、はい……見たことはないです」
梢は優希の『見たことがないよね?』という言葉に、なんとなく違和感を覚えた。
「うんうん、だよね! やっぱり」
優希は満足げに頷いている。
「やっぱり? どうして、やっぱりなんですか?」
すると、優希は朗らかに言い放った。
「だって梢さん、見たところ霊感ゼロだもん! ゼロっていうか、むしろゼロ以下? マイナスに近いくらいだよ!」
「ゼ、ゼロ以下……!?」
いきなりそんなことを言われ、梢は唖然とした。
「うん、それってすっごい珍しいことなんだよ! だからこそ、梢さんは紅鶸にとって……ううん、わたしにとって、逸材と言える人なの!」
優希は、梢の手でも取るような勢いでググッと前のめりになり、懇願した。
「そういうわけで、お願い! 紅鶸に手を貸して!」
「え、ええ~……」
梢の上げた困惑の声は、もはや悲鳴に近かった。
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