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本編
第36話 処分
しおりを挟む「本当に、ごめんなさい」
アリスはロザリアに深く頭を下げた。
ロザリアは慌てて、それを止めた。
「別にいいの。アリスちゃんは、何も悪くない」
ロザリアはアリスから全ての事情を聞いた。
グレンが権力を振りかざして、アリスの退学をチラつかせたり、孤児院に寄付を回さないという脅しを行ったこと。
アリスはそれを鵜呑みにしてしまい、ロザリアにあんな態度をとっていたのだ。
「でも……卑怯な脅しに屈して、ロザリアちゃんに辛い思いをさせてしまった」
ロザリアは首を振った。
「悪いのは、グレン殿下よ。そして、今まで噂を否定しようともしなかった、私」
ロザリアは自分の手を見下ろした。
あの白金の槍の感覚が、今もその手に残っているような気がした。
「私は何もかも諦めて、言われるがまま、されるがままに生きてきた」
「……」
「でも、アリスちゃんが教えてくれた。自分で生きる道を切り拓くということを」
「私は……」
そうじゃないと、生きてられなかっただけ、とアリスは目を伏せた。
「アリスちゃんはすごい」
「……そうかな」
「うん。自分の力で、生きてる。自分のやりたいこと、自分で選んでる。だから私も、アリスちゃんみたいになりたいと思った」
あの父親に頼らず、自分の道は、自分で選びたい。
「自分の手で、幸せをつかみたいって、初めて思ったよ」
アリスは照れたように笑った。
「私の汚い根性と、ロザリアちゃんの綺麗な志は違うよ」
「一緒だよ」
「そうなのかな」
「うん」
ロザリアは思う。
「私は、変わりたい。ここでなら、きっと、それができる気がする。アリスちゃんがそう教えてくれたから」
アリスは目を見開いた。
「だからあの……」
ロザリアはもじもじしながら言った。
言いたいことは、ちゃんと言わないとだめだ。
「わ、私と、お友達になって、欲しいの」
アリスは目を瞬かせて、それから大粒の涙を流した。
「そんなのもう、私はずっと友達だと思ってたよ」
本当に欲しかったものは案外近くにあったのだと、けれど手を伸ばさなければ絶対に手に入らないのだと、ロザリアはようやく気づいた。
◆
翌日。
ロザリアとアリスは、校長室へ呼び出された。
二人とも、退学を覚悟していた。
そしてもしも退学になったら、アリスの働いている喫茶店で、二人で働こうと約束しあった。
「失礼します」
校長室。
初めて入るそこは、歴代の校長の肖像画が並ぶ、重厚な趣の部屋だった。壁に並んだ本や、高級そうな家具が、ロザリアの緊張感をひどくさせた。
部屋に入ると、黒寮の寮長であるアレイズと、白寮の寮長であるメガネの優しそうな男が、並んで二人を迎え入れた。
白寮の寮長が、にっこりと微笑んだ。
「やあ、こんにちは」
白寮の寮長の名をイルマという。高学年の魔術を受け持つ講師である。ロザリアは授業を受けたことはなかったが、その柔和そうな教師とは、何度か挨拶を交わしたことがあった。
だれにでも平等に接する、いい教師だとロザリアは思っていた。
白と黒。
二つの寮の教師と生徒が揃う。
アレイズはロザリアを見た。
その眼力に、ロザリアはぎょっと身じろぎした。
(怖い……)
相変わらずのアレイズに、ロザリアは若干涙目になった。わかっていたことではあるが、やはり怖い。しかしトラブルを起こしてしまったのはロザリアなので、仕方がない。
「待たせた」
部屋に、静かな落ち着いた声が聞こえてきた。
見れば、右の壁にあったドアが開いていた。
「時間がないんだ。さっさと終わらせよう」
落ち着いている割には、少々高い声。
そこにいたのは、わずか十歳にも満たない少年だった。
さらさらとした青い髪に、同色の瞳。
吊り下げのズボンを履いて、胸にはなんと、小さくなった真白を抱いていた。
この小さな少年、実は魔術によって時を止められてしまった、齢百を越える男である……という。長年王家に仕え続け、数十年前にこの学園の学園長となった。
名をロイル・リードという。
ロイルの実際の年齢をほとんどのものは知らない。
千歳という人もいれば、本当に十歳なのでは、と噂する人もいる。
ただ確実なのは、この少年の姿をした魔導士が、この学園の学園長なのだということだけなのだった。
「真白!」
アリスは驚いたように叫んだ。
すると真白は少年の胸を離れて、アリスのもとへ駆け寄ってくる。
「よ、よかったぁ」
アリスは真白を抱きしめた。
ロザリアもほっとした。
昨日、真白は結局教師陣に保護されたのだと聞いていたからだ。
少年はスタスタと歩いて革張りのソファに座ると、四人を見た。
「アリス・エヴァレット」
「は、はい」
なんらかの処分が言い渡されると思ったのだろう。
アリスはびく、と肩を震わせた。
「見たところ、それは君の魂装武具だ」
「はい……えっ?」
アリスはぎょっとしたように顔を上げた。
ロイルは無表情でアリスを見ていた。
その顔には少し、呆れが浮かんでいる。
「真白が、え? 武器?」
「魂装武具は、魂の波動をこの世に具現化したものだ。生き物の体裁をとっていても、なんらおかしなことはない」
白寮の寮長、イルマが笑った。
「過去にも何人か、魂装武具が動物の魔導士はいました。とてもレアなケースですがね」
「うそ……」
アリスは真白を見つめて、固まっていた。
真白は嬉しそうにしっぽを振って、きゅんきゅんと鳴いている。
「真白が、私の……」
「わかったなら、早急に躾たまえ。食べ物をよこせとうるさくてかなわんかった」
「あ……」
「武具は武具だ。落ち着きがないのは、お前の魂の波動の質が悪いからだ」
アリスはロイルに向かって慌てて頭を下げた。
「す、すみませんでした」
「謝罪はいい。これからよりよく武具を扱えるような人間になれ」
「は、はいっ!」
アリスは嬉しそうに返事をした。
「さて」
少年は机の上で手を組むと、四人をじっと眺めた。
「今回の件についてだが」
ロザリアの頬に嫌な汗が流れた。
ついに退学か。
「アリス・エヴァレット、ロザリア・オルガレム」
名を呼ばれ、二人は身を硬くした。
「お前たちの処分は──」
一呼吸おいたのち、少年校長はいった。
「特になし、だ」
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