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第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ

19.社畜と女子高生と恋人の聖地

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 室戸岬の駐車場を出たあと、山の上にある最御崎寺の駐車場へ向かった。アクセルをベタ踏みできるほどの激坂で、登れば登るほど海が遠くまで見渡せる。こんな気持ちいい場所を無視して帰るのは、たしかに損だ。入念に調べてから行動する理瀬が正しかった。


「とんでもない山だな。お遍路さんは大変だなあ」

「そういえば、お遍路さんまだ見てませんよ」

「昔は白衣と傘と金剛杖をそろえて歩く人も多かったんだけど、最近めっきり減ったな。歩きでしか通れない山道があるから、正当な遍路道を通るには歩くしかないんだが、一応全部のお寺へ車で行けるからな」

「そういうものですか」


 最御崎寺の駐車場には、大量の猫がいた。俺は知らなかったが、ネットではほんの少しだけ有名らしい。ツイッターでちょっとリツイートが流行ったくらいだが、そこは理瀬の猫に対するアンテナが高いのだ。

猫たちは人馴れしているようで、車を降りて少し歩くと、猫の方から近寄ってきた。

 理瀬は猫たちに挨拶したり、モフったりして楽しんでいた。


「これが目的だったのか?」

「ついでですよ。サブちゃんが亡くなって以来、猫に触れてなかったのでちょっとうれしいだけですよ……あっ、なんか変わった猫ちゃんがいますよ」


 理瀬が指差した方向に、茶色い猫と同じくらいの小動物がいた。こちらに近づこうとしていたが、俺たちが気づいたことにその小動物も気づいたらしく、走って逃げていった。


「ぶっ、あれはタヌキだよ」

「えっ、狸ですか? 野生で生息してるんですね。動物園だけだと思ってましたよ」

「山の中だからな。鹿とかイノシシとか、割とよく見かけるぞ」


 理瀬を笑ってやったが、猫の群れに溶け込んだタヌキはたしかに見分けづらく、俺も一瞬猫だと勘違いした。猫の群れに混じって餌のおこぼれを狙っていたに違いない。タヌキに化かされる、とはこの事か。

 猫とじっくり遊んだあと、俺達は最御崎寺の門をくぐった。


「ここが二十四番ってことは、二十三番の薬王寺からここまで距離があるのか……」


 門の看板を見て驚く俺を、理瀬が怪訝そうに見ている。


「四国遍路最大の難所、らしいですよ」

「だろうな。一番から五番くらいまではハイキング気分で歩ける距離なのになあ」

「えっ、そんなに近いんですか。他もここと同じくらい遠いのかと思ってました」

「仮にそうだったら四国十週しても足りねえよ。ここが異常なんだ。今は綺麗な道があるから、だいぶ楽だろうけどな。それでも歩いたら丸一日かかるだろうな」


 そんな雑談をしながら、せっかく来たので本堂に参拝した。


「……ここには『地獄』はないですよね?」

「あんなの薬王寺だけだろ。とりあえず灯台まで行こうぜ」


 灯台の周辺は展望台になっていた。俺たちの他には誰もいない。昼間なので灯りはついていなかったが、巨大で幾何学的なレンズがよく観察できた。光ったらとんでもない明るさになるだろうな、と俺は思った。

 海の眺めもよかった。高い場所なので、さっきよりずっと遠くまで見渡せた。俺と理瀬はしばらく無言で、その壮大な景色を味わっていた。


「あの、宮本さん」


 しばらくすると、理瀬が展望台に設定されてある小さな石碑に気づいた。


「何だ?」

「恋人の聖地、らしいですよ」


 その小さな石碑はハートマークで、たしかに『恋人の聖地』と書かれていた。恋人とこんな遠いところまでドライブしたら絶対車中で喧嘩してまうわ、と俺は心の中でツッコミを入れた。


「あの、せっかくなのでこの石碑と一緒に写真撮りませんか」

「はっ? 俺たち、恋人ではないだろ」

「一人で撮るのは寂しすぎますよ」

「それはそうだが、そんなもんエレンに見られたら通報されちゃうだろ」


 俺がぐだぐだと言い訳を述べていたら、理瀬は無理やりぐっと俺の顔に近づき、スマホでセルフィーを撮った。俺と理瀬の顔、恋人の聖地の石碑が綺麗に並んだ、いい出来の写真だった。いつの間にセルフィーのスキルなんか身につけたんだろう。まあ、おっさんより女子高生の方が得意そうではある。


「どうするんだよ、その写真」

「どうもしませんよ。二人でここへ来た記念ですよ」


 いまさら俺との写真を撮りたがる理由なんて全くわからないのだが、理瀬が満足そうだったのでとりあえず放置することにした。イ○スタにアップするとも思えないし。最悪、エレンにさえばれなければ俺の身は持つだろう。

 こうして、俺達は室戸岬を堪能し、帰路についた。


** *


行きの道中ではしゃいだら、帰りは疲れて話す気力もなくなる、と決まっている。旅行の常だ。

室戸岬から徳島市まで、途中トイレ休憩のために何件かコンビニに寄った以外は、ほとんど無言で過ごした。俺が「寝ててもいいぞ」と言ったので、理瀬は半分くらい寝ていた。もう半分はスマホを触っていた。

俺はというと、久しぶりに愛車でロングドライブができたこともあり、室戸岬への旅には満足だった。距離的には千葉から徳島までの移動の方がずっと長いが、室戸岬への道は急カーブの続く山道や海沿いのワインディングロードなど、気持ちよく走れるところが多かった。俺は運転するのが好きだから、これで十分ストレス解消になる。

ただ、理瀬に俺の過去を教える、という目的は果たせていない。俺が若い頃のマインドを教えてほしいという話だったから長いドライブ旅行をしたものの、ただの地元案内になってしまっている。理瀬が納得したとは思えない。

クールで他人にそこまで強くあたらない理瀬のことだから、俺がこの年末年始の連休で理瀬に何かを伝えられなくても、怒られはしないだろう。俺のせいというより、どういうものを教えてほしいのか明確に伝えられなかった理瀬のほうが悪いのだと思って、俺に謝罪するまである。せっかく遠くまで来たのだから、理瀬が望んでいるものを与えたい、という気持ちはあるのだが。

悶々としながら車を走らせているうちに、徳島市に入る前の渋滞にはまった。いつもの渋滞ポイントだ。時計を見ると、午後七時。外は暗かった。


「晩飯、決まってるのか?」

「特に決まってませんよ」

「じゃあ無難に、徳島県名物の徳島ラーメンでも食うか」

「それでいいですよ」


俺は脳内で好きな徳島ラーメン店を検索した。徳島ラーメンは豚骨醤油ベースですき焼き風の肉が入った独特なラーメンで、徳島市内にはかなりの店がある。価格は六百円くらいで、東京にある千円超えのラーメンと比べれば全然安い。

久しぶりに徳島ラーメンを食いたい俺は、お気に入りの店を頭の中で選び、そこへ向かうつもりだった。

しかし、渋滞で停車している時、道沿いにあった怪しいネオンのレストランを発見して、急に気が変わった。


「理瀬。ラーメン、やっぱやめていいか?」

「なんでもいいですよ。何を食べるんですか?」

「んー、何でもあるレストランだな」

「ファミレスですか?」

「いや、ファミレスではない。あれだよ」


 俺が怪しい七色のネオンの建物を指差すと、理瀬は顔を引きつらせた。


「あ、あれって、もしかして男女で入るホテル……」

「バカ、違うよ、レストランつってんだろ。まあ行けばわかる」


 俺は渋滞から抜け、怪しいネオンが光るレストランに車を停めた。

 あえて店名は伏せるが、徳島県民には有名な昔からあるレストランだ。創業以来二十四時間営業を続けていて、コンビニがなかった頃は不良のたまり場にもなっていたらしい。

 店の周囲には裸婦像など、西洋の彫刻が飾られている。いかにも怪しげで、理瀬は最初、店に入るのをためらった。


「心配すんな、中は普通のレストランだから」


 店内は古い洋風スタイルで、趣がある。店員さんに案内され、俺達は六人くらい座れそうなL字ソファの席に案内された。

 席につくと、理瀬はメニューより先に壁に張り巡らされている謎の電線に注目した。


「あれ、なんですか」

「ああ、マイナスイオンが発生してるらしい」

「本当ですか?」

「放電して電荷与えてるんだから、発生してると思うぞ」

「マイナスイオンになんの意味があるんですか」

「免疫力がついて元気になるらしいぞ」

「……あの、この店のどこが普通のレストランなんですか? 怪しすぎますよ」


 やっぱり、普通のレストランだとは思ってくれなかったか。何度もここを利用していた俺の感覚がおかしかったのだ。


「この店はなあ、高校時代に照子たちとやっていたバンドでよく来てた店なんだよ」
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