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第三章 社畜と昔の彼女と素直になるということ

14.社畜昔ばなし ⑬東京

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 高三の一年は、あっという間に過ぎた。

 八月の合唱コンクール四国大会が終わった後、俺は勉強に集中した。今まで中の下だった成績が嘘のように伸び、学年でも上位になった。

 地元の国立大学の偏差値はとっくに越え、それ以上の大学は県外にしかない。

 徳島から県外へ進学する場合、関西がメインだった。高速バスで二時間ちょっとで行けるし、徳島県民からすれば立派な大都会。それ以外は稀だった。

 俺は、東京を目指した。

『簡単には家に帰れない、別の場所に挑戦したい』というのが、親や教師に言っていた理由だ。もちろん本当は、バンド活動を続けるためだった。

 東京へ行く意思を固めると、照子は東京の専門学校に行きたいと言い出した。DTMを使った作曲を本格的に学べる、二年制の専門学校だった。

 照子はもともとピアノのレッスンを受けるために徳島市へ移住した。だが途中でピアノは辞め、バンドをやるようになった。行きあたりばったりの俺と違って、音楽を極めるという照子の意思は一貫していた。両親も、特に反対していないらしい。

 俺はその話を聞き、なんとか偏差値を上げて千葉の大学を選んだ。東京と千葉は似たようなものだと思っていた。東京の人間が四国四県の配置を覚えていないように、地方の人間からすれば東京の近くなら全部同じだと思っていた。

 そして受験。

 岩尾は、予定通り地元の国立大学へ。

 俺は、千葉にある国立大学へ。

 照子は、東京にある専門学校へ。

 赤坂さんは、地元の私立大学へ進学すると教師には告げていたが、実際には上京してバンド活動メインで生きる。

 この四人で、岩尾とは高三の春でお別れになった。卒業ライブと題して、徳島市内のライブハウスで演奏をした。それが岩尾と一緒にバンドをやった最後の記憶になる。

 それ以外の三人は、関東へ出ることになった。


** *


大学生活はそれなりに楽しかった。

高校時代と違い、周囲は男ばかり。女と話したければサークルにでも入れ、という感じだったが、バンド活動を前提にしていた俺は入らなかった。気にしていたのは軽音サークルと合唱サークルだったが、どちらにも入らなかった。軽音サークルは明らかに飲みサーだった。合唱サークルは高校生の合唱部よりもレベルが低かった(この時、俺は新しい趣味に年をとってから挑戦することの難しさを知った)。

大学生なんて高校時代の抑圧から開放され、金と行動力がグレードアップした悪ガキみたいなものだ。バイト、酒、タバコ、麻雀、合コン、パチンコ……悪友たちと一通り経験した。特に麻雀はかなりはまって、徹夜で打つことも多かった。

大学時代の友人とは今でも付き合いが続いているが、不思議とバンド活動にはクロスしなかった。


** *


バンド活動のスタートは、すべて赤坂さんに任せた。

ボーカル、ドラム、ベースの三人だから、少なくともギターだけは新たに確保する必要がある。俺がギターをやるのは無理だ。もともと楽器の経験がないし、岩尾の上手い演奏をさんざん聞いた後、俺がそれに追いつけるとは思えなかった。

赤坂さんはすぐ東京のバンド活動に馴染んでいた。徳島にいた時代から、バンドでの知り合いを通じて出入りできるライブハウスを定めていたらしい。俺と照子は右も左もわからなかった。

だが、ど田舎のバンドコンテストで優勝しただけのバンドなんて、東京では無名に近い。

俺たちと組んでくれて、クオリティの高いギターはなかなか見つからなかった。

女二人のバンドなので、出会い目的の男ギターは何人も寄ってきた。だが赤坂さんが止めた。東京でも、赤坂さんは俺たちのバンドでは妥協しないと決めていた。

上京して一ヶ月後、赤坂さんがギターの女の子を一人みつけた。品山さんという大人しい子で、いつも頬が赤かった。すごく地味でバンドをやっているとは思えない子だった。でもギターを弾くと、その小さな体からは想像できない豪快な演奏をした。


「私、引っ込み思案で、なかなか誘ってくれる人がいなくて……涼子ちゃんがいなかったら、こんないいバンドには一生入れなかったよ」


 品山さんはそう言っていた。俺としては、まともにギターを弾いてくれれば誰でも大歓迎だった。女三人、男一人のハーレム状態になるのはちょっと恥ずかしかったが。


** *


 照子との関係は、良好に続いていた。

 照子の専門学校が新宿、俺の大学が千葉市なので家は離れていたが、会いたい時は照子のアパートへ俺が行くことが多かった。

 照子は、専門学校ではあまり友人を作らなかった。他に行くところがなくて適当に進学した奴らばっかりで、真面目にDTMでの作曲を学ぼうとしている者はほんの数人だった。大学生ほど派手な遊びはしないらしく、照子の生活はバンド活動へどんどん傾倒していった。

 高校時代より自由に会えるようになり、体を交わらせる機会も増えた。毎日のようにしていると、飽きてしなくなる日もあった。

 都内をデートしたり、レンタカーでちょっと遠くへドライブするなど、ちゃんとしたデートもしていた。

 ただ一つだけ心配だったのは、照子の酒癖の悪さだった。

 照子は酒好きで、特にビールばかり飲んでいた。そのくせすぐに酔う。

 俺と一緒にいる時はいいが、ライブハウスの演奏後にグループで飲んだ時なんか、酔っ払って誰彼かまわず絡んでいた。男にも、だ。

俺はそれが嫌だった。いつか俺の知らないところで誰かにお持ち帰りされるのではないかと、気が気ではなかった。


「俺がいなくて、男がいるところでは飲むなよ」

「うわ、何ほれ、剛そんなに束縛する性格だった?」

「お前が酒癖悪いからだよ」

「むー、まあでも、心配してくれるんは嬉しいわ」


 実際、照子は俺の言いつけを守り、合コンなどの参加は避けた。ちなみに俺が男友達からの誘いを断りきれず合コンに行った時はめちゃくちゃ怒られた。二週間くらいメールしても無視された。これは照子が重い女なのではなく、あくまで対等な関係を求めていたからだ。

 こうして俺の大学生活は、人並みに堕落しつつ、バンド活動という別の主軸をもって進んだ。
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