上 下
74 / 129
第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ

13.社畜とクリスマスプレゼント

しおりを挟む

 照子を押し倒すと、それを眺めていた篠田と理瀬の空気が、明らかに変わった。


「つよ、し?」


 照子もまた、完全に女の顔になって、うるうるとした目で俺を見つめる。


「はあ。もう寝ろ。おねんねだ」


 俺は照子を抱きしめ、髪をゆっくり撫でてやった。

 数分間それを続けると、やがて照子は静かな寝息を立て始めた。さっきまでげらげらと笑っていたのが嘘みたいだ。

 照子が完全に眠ったのを確認したあと、俺は照子をお姫様抱っこして、かつて俺と篠田が泊まっていた部屋のベッドに投げ捨てた。


「ふう。一丁上がり」

「な、な、な、なんですか、今のは」


 篠田が顔を真っ赤にして、俺を見ている。酔って顔が赤いのか、怒っているのかはよくわからない。


「あれ、言ってなかったっけ? 照子はああするとおとなしく寝るんだよ」

「知るわけないでしょそんなの! 何なんですか! いきなり押し倒して、どうなるかと思いましたよ!」

「まさか、こんなところでおっぱじめると思ってたのか?」

「っ! そうじゃないですけど!」

「あいつ、悪酔いすると誰も止められないから、ああするしかないんだよな」

「何なんですか、いきなり元々カレ感出して……」


 元々カレ感、という謎の言葉がひっかかったものの、酔っている上にかなりの馬力を出して照子を持ち上げた俺は、疲れてソファに座り込んだ。

 目の前にあったグラスを取り、一口飲む。水かと思ったらまたスピリタスだった。今回は一口で気づいたが、これ以上飲んだらブラックアウトしそうだ。っていうか、篠田と理瀬、気づいてるんなら言えよ。


「すまん、理瀬、俺も今日は帰れそうにないわ」

「い、いいですよ、宮本さんも泊まっていくと思ってましたよ」

「篠田は、大丈夫か?」

「かなり酔ってますけど、宮本さんよりは――」


 言葉の途中で、俺の全感覚がずしりと重くなり、ソファに倒れる。


「宮本さん! 大丈夫ですか!」


 篠田が駆けよってくる。俺は気分が悪すぎて、何も答えられない。真上にある篠田の顔に、全くピントが合わず、ぼんやりとしか見えていない。


「急性アルコール中毒とかじゃ――うぷっ」

「し、篠田さんの方が大丈夫じゃないですよ!」


 どうやら俺の頭上で吐きかけたらしい。理瀬が機転を利かせ、トイレまで篠田を連行していった。篠田が吐き気を催してからの理瀬の動きはとても素早く、手慣れていた。さすがダメな母親を『処理』しているだけのことはある。

 俺は意識を飛ばさないようにするのが精一杯で、しばらく何が起こっていたのかわからなかった。かなり長い間、俺は放置されていたと思う。

 少しだけ楽になってきたので、俺は姿勢を変えるために軽い寝返りを打った。片手がソファから落ち、床にあった俺の鞄に触れた。

 手を左右に動かすと、紙袋のようなものの感触があった。鞄から飛び出ているらしい。俺は全力で(実際にはいつもの一パーセント以下の握力しかない)その紙袋を掴み、目の前まで持ってきた。

 ああ。

 酒を飲むことに集中して、忘れていた。

 これは――


「篠田さん、寝かせましたよ」


 理瀬が戻ってきた。まず俺のおでこに手をあて、体温を確認する。


「何、して、るんだ?」

「体温が下がっていたら急性アルコール中毒の可能性があるので、一応その確認ですよ。お母さんに昔教わりました」

「うーん。寒くはないかな。横になったら、だいぶ楽になったし」

「宮本さん、本当にお酒強いですね……あの、その紙袋はなんですか?」

「ああ、これな。理瀬へのクリスマスプレゼントだよ」

「わ、私へのプレゼント、ですか?」


 理瀬の顔が急にほころぶ。篠田や照子といる時も楽しそうだったが、楽しさよりも嬉しさが先行した、シンプルに明るい顔だった。


「本当は、サンタさんみたいに、枕元に置いておこうと思ったんだが」

「気持ちは嬉しいですけど、寝てる時に勝手に部屋へ入られるのは、ちょっと怖いですよ」

「そうだよなあ。まあ、もらっとけよ」

「いいんですか……?」

「大したもんじゃないから」

「開けてもいいですか?」

「いいぞ」


 理瀬は紙袋の封をとても大事そうに剥がし、中身を取り出す。


「……これ、なんですか?」

「チーバくんの携帯ストラップだよ」

「チーバくんの携帯ストラップ」

「知らないのか? 千葉県のゆるキャラだぞ。しかもクリスマス仕様のサンタさん風だ。元から赤いキャラだから、いまいち変わってないけどな」

「ふなっしーなら知ってますけど……チーバくんは初めて見ました」

「体が千葉県の形してるんだ。俺の住んでる千葉市は、チーバくんの喉あたりだ。千葉県民はチーバくんの体の部位で自分の住んでるところを表現するんだぞ。これ覚えとけよ。テストに出るぞ」

「私、千葉県民ではないですよ……」

「気に入らなかったか? 俺、プレゼントのセンスがないからなあ。よく照子にも文句言われてたよ。考えすぎて失敗するんだ」

「なにを、考えてくれたんですか?」

「お前は金持ちだから、高いものを贈っても無駄だ。自分で買えるからな。だから、値段はどうあれクスッとくるような、ちょっと面白いものを選んだつもりだ。あまり受けなかったようだが」

「……どうして携帯ストラップなんですか」

「今はそうでもないが、昔みんなガラケー使ってた頃は、ストラップをつけるのが当たり前だったんだよ。指輪とかネックレスとか一瞬考えたけど、そもそも彼氏でもないただのおっさんからそんなもの貰ったって、キモいだけだろ。だから、手軽につけられるストラップにした。でも今のスマホには、ストラップつけるところがないんだよな。俺も、買ってから思い出したよ」

「私は……指輪とかネックレスでも、嬉しかったですよ。安物でもいいので、宮本さんからもらいたかったですよ」

「そっか。やっぱ、チーバくんじゃだめか」

「あ、いや、チーバくんでも十分嬉しいですよ」


 なんか今、ものすごく意外なことを言われたような気がする。でも酔いが激しすぎて、数秒前の言葉が思い出せない。


「なんで……なんで、私なんかにクリスマスプレゼントを用意してくれたんですか? 宮本さんに色々なことを教えてもらっているのは、私なんですよ。私なんかに気を使う必要、ないんですよ」

「あのなあ、理瀬。クリスマスにプレゼントがないなんて、寂しすぎるだろう」

「……」


 理瀬はうつむいて、何も言わなかった。

 俺自身、自宅に近いショッピングモールのクリスマスコーナーでチーバくんのストラップを見かけるまで、理瀬にクリスマスプレゼントをしよう、なんて考えてもいなかった。

 贈り物をしたいと思ったのは、何年ぶりだろうか。

 クリスマスの日に一人は嫌だ、という理瀬の気持ちはわかる。そこにはプレゼントが欲しい、という気持ちもあったはずだと、俺は決めつけていた。

 理瀬を、喜ばせたかった。

 俺の財力では、理瀬を本気で喜ばせられるようなものは買えないから、せめて一瞬くらい笑わせたかった。本当は、照子と篠田の目の前で開けさせて、げらげら笑ってもらうつもりだった。

 思っていたよりも飲みすぎて、こんな結果になってしまったが。


「宮本さんは、どうして、私に、そんなに、優しくして」


 理瀬はストラップを胸元で握ったまま、ぶつぶつと何かつぶやいていた。

 このあたりで酔いが限界に達し、ぼやけた姿の理瀬を見ながら、深い眠りについた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...