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第二章 社畜と新しい彼女と親子仲のかたち

11.社畜と旅は道連れ

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 和枝さんが沖縄へ来れなくなったことを、俺はすぐ篠田に話した。というか、途中でソーキそばをすする速度が遅くなり、篠田に「何かあったんですか?」と気づかれてしまった。


「……理瀬のお母さん、沖縄に来れなくなったらしい」

「ええっ?」


 篠田も驚いていた。俺ほどではないが、『子供を一人で遠くに行かせてはいけない』という共通感覚はあるらしい。


「そんなに忙しいんですか、理瀬ちゃんのお母さんって」

「それもあるが……」


 せっかくの夏休み、娘との旅行をキャンセルするなんて。いくら忙しい外資系のエースでも、度が過ぎている。

 この時から、俺は和枝さんの行動を疑い始めていた。

 会えないのではなく、会いたくないのではないか、と。

 保護者になってほしい、という話をこのタイミングでしたのも理由があるはずだ。

『理瀬と和枝さんは会いたくない』と『俺が理瀬の保護者になる』という条件を重ねると、『和枝さんと理瀬はしばらく会わない』という条件が成り立ってしまう。

 和枝さんは、理瀬ともう会わないつもりなのかもしれない。

 だが、その理由はなんだ?

 ずいぶん特殊な性格の二人とはいえ、親子仲は悪くない。和枝さんの真意はもはやわからないが、理瀬のほうは和枝さんと仲良くしたいと思っている。

 理由は和枝さんの方にありそうだが――思い当たるところがない。


「理瀬ちゃん、一人でどうするんですかね~」


 篠田に言われて、俺は我に返った。和枝さんの真意は気になるが、まずは理瀬のことを考えないと。初めての旅行なんて、思わぬトラブルのオンパレードに違いない。


「まあ、あのホテルなら空港から送迎とかありそうですし、お金もいっぱい持ってますし、一人でもなんとかなりそうな気はしますけど」


 篠田はよそよそしい口ぶりで言った。

 その気持ちはわかる。同棲中ではあるが、お泊りつきのデートはこれが初めて。そのうえ今日の夜には、二人で約束した大イベントが待ち構えている。

 理瀬は、あくまでシェアハウスの同居人だ。仲が良いに越したことはないが、一緒に旅行する必要はない。今回の沖縄旅行(出張)も、日程こそ会っているもののホテルや飛行機は全く別で、一緒に行動する予定ではない。

 篠田からすれば、理瀬にせっかくの初デートに邪魔をされているようなもの。

 だが――

 理瀬を一人にしておいていいのか?

 和枝さんと会う予定がなくなり、一人で寂しがっているあの子を放っておくのか?


『沖縄のことはよくわからないので、三日間ホテルで本でも読もうと思ってます』

『私のことは気にしないで、篠田さんと一緒に楽しんでください』


 ふと通知があったスマホを見ると、既読スルーしていた俺の気持ちを察したらしく、理瀬からのメッセージが届いていた。


「理瀬ちゃんからですか?」

「ああ。私のことは気にするなって」

「でも気になるんでしょ」


 篠田もまた、俺の考えを察しているらしい。


「とりあえず、空港へ行って理瀬ちゃんと合流しましょうか?」

「……いいのか?」

「私も、普通に心配してます。あの子、お母さんと仲良しなのに急に行けなくなったって、絶対寂しがってるでしょ。普通の子なら旅行自体辞めちゃいますよ。私達でその穴を埋めるのは無理ですけど、一人でホテルに引きこもるよりはマシでしょ」


 そこまで行って、篠田はふっとため息をついた。


「宮本さん、理瀬ちゃんを迎えに行きたくてうずうずしてますもん」

「そ、そうか?」

「まあ、宮本さんが理瀬ちゃんを心配してるのはいつもの事なんで、別にいいですけど」

「すまん……せっかく、二人でゆっくりできると思ったのにな」


 俺が言うと、篠田は意外そうな顔をしていた。


「でも夜はぜったい二人ですよ!」

「わ、わかってるよ」


 篠田がデリカシーのない言葉を大声で言い、周りの客たちがどこかにやついた顔になる。その雰囲気に恥ずかしくなった俺たちは、早々にソーキそばの店を出て、那覇空港へ向かった。


* * *


「なんですかあれ! 超かっこいいですね!」


 理瀬が到着するまでの間、俺と篠田は那覇空港のデッキで飛行機を見ていた。

 那覇空港は自衛隊基地と共用で、旅客機の他にもさまざまな自衛隊機が飛来する。特にF-15戦闘機のタッチアンドゴーは迫力があった。一度滑走路にタッチすると轟音を上げながら急上昇し、あっという間に周辺を一周してまた戻ってくる。

 強い日差しも忘れて飛行機をずっと眺めていると、東京から来た大型の旅客機が着陸した。俺たちは到着ロビーへ向かう。

 夏休みでうかれたカップルや家族連れにまぎれて、一人スマホを触りながら大きなスーツケースを引っ張っている理瀬を見つけ、篠田が声をかけた。

 

「理瀬ちゃん!」

「えっ?」


 理瀬は驚いていた。俺は『空港まで迎えに行くよ』とLINEを送っていたが、そのあと既読はつかなかった。着陸態勢に入ってスマホを切っていたのだろう。


「宮本さんから聞いたよ。お母さん、来れなくなったんでしょ?」

「……はい、そうですけど」

「国際通り行って、水着買お!」

「私は別に一人でも……えっ、水着?」

「そだよ。今日はゆっくりだけど、明日は早起きしてビーチ行くの!」

「わ、私は一人でいいですから、宮本さんと行ってきてくださいよ」

「気にしないで。いつもあんないいマンションに住ませてもらってるんだし、理瀬ちゃんのことほっとけないよ。ホテルは今更変更できないけど、昼間は一緒にいようよ!」

「……」


 理瀬は黙って俺の目を覗き込む。俺は苦笑いしながらうなずいてやった。


「それとも理瀬ちゃん、宮本さんに水着見られるのが恥ずかしい?」

「……べ、別に気にしませんよ」

「じゃあ行こ! あ、その前にちょっとトイレ!」


 篠田が離れて行ったのを確認してから、俺は理瀬と小声で話す。


「お前、大丈夫なのか?」

「……ある程度、予想はしてましたから」


 大丈夫なのか? とだけ聞いて、和枝さんが来なかったことについての質問だと察している。やはり理瀬にとって今回のメインは、和枝さんとの旅行だったらしい。


「でも、本当にいいんですか。私、三日間ホテルでおとなしくしてもいいですよ。宮本さんは篠田さんを大切にしてくださいよ」

「あいつもお前のことはほっとけないってさ」

「そう、ですか……」


 理瀬はちょっと困ったような顔で返事の言葉を探していたが、結局何も言わなかった。この子は賢いから、今まで誰かに心配されたことがあまりなくて、それに対するお礼をうまく言えないのだろうか。俺はなんとなくそう考えた。

 その後はレンタカーに三人で乗り、国際通りへ向かった。沖縄で一番の繁華街である国際通りには、当然水着屋もあった。

 まさか俺が女物の水着屋に入る訳にはいかないので、沖縄名物ルートビアを飲みながら外で待っていた。飲む湿布みたいなジュースだが、なぜか癖になる。かつて千葉だけで売られていたマックスコーヒーみたいなものか。

 篠田がぎゃあぎゃあうるさいので聞こえてきた会話によると、理瀬はさすがにビキニは選ばず、パレオつきの露出度の低いものにしたようだ。俺はこれまでの生活から、引きこもりがちな理瀬が肌を出すところをあまり想像できない。今日もGパンと半袖のTシャツなのだ。

 これは明日の楽しみにしよう。俺が理瀬の水着姿を楽しみにしている、なんて知られたら篠田にぶち殺されそうなものだが。

 その後は国際通りを三人でぶらぶら歩いた。理瀬はクソTシャツがいっぱいある店にはまって、何着も買っていた。篠田といる時の理瀬は、独立心が強くて近寄りがたい普段の雰囲気と違い、普通の女の子に見えた。母親が来なかったというショックも、感じられない。

 夕食はホテルで出るというので、俺と篠田は理瀬をホテルまで送り、自分たちの宿へ向かった。
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