君に光を

蒼彩

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 後方から騎乗した騎士が接近してくる。

「レオン様、こちらでしたか」

 白銀の長い髪を靡かせた部下のセリスが馬から降りて駆け寄る。レオンと呼ばれた男と同じく黒のマントに身を包んだセリスが周囲を警戒しながら惨状に目を見張った。
 散らばる男たちの死体と、木々に付着したおびただしい血が暗い林の中に色を付ける。
 セリスは上官の腕に抱かれた一人の緋色の髪の女性に視線を送り目を細めた。一目で大体の状況を把握した銀髪の部下は直ぐに襲われたのであろう商人の馬車の周りで生存者を探す事を優先させる。

「閣下。馬車の中に生存者はおりませんでした」

 セリスは汗でへばり付く前髪をかきあげ、報告と共にレオンの腕の中の女性を一瞥した。

(商人ではなさそうだが)

 レオンが腕を振り刀身を濡らす血を一閃で払い草木を染める。レオンがミザリーを抱く腕を解くとミザリーが叫んだ。

「母さん! リズ! どこ? どこにいるの!?」

 震えの止まらない身体と盲目の身では足場が悪すぎよろめいてしまった。レオンの腕から離れ母と友の名を呼ぶ少女の歩みはふらふらと危なっかしく、レオンはチラッと一瞥した後面倒臭そうに溜息を吐きこめかみを抑えた。

(これは珍しい。あの閣下が女性に気を遣うとは)

 物珍しそうにその光景を眺めつつも、死体の側に倒れていた赤毛の中年女性の脈を取る。
 頭から血を流し、意識の無い女性の脈を確認しセリスは安堵の息を吐いた。

「セリス」

 名を呼ばれたセリスは「はっ」と返事をし、介抱していたライラの状態を報告する。
 セリスの側では子供の狼が目を覚まし、ゆっくりと起きあがろうとしていた。

「女。母親もペットも生きている」

 低く優しさなど微塵も感じられない男の言葉がミザリーに溶け込み。

「......良かった」

 一言だけ呟いた彼女の張り詰めていた糸が切れるのには十分な男の言葉。人形のように崩れ落ちるミザリーの四肢をいつの間にか側に駆け付けたレオンが受け止める。

 ミザリーの視界に広がる闇に、ほんのりと灯る暖かさがいつまでも残り続けた。


~~~

 「う゛ん」 

 闇の中を走るミザリー。
 これは夢だと分かっていても目前では母に刃を突き付けんとする盗賊達。現実のように自身の吐息が耳の側に聞こえ、見た事はないが想像の母親に危機が迫る。

 視界が下から押し上げられるように徐々に紅く染まっていき、自身の立っている場所さえもあやふやになる。夢の終わりに聞こえたのは男のぶっきらぼうな声だ。

 意識がはっきりとしてくると、暗闇の世界に外界の光が瞼の裏に広がり、ミザリーの瞳に灯す事のない光はされど照らされる。
 ゆっくりと上半身を起こし手で辺りを探る。
 手の触れた感触や匂い、雰囲気からどうやら自身の部屋のベットの上と解る。

「ミザリー! あぁ神様有り難う御座います」

 母の叫びが直ぐ側で響く。
 ミザリーの額に暖かな手が添えられ温もりに包まれる。その手をギュッと掴み互いに生の喜びを感じつつ涙を流した。

「ミザリー、心配をかけたわね」

 早朝の事件からミザリーが目覚めたのは昼も過ぎた頃だ。

「お母さん! あぁ...本当に良かった」

 目から涙が溢れる彼女の側にはフワフワなリズの毛が寄り添い頬を舐めてくれた。リズを抱きしめ毛の中に顔を埋めて大きく息を吸い込み幸せを噛み締める。

コホン

 扉の外から聞こえた咳払いに室内から視線が集まり、そこには大柄な黒髪の男が立っていた。

「それでは俺達は行く。世話になったな」

 レオン率いる騎士はセリスを含めて五人。
 商人の遺体を埋葬し直ぐに出立する予定だったが、せめて昼食だけでもとライラが引き留めた。
 馬の脚を休ませたいというセリスの進言もあって暫し暇を過ごし「そろそろ行くぞ」とレオンの声掛けと同時にミザリーが目を覚ました。

 その声を鮮明にミザリーは覚えていた。
 ベットから抜け出しライラが回収してくれていた杖も忘れて一目散に廊下を目掛けて走る。
 相手との距離を測りゆっくりと歩み寄ったミザリーは脚を止めると深々と頭を下げた。

「騎士様。私達の命の恩人様。本当に有り難う御座いました。このご恩は決して忘れませぬ。お願いで御座います。どうか御名だけでもお教え下さいませ」

 緋色の垂れた頭をレオンは見つめこめかみを抑える。

「名乗る程の者ではない。不運と思い忘れてしまった方が貴方の為だ」

 名を明かさず振り返り扉へ向かおうとするのを感じミザリーは焦る。

「あのっ! お待ちください!」

 咄嗟にミザリーは昼帰って部屋の中へと走る。
 机にあった出来たばかりのハンカチを握りしめてレオンの元に駆け寄った。

「これを! どうか何も返せない私の僅かばかりの感謝を」

 レオンは受け取ったハンカチに困惑し返却しようとしたが、「う゛うん」と背中越しにセリスの非難が聞えたためほぼ反射的に返そうとする手が止まった。
 長い緋色の前髪をかき分け、ミザリーの美しい顔が露わになる。レオンは一言「大事に使わせて貰う」と言い背中をむけた。

「行くぞ」

 今度こそ騎士達を率いて出て行く一行を、ミザリーとライラは深々と頭を下げ見送った。

~~~

 未だ記憶から薄れることの無い日から一月が流れた。ミザリーの生活は元の生活に戻っていたが、村ではそれこそ大事件であり一夜にして近隣の村々にも広がった。

 「くぅ~ん」と身を寄せてくるリズの頭を撫でつつも少ないながらも多少の稼ぎになる編み物の為せっせと指を動かす。
 ミザリーの脳裏に顔は見えずとも繰り返されるように響くレオンの低い美声が思い出され、その度にミザリーの頬は朱に染まった。

「はぁ」

 窓際に腰を下ろし木漏れ日が彼女の闇を白く灯す。

(彼の方はどんな顔をしているのかしら)

 盲目のミザリーは母ライラや親友であるリズの顔すら知らない。そんな人生で初めて息がかかる程の距離で聞いた男の声は恐怖でしかない盗賊の声だった。
 トラウマになりかねない体験が一瞬にして上書きしたのはレオンの温もりに他ならない。
 上の空のままに動き続けた裁縫によって作られたハンカチの量にライラは驚かれる事になるのだが...

「ふふふ、また彼の方の事を考えているのね」

 夕食の席で揶揄うようにライラに言われたミザリーは顔の火照りを感じて熱を手で仰ぐと。

「もうっお母さんったら。なんでもないです」

 ミザリーは顔が真っ赤になったのを必至に隠そうとするが、ライラは娘に芽生えた気持ちに気付いていた。というか分かりやすい程上の空になっては頬を染める事があるのだ、誰でも気付くだろう。

 あの一件以来、ミザリーもライラと共に村へ買い物や縫物の納品などについて行くようになった。それは半ば助けてくれた恩人の話が聞けないかという期待や、家の中だけではなく外に出る事にも慣れ母の負担を減らしたいという想いに駆られていたからだ。

 まだまだ慣れないが、ライラと仲の良い村の女達はミザリーに良くしてくれた。そんな彼女の耳にある噂話が聞えてくる。

 それは隣国がこの国に宣戦布告をしたという衝撃的な噂であった。
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