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第三章 社畜と昔の彼女と素直になるということ
8.社畜昔ばなし ⑦バンドコンテスト
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三月の定期演奏会は無事終わり、その直後からバンドを再開することになった。
もとの三人に加え、リードギターの男子が一人。他校の生徒で、赤坂さんが苦労して見つけたらしい。キーボードは不在。なくても成立するから、という理由で中途半端なメンバーは入れないことにした。まだ作曲を始めたばかりだった照子にキーボードパートを書く余裕がなかった、という理由もある。
ギターの男子は岩尾という。俺たちの高校とはかなり離れたところへ通っていて、これまで絡みはなかった。赤坂さんと同じくストイックな音楽家タイプで、中学生のときに音楽室で触ったアコースティックギターにはまり、同じ趣味の男子たちとギター四重奏までやったという。エレキギターは初めてだったが、演奏レベルは俺たちの想像以上だった。違う楽器の腕を比べることはできないが、照子は完全に負けを認めていたし、もしかしたら赤坂さんより上手かったかもしれない。
男子どうしの俺と岩尾は、すぐに仲良くなった。岩尾はロックバンドに詳しく、何百枚ものCDを持っていて、よく貸してくれた。俺の音楽的知識は今でもほとんど岩尾から教わったものだ。これだけ熱心にバンドをやっていても、俺の頭の中は合唱曲のことばかりだった。
性格面でも、飄々とした岩尾は誰にでも気に入られた。感情を丸出しにしてバンドの内容に口をだすようなこともなかった。いいやつだ、とみんな素直に岩尾を受け入れた。
練習の合間に、何気なく二人でスタジオの外の自販機へ行った時、岩尾は突然こんな事を言い出した。
「俺、赤坂さん好きや。一応聞いとくけど宮本、赤坂さん狙いとちゃうよな?」
「はっ?」
いきなり好きな人のことを聞かれて、俺は驚いた。俺の周りの男子には、そんなことを話のネタにするヤツがいなかった。
「宮本って、薬王寺さんと付き合っとるんやろ?」
「いや付き合ってない。同じ部の部長と、副部長っちゅうだけじゃ」
「ほうなん? そっちの高校行っきょる子に聞いたんやけど」
岩尾に聞いたところ、照子と木暮先輩はとっくに別れていて、俺と付き合っていることになっていた。でも合唱部では、まだ木暮先輩と付き合っていることになっている。確かに、照子と木暮先輩はほとんど一緒におらず、代わりに俺がいるのだから、外から見ればそう見えるだろう。
噂話は怖いな、と俺は思った。もっとも、そんな噂の元になっている俺の行動がまずいのだが。
「照子とは付き合ってないし、赤坂さん狙っとる訳でもないぞ。岩尾は赤坂さん狙いでバンド始めたんか?」
「それもあるけど、今は普通に楽しい。高校生のバンドでは他にないレベルやけんな。赤坂さんに振られてもこのバンド続けたいわ」
素直に自分の気持ちを言う岩尾。とにかく爽やかで、話す内容もあけっぴろげで疑いようがない。岩尾はシンプルにいい奴だ。
話してみると、そこそこイケメンなのにまだ誰とも付き合ったことがないと言う。
それだけに、俺だけが見た赤坂さんと大学生バンドの事件の事は、絶対に言えなかった。
「赤坂さんまだ処女かなあ」なんて無邪気に言う岩尾を見て、俺は唇を真一文字に結んだ。
あんな関係よりも、高校生どうしの岩尾と赤坂さんが付き合っている方がずっと健全だ。俺は岩尾の気持ちを全力で応援することにした。
岩尾が赤坂さんを狙っているという話はいつの間にか照子にもバレて、三人で応援することになった。はなはるバンドコンテストの後が決戦の時。三人だけの秘密を持つと、バンドコンテストへのモチベーションも勝手に上がった。練習中、赤坂さんに「なんかみんなテンション高くない?」と言われ、冷や汗をかいた事もあった。
** *
はなはるバンドコンテストまで一ヶ月弱だったが、俺たちは照子の曲をほぼ完璧に完成させた。演奏者のレベルが高ければ、一曲をまともに仕上げることは簡単だった。
そうして本番がやってきた。
特に緊張もせず、かといって結果への期待もない俺は、いつもどおり歌った。
演奏面では、赤坂さんが少しヒートアップしていたが、照子の適切なテンポキープと岩尾の落ち着いたリードで、大崩れすることなく一曲演奏しきった。
講評と結果発表は、東京の大手レコード会社のディレクターが発表した。このディレクターが唯一、徳島県以外から来た審査員だった。他は地元のレコード店長やラジオのDJなど、ローカル感あふれるメンツだった。
当然、メジャーデビューへの道が開かれるようなコンテストではない。インディーズにもなれないようなレベルの集団だ。
だから皆、順位よりもこのディレクターの評価を気にしていた。
「えー、みなさん、若くて大変元気がよく……」
内容はよく覚えていないが、特定のバンドには触れずありきたりなことを話していた。ずっと腕時計を気にしていて、講評が終わったらさっさと会場を出ていた。飛行機の時間があったのだろう。
出演者はみんな落胆した。それから結果発表が始まった。
俺たちのバンドは、三位。十五チームほどの参加数で、ギリギリ入賞というところだ。
バンド名を呼ばれた時、俺たちは放心して声も出なかった。優勝を狙っていた訳ではない。自分たちの立ち位置がどこなのか、そもそも意識していなかったからだ。
まさか呼ばれるとは思っていなかった。
表彰式では、しきりに「高校生だけのバンド」と言われた。二位と一位のバンドは、大学生だった。
すべて終わった後、近くのマクドナルドへ引き上げ、俺たちは軽い打ち上げをした。いつも忙しそうにしている赤坂さんも、この日は付き合ってくれた。
「まさか入賞するとは思わんかったなー」
「ま、高校生のバンドの中では一番だったやろ」
のんきそうに言う照子に、岩尾が答える。どうやら岩尾は、実力だけで入賞したのではなく、若手に花を持たせるという意味で無理やり入賞させたと思っているらしい。
「まあ、こんなもんかな」
同じ意見だった俺は、岩尾に同意した。
「講評、読んでみよ」
リーダーとして登録されていた赤坂さんが、審査員の講評をテーブルに広げた。
みんなまず注目したのは、東京のレコード会社のディレクターが書いたものだった。
『あなたたちは今回、一番将来性を感じるバンドだった。基本的な演奏技法ができていて、ボーカルが歌いすぎず、かといって他のパートが暴走するでもなく、バランスはいい。何より、曲がよかった。何がいいとは言えないけどまた聞きたくなる曲だった。私はあなたたちを一位にしたかったけど、他の審査員に押し切られた。今後もいろいろなことに挑戦してほしい』
「……マジ、か?」
岩尾が驚きの声をあげる。他のメンバーも同感だった。
解散した後、会場ですぐ講評を読み上げるバンドが多かったのだが、このディレクターは辛口で、心を折るようなことを平然と書いていたらしい。泣き崩れる女子もいたほどだ。
だから、どんなひどいことが書いてあるのか、恐る恐る目を通した。
でもそこに書いていたのは、俺たちが想定していた最高の言葉だった。
「えっ、これほんま? うちの曲そんなによかった? うそやろ?」
名指しで褒められたに等しい照子は、きゃっきゃと喜んでいた。
その隣で、赤坂さんが変な汗をかいていた。ストレートに優勝できなかった悔しさと、この人だけには認められた嬉しさが混じって、整理できなかったのだと思う。
「……来年も、このバンドで出るか」
そんなことをつぶやいたのは、俺だった。
成功することは嬉しかった。始めはそこまで興味のなかった合唱もそうだったが、誰かに褒められると、がんばって続けようという気になる。
「来年とか言わんと、もっとこのバンドで演奏しようや」
岩尾がいつもの明るいノリで俺の肩を叩く。
赤坂さんだけが一人、黙って俺を見ている。
彼女は勘がいいから、俺が他の三人と違って本質的にエネルギッシュではないことを、この時から見抜いていた。
だからこそ、俺がそんなことを言って、驚いていたのだ。
実際、この三人の中で、唯一俺だけが社畜という道を選ぶことになる。
もとの三人に加え、リードギターの男子が一人。他校の生徒で、赤坂さんが苦労して見つけたらしい。キーボードは不在。なくても成立するから、という理由で中途半端なメンバーは入れないことにした。まだ作曲を始めたばかりだった照子にキーボードパートを書く余裕がなかった、という理由もある。
ギターの男子は岩尾という。俺たちの高校とはかなり離れたところへ通っていて、これまで絡みはなかった。赤坂さんと同じくストイックな音楽家タイプで、中学生のときに音楽室で触ったアコースティックギターにはまり、同じ趣味の男子たちとギター四重奏までやったという。エレキギターは初めてだったが、演奏レベルは俺たちの想像以上だった。違う楽器の腕を比べることはできないが、照子は完全に負けを認めていたし、もしかしたら赤坂さんより上手かったかもしれない。
男子どうしの俺と岩尾は、すぐに仲良くなった。岩尾はロックバンドに詳しく、何百枚ものCDを持っていて、よく貸してくれた。俺の音楽的知識は今でもほとんど岩尾から教わったものだ。これだけ熱心にバンドをやっていても、俺の頭の中は合唱曲のことばかりだった。
性格面でも、飄々とした岩尾は誰にでも気に入られた。感情を丸出しにしてバンドの内容に口をだすようなこともなかった。いいやつだ、とみんな素直に岩尾を受け入れた。
練習の合間に、何気なく二人でスタジオの外の自販機へ行った時、岩尾は突然こんな事を言い出した。
「俺、赤坂さん好きや。一応聞いとくけど宮本、赤坂さん狙いとちゃうよな?」
「はっ?」
いきなり好きな人のことを聞かれて、俺は驚いた。俺の周りの男子には、そんなことを話のネタにするヤツがいなかった。
「宮本って、薬王寺さんと付き合っとるんやろ?」
「いや付き合ってない。同じ部の部長と、副部長っちゅうだけじゃ」
「ほうなん? そっちの高校行っきょる子に聞いたんやけど」
岩尾に聞いたところ、照子と木暮先輩はとっくに別れていて、俺と付き合っていることになっていた。でも合唱部では、まだ木暮先輩と付き合っていることになっている。確かに、照子と木暮先輩はほとんど一緒におらず、代わりに俺がいるのだから、外から見ればそう見えるだろう。
噂話は怖いな、と俺は思った。もっとも、そんな噂の元になっている俺の行動がまずいのだが。
「照子とは付き合ってないし、赤坂さん狙っとる訳でもないぞ。岩尾は赤坂さん狙いでバンド始めたんか?」
「それもあるけど、今は普通に楽しい。高校生のバンドでは他にないレベルやけんな。赤坂さんに振られてもこのバンド続けたいわ」
素直に自分の気持ちを言う岩尾。とにかく爽やかで、話す内容もあけっぴろげで疑いようがない。岩尾はシンプルにいい奴だ。
話してみると、そこそこイケメンなのにまだ誰とも付き合ったことがないと言う。
それだけに、俺だけが見た赤坂さんと大学生バンドの事件の事は、絶対に言えなかった。
「赤坂さんまだ処女かなあ」なんて無邪気に言う岩尾を見て、俺は唇を真一文字に結んだ。
あんな関係よりも、高校生どうしの岩尾と赤坂さんが付き合っている方がずっと健全だ。俺は岩尾の気持ちを全力で応援することにした。
岩尾が赤坂さんを狙っているという話はいつの間にか照子にもバレて、三人で応援することになった。はなはるバンドコンテストの後が決戦の時。三人だけの秘密を持つと、バンドコンテストへのモチベーションも勝手に上がった。練習中、赤坂さんに「なんかみんなテンション高くない?」と言われ、冷や汗をかいた事もあった。
** *
はなはるバンドコンテストまで一ヶ月弱だったが、俺たちは照子の曲をほぼ完璧に完成させた。演奏者のレベルが高ければ、一曲をまともに仕上げることは簡単だった。
そうして本番がやってきた。
特に緊張もせず、かといって結果への期待もない俺は、いつもどおり歌った。
演奏面では、赤坂さんが少しヒートアップしていたが、照子の適切なテンポキープと岩尾の落ち着いたリードで、大崩れすることなく一曲演奏しきった。
講評と結果発表は、東京の大手レコード会社のディレクターが発表した。このディレクターが唯一、徳島県以外から来た審査員だった。他は地元のレコード店長やラジオのDJなど、ローカル感あふれるメンツだった。
当然、メジャーデビューへの道が開かれるようなコンテストではない。インディーズにもなれないようなレベルの集団だ。
だから皆、順位よりもこのディレクターの評価を気にしていた。
「えー、みなさん、若くて大変元気がよく……」
内容はよく覚えていないが、特定のバンドには触れずありきたりなことを話していた。ずっと腕時計を気にしていて、講評が終わったらさっさと会場を出ていた。飛行機の時間があったのだろう。
出演者はみんな落胆した。それから結果発表が始まった。
俺たちのバンドは、三位。十五チームほどの参加数で、ギリギリ入賞というところだ。
バンド名を呼ばれた時、俺たちは放心して声も出なかった。優勝を狙っていた訳ではない。自分たちの立ち位置がどこなのか、そもそも意識していなかったからだ。
まさか呼ばれるとは思っていなかった。
表彰式では、しきりに「高校生だけのバンド」と言われた。二位と一位のバンドは、大学生だった。
すべて終わった後、近くのマクドナルドへ引き上げ、俺たちは軽い打ち上げをした。いつも忙しそうにしている赤坂さんも、この日は付き合ってくれた。
「まさか入賞するとは思わんかったなー」
「ま、高校生のバンドの中では一番だったやろ」
のんきそうに言う照子に、岩尾が答える。どうやら岩尾は、実力だけで入賞したのではなく、若手に花を持たせるという意味で無理やり入賞させたと思っているらしい。
「まあ、こんなもんかな」
同じ意見だった俺は、岩尾に同意した。
「講評、読んでみよ」
リーダーとして登録されていた赤坂さんが、審査員の講評をテーブルに広げた。
みんなまず注目したのは、東京のレコード会社のディレクターが書いたものだった。
『あなたたちは今回、一番将来性を感じるバンドだった。基本的な演奏技法ができていて、ボーカルが歌いすぎず、かといって他のパートが暴走するでもなく、バランスはいい。何より、曲がよかった。何がいいとは言えないけどまた聞きたくなる曲だった。私はあなたたちを一位にしたかったけど、他の審査員に押し切られた。今後もいろいろなことに挑戦してほしい』
「……マジ、か?」
岩尾が驚きの声をあげる。他のメンバーも同感だった。
解散した後、会場ですぐ講評を読み上げるバンドが多かったのだが、このディレクターは辛口で、心を折るようなことを平然と書いていたらしい。泣き崩れる女子もいたほどだ。
だから、どんなひどいことが書いてあるのか、恐る恐る目を通した。
でもそこに書いていたのは、俺たちが想定していた最高の言葉だった。
「えっ、これほんま? うちの曲そんなによかった? うそやろ?」
名指しで褒められたに等しい照子は、きゃっきゃと喜んでいた。
その隣で、赤坂さんが変な汗をかいていた。ストレートに優勝できなかった悔しさと、この人だけには認められた嬉しさが混じって、整理できなかったのだと思う。
「……来年も、このバンドで出るか」
そんなことをつぶやいたのは、俺だった。
成功することは嬉しかった。始めはそこまで興味のなかった合唱もそうだったが、誰かに褒められると、がんばって続けようという気になる。
「来年とか言わんと、もっとこのバンドで演奏しようや」
岩尾がいつもの明るいノリで俺の肩を叩く。
赤坂さんだけが一人、黙って俺を見ている。
彼女は勘がいいから、俺が他の三人と違って本質的にエネルギッシュではないことを、この時から見抜いていた。
だからこそ、俺がそんなことを言って、驚いていたのだ。
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