83 / 129
第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ
22.社畜と妹
しおりを挟む大晦日の午後。実家でぐうたらしていると、三時過ぎに妹の真由が帰ってきた。
真由はどたばたと家中を駆け回り、俺の部屋へノックもなしに入ってきた。
「ぎゃー! 兄ちゃんがおる!」
ベッドでスマホをいじっている俺を見て、真由が大げさに騒ぐ。
「車停めてるんだから気づけよ」
「見てなかったわ。せっかく兄ちゃんの部屋で寝ようと思ったのに!」
「なんで俺の部屋なんだよ。自分の部屋で寝ろよ」
「私の部屋、和室やけん嫌! ベッドがいい!」
妹とは、昔から仲がいい。久しぶりに会っても、とくに違和感なくいつものノリで話せる。
「照子先輩は?」
「とっくに別れたつっただろ」
「さっさとより戻しな!」
「なんでだよ」
「兄の嫁さんが有名人やって自慢したい」
「お前の希望かよ」
嵐のような妹は、荷物を俺の部屋に置いて、別の部屋に移った。
妹は二つ年下で、喧嘩ばかりしていてもおかしくないのだが、俺はガキの頃から妹とあまり喧嘩をしなかった。身体的にはどう考えても俺のほうが強く、弱い相手をいたぶる気になれなかった。見たいテレビ番組は妹にゆずっていたし、家のお菓子も取り合いはせず妹にやっていた。おかげである程度は信頼してくれているようだ。
夕食は年越しそば。家族四人で一緒に食べた。
主に、妹の東京旅行の話だった。俺が働いている豊洲周辺にも行ってみたという。「あんなきれいなタワーマンションに住んでみたいわ」と何気なく言われ、俺は一瞬どきりとした。住んだことがある、とは口が裂けても言えなかった。
夕食のあとはしばらく皆で紅白歌合戦を見ていたが、父と母はさっさと寝た。俺と妹がリビングに残り、だらだらとテレビの前で過ごしていた。
「あ、これ照子先輩の作った曲!」
とある女性歌手が出たところで、真由が反応した。俺はそのことに全く気づかなかった。身近な人間が超有名になると、畏れ多い感じがする。俺にスピリタスを飲ませてげらげら笑うアホ女が、いまや日本中のお茶の間に曲を届けているのだ。照子が近くにいる時はいいが、このような形で照子の力を見ると、やはり俺とは違う天才なんだな、とあらためて思う。
「にーちゃんは彼女おらんの?」
「いねえよ」
「ふーん」
真由は結婚を控えている。兄である俺の動向は気になるだろう。俺と違って、真由は高校時代から付き合っている彼氏との結婚を真剣に考えていて、俺より頭がいいのに偏差値の高くない地元の大学を選んだくらいだから、婚期が早くてもおかしくない、と俺は思っている。
「もし結婚しても、徳島には帰ってこんのやろ」
「まあな」
徳島では、今俺がやっている電機メーカーの仕事が存在しない。今更業種を変えるつもりもないし、そこは確定だった。親にも、帰るつもりはない、と言ってある。
「真由が徳島にいるから、俺は安心だよ」
「何が安心じゃ。わけわからんわ」
「親父とおかんが寂しくないだろ、お前がいれば」
「ほんなことないわ。まあ、兄ちゃんの決めたことやけん仕方ないけどな」
真由はこたつに足をつっこんだまま横になった。この妹は口うるさいのだが、大事なところはいつも理解してくれている。俺が譲らないものを理解しているのだ。
「こんなところで寝るなよ。冷えて風ひくぞ」
「毛布かけて」
「自分でもってこいよ」
「めんどくさい」
俺は仕方なく毛布を部屋からとってきて、真由にかけてやった。一方的なわがままなのだが、真由がこんなふうに露骨な甘え方をするのは久しぶりだった。数年会っていないこともあるが、それにしても久しぶりだと思う。妹に甘えられると、兄は弱い。もしかしたら、結婚直前でいわゆるマリッジブルー状態になり、誰かに甘えたいのかもしれない。
「兄ちゃん」
「なんだ」
「ほんまに彼女おらんの?」
「いない、って言ってるだろ」
「うそお……」
真由が横になったまま、俺のズボンの裾を引っ張る。東京旅行で疲れているから、半分寝ぼけているようだ。
「……まあ、照子以外の彼女は最近できたんだが、もう別れたよ」
「ふーん」
この話をすれば納得するかと思ったが、あまり興味がないようだった。なぜそこにこだわるのか、俺にはわからなかった。
「彼女はおらんけど、好きな人はおるんとちゃう?」
そう言われて、俺ははっとした。この一年に俺の周囲で起こったドタバタ劇が走馬灯のように思い出され、最後には理瀬の、吉野川の堤防で深々とお辞儀をする姿が脳裏に残った。
「なんでそう思うんだよ?」
「ほなって兄ちゃん、今、照子先輩と付き合い始めた時みたいな顔しとる」
どういう意味だ、と聞き返そうと思ったが、真由はもう眠ってしまっていた。
俺は自分の部屋に戻り、スマホを確認した。夕方ごろ、理瀬へちゃんと飛行機へ乗れたかどうかLINEを送ったのだが、返信はなかった。
** *
翌朝。元旦だ。
母が作ったおせち料理で朝食をとり、午後に真由の結婚相手である佐田健と、その両親とで会食をした。近所の、よく法事で使う料亭だった。
佐田健は俺の合唱部の後輩。俺の後を継いで部長になった。無骨な男で、言葉は少ない。何事においても真面目なので信頼はできる。高校時代、ストイックに練習へ取り組んでいた俺を尊敬していた、と高校を卒業した後に真由から聞いた。
「おう佐田、久しぶりだな」
「うす」
数年ぶりに会って、いきなり交わした言葉がこれだ。言葉は本当に少ないのだが、不思議と気持ちはつたわるので、俺からすればいい後輩だった。今も変わっていないようで何よりだ。
会食は、おしゃべりな真由を中心に進んだ。俺が正月にしか帰ってこれないことを理由にわざわざ元日を選んだので、一応そのお礼は言っておいた。
佐田の両親は、高校時代に佐田と同じステージに立っていた俺のことをよく覚えていた。社畜になって当時よりみすぼらしくなった、と思われていたかもしれないが、そう口には出さなかった。俺としては、真由の幸せな結婚の邪魔にならないよう、とにかく『まともな兄』のふりをした。
途中で、照子の話も出た。俺の高校時代ではいちばん有名人になった子だから、当然話題にもなる。佐田の両親は、俺が昔照子と付き合っていたことも知っているだろう。今どうしているのか、と聞かれたので、さあ、と適当に返しておいた。
会食は平和に終わった。料亭を出る時、少しだけ佐田と二人で話す機会があった。
「先輩、今日は、ありがとうございました」
「ああ、うん。真由がお前と結婚できて、俺はほっとしたよ。あんな騒がしいやつ、誰かが保護者にならないと収拾つかないからな」
「うす」
「今更お前に言うことなんて、ないな。まあせいぜい頑張れよ」
「うす」
どこまでも硬い奴だった。
無口な佐田とおしゃべりな真由のペアは、意外にバランスが取れていて、はたから見てもいいカップルだ。
俺が完全な社畜になったように、佐田も社会人生活で疲弊しきっていないかと少しは心配したのだが、何も変わっていなかった。俺は安心した。岩尾のように数年で大きく変わったものがあれば、いつまでも変わらないものもあるのだ。
その後、徳島を出るまで俺はほとんど寝て過ごした。長時間の運転と、理瀬との行動で疲れが溜まっていた。外出したのは、祖父母の墓参りくらいだった。
永遠の眠りについてしまった祖父母は、もう何も俺に言わなくなってしまった。祖父母はおそらく天国でも俺が人並みに結婚して、家庭をもつことを願っているだろう。でもそれは実現しそうにないので、ごめんな、と謝っておいた。
こうして徳島での正月を過ごし、最終日には再び渋滞にうんざりしながら東京へ車を走らせ、仕事初めの日の朝には、俺は完全な社畜に戻り、徳島の土産を同僚たちへせっせと配っていた。
0
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
こうして僕らは獣医になる
蒼空チョコ@モノカキ獣医
ライト文芸
これは獣医学科に通い始めた大学一年生たちの物語。
獣医といえば動物に関わる職業の代名詞。みんながその名前を知っていて、それなのに動物園や動物病院で働く姿以外はほぼ知られていないという不思議な世界。
大学の獣医学科とは、動物の治療にも死に立ち会ったこともない学生たちが、獣医師というものに成長していく特別な場所だ。
日原裕司が入学した大学には、専門的な授業を受けるほかに、パートナー動物を選んで苦楽を共にする制度がある。老いた動物、畜産動物、エキゾチックアニマルなど、『パートナー』の選び方は様々。
日原たちはそんな彼らと付き合う中で大切なことを学び、そして夢に向かって一歩ずつ進んでいく。
ただの学生たちが、自分たちの原点を見つけて成長していく物語。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる