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牙鼠の森
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【トライデント】の三人と別れた後、レームとルナは再度ギルドマスターの部屋に呼ばれていた。
「講義はどうだったかなルナ君」
ソファーに座り少し緊張した様子のルナにセシリアが話し掛ける。
「どちらもすっごく勉強になりました! でも私試験を受けてないんですけど......?」
ルナはパタスの講義を思い出しながら気にしていた事を聞いた。
「あぁ。君は私の推薦という形を取らせてもらった。特例ではあるがこれまでになかったわけでもない。ちなみに試験を受ける為にもそれ相応の審査と費用が掛かるが、審査の保証は私が、費用の負担はレームが請け負っている」
ルナはレームの方を勢いよく振り向き心配そうな顔をする。
「おいおい。俺だって多少の蓄えはあるさ。心配するな」
とは言え大人であればまだしもルナ位の年齢であれば決して安くはない。
多少素行が悪い程度であれば審査は通るが、司法での犯罪歴は魔道具によって魂に刻まれる。魂の水晶を欺く事はほぼ不可能な上に、牙鼠の定食が一食五十ダリーで食せるこの国で三百ダリーの試験代が必要となる為高額だ。
ルナから笑顔の礼を受け取りセシリアが続ける。
「まあそれとは別に君がいた場所の調査に同行してもらいたいんだが、如何せん迷宮の中に潜るには探索者の資格が必要でな。誰でも入れるには入れるのだが、ギルドマスターが法や規則を破るわけにもいかないという訳さ」
セシリアは一度紅茶で喉を潤す。
「うん! 私も一緒に行きたい!」
ルナの了承に「有難う」と言い微笑みで返す。
「それでは行こうか。【牙鼠の森】へ」
レアールの森は街から徒歩一時間程の距離だが、セシリアが同行する為ギルド専用の竜車が用意されレームが道中の御者を務める。
道中の短時間ですっかりセシリアに馴染んだルナのお陰で車内は随分と楽しそうだ。
女性二人の笑い声と昼下がりの心地よい日光を浴び最近ではあり得なかった平和にレームの頬は緩みつつも警戒しながら先を急ぐ。
「そういえばセシリアさん見て下さい。これってなんだと思いますか?」
ルナが鞄から出したミネアから貰ったメモに記載された住所の下に書いてある文字列をセシリアに見てもらうと、セシリアはポケットから手に収まる薄い板を出した。
「あぁこれはこのコミュと呼ばれる魔道具のIDだね。ほら、このように登録した人間と魔道具を介してメッセージの交換ができるんだ。良ければ帰ったら私の前に使っていた物を君にあげよう」
ルナは目を輝かせてコミュを手に持ち「凄いです! これがあればミネアちゃんと会話が出来るんですね!」と感動した。
二人がコミュの話で盛り上がった後でルナがもう一つの質問をした。
「あの...もう一つ聞いてもいいですか?」
言いずらそうなルナの様子に「問題ないよ」と促した。
「アランドロ教官とレームの事なんですけど」
ルナの問いにセシリアは寂しげな表情を浮かべる。
「あぁ、昔レームと私は同じパーティーの仲間だったんだ、もう十年以上も前の話だ。当時銀級目前までいった私達に憧れてよく後ろをついて来ていた後輩探索者の一人がアランドロだよ。私が言えるのはここまでだ、残りはいつかレームから直接聞きたまえ」
セシリアが言葉を区切ると馬車が止まり幌の向こう側から「着いたぞ」とレームの声が聞えてくる。
二人は幌から降りるとレームは竜車を近くの木へ縄で結ぶ。
ちなみに一般的に移動には馬を使った馬車が使用されるが、探索者は過酷な環境にある迷宮に行く事もあるため、馬ではなく亜竜と呼ばれる大人しく大きな犀に似たラトプスと呼ばれる動物が引く車を使う。
幌には探索者ギルドのマークが描かれており、このマークのある竜車に良からぬ事を考える者はほぼいないと言っても良い。
準備が整い三人はレアールの森の入口へ着くと、入口には十名程の探索者がおりよく見ると血を流し苦痛に顔を歪める者、恐怖に身体を震わせる者もいた。
三人は直ぐに駆け寄ると一人がセシリアに気付く。
「ギルマス!」
皆の視線が注がれる中セシリアが前に出た。
「何事だ?」
他の探索者を介抱していた男の探索者が声を上げる。
「進化だ! ばかでけぇ牙鼠が突然現れやがったんだ。すげぇ勢いで襲って来てこの様だ」
男は太ももを抉られたのか巻いた包帯から血が染み出しており、顔に血が付着した少女は小さい悲鳴を上げ頭を抱えた。
セシリアは探索者の少女の顔に付着していた血を拭きとり「もう大丈夫だ」と言った後、
「案内板の近くにギルドの竜車を置いて来た。お前達はすぐに避難しギルドにこの事を伝えてくれ。レーム行くぞ。ルナは......「私も行きます!」......そうか、無理はするなよ。危険ならすぐに帰す」
セシリアは入口に向かい名簿を確認し、自身の記憶と今ここにる探索者の顔を照らし合わせチェックを入れると、一組だけ戻っていない事に気付く。すると隣から顔を出して名簿を見ていたルナが「そんな...」と固まった。
名簿の最後には【トライデント】の文字と三名の記載があったからだ。
「すみませんあのっ! 私と同じくらいの探索者の男の子二人と女の子一人を見ませんでしたか!?」
誰もが答えられない中、一人の少年がおそるおそる手を挙げる。
「あの...迷宮から出る時に女の子の悲鳴を聞いたかもしれません...すみません...僕は逃げるので精いっぱいで...すみません」
「君が悪いわけではない。情報に感謝する。行くぞ」
入口に向かう途中セシリアはルナの頭にポンと手をのせると
「焦るな」
と一言告げた。
---------
どうしてこうなったの?
はぁはぁと荒い息遣いが耳の側で聞こえる。
茂みの中に身を潜め息を殺す。
「チュ゛ウ チュ゛ウ」 と言う鳴き声や走る足音が聞こえる度にミネアは生きた心地がしなかった。
「うっ」
血の流れる腕を抑え呻き声を上げるリガルをミネアは心配そうに見る。
「私のせいでごめん」
「気にすんな」と苦しそうに笑うリガルだが準備した傷薬はすでに尽きていた。
ガサっと背後で音がして二人は後ろを振り向き緊張で鼓動が張り裂けそうだ。
息をするのを忘れ見守る二人、茂みを掻き分け顔を出したのはトシゾウだった。
「ここにいたでござるか。あっちにはもう鼠共はいなかったでござる」
偵察から戻ったトシゾウの顔を見て二人は警戒を解くと、三人は音を立てずに移動を始めた。
一時間と少し遡る
三人は白級の探索者の資格を得た後、高揚した気分のまま直ぐに初めてのクエストを受け迷宮に向かう。
先輩探索者から事前に聞いていた準備を手早く終え意気揚々と出発した。
入り口に辿り着いた三人は記帳を終え拳を合わせる。
「俺は英雄に」
「私は大金持ちに」
「拙者は剣豪に」
「行くぞ!」
リガルの声に三人は拳を天に突き上げた。
『下級の迷宮に現れる鼠型の魔物。単体でしか行動せず、素早い動きで突進してきてその名に相応しい鋭い二本の牙で噛みついて来る。噛まれた箇所は麻痺を起こし腫れと酷い痛みが襲う。厄介なのは放置していると迷宮内の薬草などを食べつくしてしまう クリフト書』
※ 突進してきたら横に避け後ろから止めをさせ。弱点は首筋だ!
「いいわね? 教官の注釈通りにやるわよ」
目前に広がる森林地帯を身長に進んでいく。
「牙鼠だ!」
初めての魔物が三人の前に現れ戦闘態勢に入る。
「行くぞ!」
ミネアは詠唱しつつ後ろに下がりトシゾウは横に跳ぶ。
唯一残ったリガルに狙いを定めて突進していく牙鼠をジッと観察し、ぶつかる直前に風の力も使い素早く避ける。
「一刀両断!」
無防備になった牙鼠の首筋に剣閃が走ると、ストンと首がゆっくりと落ちていき絶命した。
「魔法を使う必要もなかったわね」
リガルが、初めての魔物討伐に喜びを露にしバッと両手を上げると、メンバーの二人は思い切りハイタッチしたのだった。
「講義はどうだったかなルナ君」
ソファーに座り少し緊張した様子のルナにセシリアが話し掛ける。
「どちらもすっごく勉強になりました! でも私試験を受けてないんですけど......?」
ルナはパタスの講義を思い出しながら気にしていた事を聞いた。
「あぁ。君は私の推薦という形を取らせてもらった。特例ではあるがこれまでになかったわけでもない。ちなみに試験を受ける為にもそれ相応の審査と費用が掛かるが、審査の保証は私が、費用の負担はレームが請け負っている」
ルナはレームの方を勢いよく振り向き心配そうな顔をする。
「おいおい。俺だって多少の蓄えはあるさ。心配するな」
とは言え大人であればまだしもルナ位の年齢であれば決して安くはない。
多少素行が悪い程度であれば審査は通るが、司法での犯罪歴は魔道具によって魂に刻まれる。魂の水晶を欺く事はほぼ不可能な上に、牙鼠の定食が一食五十ダリーで食せるこの国で三百ダリーの試験代が必要となる為高額だ。
ルナから笑顔の礼を受け取りセシリアが続ける。
「まあそれとは別に君がいた場所の調査に同行してもらいたいんだが、如何せん迷宮の中に潜るには探索者の資格が必要でな。誰でも入れるには入れるのだが、ギルドマスターが法や規則を破るわけにもいかないという訳さ」
セシリアは一度紅茶で喉を潤す。
「うん! 私も一緒に行きたい!」
ルナの了承に「有難う」と言い微笑みで返す。
「それでは行こうか。【牙鼠の森】へ」
レアールの森は街から徒歩一時間程の距離だが、セシリアが同行する為ギルド専用の竜車が用意されレームが道中の御者を務める。
道中の短時間ですっかりセシリアに馴染んだルナのお陰で車内は随分と楽しそうだ。
女性二人の笑い声と昼下がりの心地よい日光を浴び最近ではあり得なかった平和にレームの頬は緩みつつも警戒しながら先を急ぐ。
「そういえばセシリアさん見て下さい。これってなんだと思いますか?」
ルナが鞄から出したミネアから貰ったメモに記載された住所の下に書いてある文字列をセシリアに見てもらうと、セシリアはポケットから手に収まる薄い板を出した。
「あぁこれはこのコミュと呼ばれる魔道具のIDだね。ほら、このように登録した人間と魔道具を介してメッセージの交換ができるんだ。良ければ帰ったら私の前に使っていた物を君にあげよう」
ルナは目を輝かせてコミュを手に持ち「凄いです! これがあればミネアちゃんと会話が出来るんですね!」と感動した。
二人がコミュの話で盛り上がった後でルナがもう一つの質問をした。
「あの...もう一つ聞いてもいいですか?」
言いずらそうなルナの様子に「問題ないよ」と促した。
「アランドロ教官とレームの事なんですけど」
ルナの問いにセシリアは寂しげな表情を浮かべる。
「あぁ、昔レームと私は同じパーティーの仲間だったんだ、もう十年以上も前の話だ。当時銀級目前までいった私達に憧れてよく後ろをついて来ていた後輩探索者の一人がアランドロだよ。私が言えるのはここまでだ、残りはいつかレームから直接聞きたまえ」
セシリアが言葉を区切ると馬車が止まり幌の向こう側から「着いたぞ」とレームの声が聞えてくる。
二人は幌から降りるとレームは竜車を近くの木へ縄で結ぶ。
ちなみに一般的に移動には馬を使った馬車が使用されるが、探索者は過酷な環境にある迷宮に行く事もあるため、馬ではなく亜竜と呼ばれる大人しく大きな犀に似たラトプスと呼ばれる動物が引く車を使う。
幌には探索者ギルドのマークが描かれており、このマークのある竜車に良からぬ事を考える者はほぼいないと言っても良い。
準備が整い三人はレアールの森の入口へ着くと、入口には十名程の探索者がおりよく見ると血を流し苦痛に顔を歪める者、恐怖に身体を震わせる者もいた。
三人は直ぐに駆け寄ると一人がセシリアに気付く。
「ギルマス!」
皆の視線が注がれる中セシリアが前に出た。
「何事だ?」
他の探索者を介抱していた男の探索者が声を上げる。
「進化だ! ばかでけぇ牙鼠が突然現れやがったんだ。すげぇ勢いで襲って来てこの様だ」
男は太ももを抉られたのか巻いた包帯から血が染み出しており、顔に血が付着した少女は小さい悲鳴を上げ頭を抱えた。
セシリアは探索者の少女の顔に付着していた血を拭きとり「もう大丈夫だ」と言った後、
「案内板の近くにギルドの竜車を置いて来た。お前達はすぐに避難しギルドにこの事を伝えてくれ。レーム行くぞ。ルナは......「私も行きます!」......そうか、無理はするなよ。危険ならすぐに帰す」
セシリアは入口に向かい名簿を確認し、自身の記憶と今ここにる探索者の顔を照らし合わせチェックを入れると、一組だけ戻っていない事に気付く。すると隣から顔を出して名簿を見ていたルナが「そんな...」と固まった。
名簿の最後には【トライデント】の文字と三名の記載があったからだ。
「すみませんあのっ! 私と同じくらいの探索者の男の子二人と女の子一人を見ませんでしたか!?」
誰もが答えられない中、一人の少年がおそるおそる手を挙げる。
「あの...迷宮から出る時に女の子の悲鳴を聞いたかもしれません...すみません...僕は逃げるので精いっぱいで...すみません」
「君が悪いわけではない。情報に感謝する。行くぞ」
入口に向かう途中セシリアはルナの頭にポンと手をのせると
「焦るな」
と一言告げた。
---------
どうしてこうなったの?
はぁはぁと荒い息遣いが耳の側で聞こえる。
茂みの中に身を潜め息を殺す。
「チュ゛ウ チュ゛ウ」 と言う鳴き声や走る足音が聞こえる度にミネアは生きた心地がしなかった。
「うっ」
血の流れる腕を抑え呻き声を上げるリガルをミネアは心配そうに見る。
「私のせいでごめん」
「気にすんな」と苦しそうに笑うリガルだが準備した傷薬はすでに尽きていた。
ガサっと背後で音がして二人は後ろを振り向き緊張で鼓動が張り裂けそうだ。
息をするのを忘れ見守る二人、茂みを掻き分け顔を出したのはトシゾウだった。
「ここにいたでござるか。あっちにはもう鼠共はいなかったでござる」
偵察から戻ったトシゾウの顔を見て二人は警戒を解くと、三人は音を立てずに移動を始めた。
一時間と少し遡る
三人は白級の探索者の資格を得た後、高揚した気分のまま直ぐに初めてのクエストを受け迷宮に向かう。
先輩探索者から事前に聞いていた準備を手早く終え意気揚々と出発した。
入り口に辿り着いた三人は記帳を終え拳を合わせる。
「俺は英雄に」
「私は大金持ちに」
「拙者は剣豪に」
「行くぞ!」
リガルの声に三人は拳を天に突き上げた。
『下級の迷宮に現れる鼠型の魔物。単体でしか行動せず、素早い動きで突進してきてその名に相応しい鋭い二本の牙で噛みついて来る。噛まれた箇所は麻痺を起こし腫れと酷い痛みが襲う。厄介なのは放置していると迷宮内の薬草などを食べつくしてしまう クリフト書』
※ 突進してきたら横に避け後ろから止めをさせ。弱点は首筋だ!
「いいわね? 教官の注釈通りにやるわよ」
目前に広がる森林地帯を身長に進んでいく。
「牙鼠だ!」
初めての魔物が三人の前に現れ戦闘態勢に入る。
「行くぞ!」
ミネアは詠唱しつつ後ろに下がりトシゾウは横に跳ぶ。
唯一残ったリガルに狙いを定めて突進していく牙鼠をジッと観察し、ぶつかる直前に風の力も使い素早く避ける。
「一刀両断!」
無防備になった牙鼠の首筋に剣閃が走ると、ストンと首がゆっくりと落ちていき絶命した。
「魔法を使う必要もなかったわね」
リガルが、初めての魔物討伐に喜びを露にしバッと両手を上げると、メンバーの二人は思い切りハイタッチしたのだった。
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