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第9話 筋肉

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 あれだけ濡れたのに、ジョットは風邪ひとつひかなかった。
 いつも通り、ヘラヘラと私にひっついて、今日もずっとしゃべり続けている。
 ジョットの話に耳を傾けていると、彼はどうやら、傭兵のような仕事をしつつ旅をしているようだった。

 出身は北。北といえば、二十数年前は悪魔たちに支配されかけていた場所だ。今は平和を取り戻したと聞いている。私が救いたくてたまらなかった場所。
 ふと、噂で聞いたことを思い出した。

「……悪魔たちから人間を救ったのは、同じ悪魔だと聞きました」

 そう呟くと、ジョットは皮肉げに笑った。

「……ああ。そうだ。俺らの土地はあいつらに支配され、無残に人が殺され、地獄のような場所だった。だのにそこで一人の悪魔が、悪魔を殺した。殺し尽くした」

「なぜ悪魔が悪魔を?」

「……さァな」

 ジョットは俯いていう。

「俺はあのとき、どれほどお前が欲しいと思っただろう。穢れを祓う、光の聖剣が」

「……」

「まァでも、お前はそんとき、別のやつのもんだったもんな。聖騎士エルラディン、だっけか?」

「……お前はつくづくキモい男ですね」

 知れば知るほどきもいやつだ。
 なんでこんなストーカーじみたやつと出会ってしまったのだろう。
 少しゾッとした。

「ばか、誰だって聞いた事あるよ。剣士なら憧れるもんだろ、聖剣にさ」

 ふと思った。

「じゃあ他の聖剣たちの行方は知っていますか?」

「知るわけねェだろ。俺はお前一筋だ」

「本当に気色悪い男ですね……」

 腕をさすって、つつつ、とジョットから離れた。
 鳥肌がたっている。

「本当ひどい女だなぁ。おじさん傷つくわ」

「お前が気持ち悪いのがいけないのです」

 お前の目は無機物を見るような目じゃないわ……。
 心底そう思う。

「お前はしらねェと思うけど、俺だって結構腕はたつんだぜ」

「へえ、そうなんですか」

 そういえば、彼の腰にはいつも二本の剣がある。かなり使い込まれている剣と、新しい剣。どちらも大切にされているようだ。
 少し、羨ましくなった。
 私だって、大切に使ってもらいたい。

「なぁに? 嫉妬しちゃってんの?」

 チラチラと剣を見ていると、ジョットがいやらしく笑った。

「妬くなよ。お前ぇも俺のもんにしてやるから。そりゃあ、大切に大切に、可愛がってやるよ」

「……お前のそういうところが私は気持ち悪いと言っているのですよ」

 思いっきりいやな顔をしてみせると、彼はため息を吐いた。

「俺が戦ってるところ見たら、惚れねェ剣(ヤツ)なんていないと思うけどな。ぜってぇ使って欲しいって思うぜ」

「……ふうん?」

 そんな使い手、私は今まで見たことがない。
 聖剣を舐めすぎな気がする。

「じゃあ、やって見せてください」

 そう言うと、彼はキョトンとした顔になった。

「型を全部やって見せなさい。特別に私が見てあげます」

「え、まじで?」

「マジです」

「かっこよかったら、俺の剣になってくれるか?」

「……考えてみてもいいかもしれませんね」

 私を強く惹きつけた人間は、お父様だけだ。
 偉そうなこと言って、軟弱な剣技なんか見せたら、笑ってやる。
 そう思っていると、ジョットはグリグリと台座にタバコを押し付けた。
 こ、こら、やめろと言っているのに!

「じゃあ、俺型の練習嫌いだけど、特別に見せちゃうわ」

「……私は、基本のなっていない変則型が一番嫌いだと初めに言っておきましょう」

「おー了解了解。じゃあ丁寧にやっから」

 ジョットは使い古した剣を鞘から抜きはなった。キラリと刃が光る。相当丁寧に扱われているのだろう。
 ジョットがその刃をつ、と愛おしそうに撫でた。
 なぜかその瞬間、私の体がビクッと震えた。
 目をつぶって、剣を持つ腕を地に水平に、まっすぐ伸ばした。
 重心を確認しているのだろう、

「じゃ、行くか」

 基本の型から。
 その瞬間、その場の空気が変わった。
 ただ振り下ろす、薙ぎはらう、突くだけの基本的な動作から始まる。
 けれどそれを見た瞬間、ぶわりと私の胸が興奮で波立った。

 剣が、腕の一部になっている。

 私はお父様の言葉を思い出した。
 
 ──剣というのは、所詮は物だ。
 ──しかし剣は、人間の命を預かるもの。
 ──だから、人間の一部でもある。
 ──剣を扱うのは、拳を扱うのと似ている。
 ──どんな武器でも、武器は腕の延長だ。
 ──だから、良い使い手は剣をまるで己が身のごとく使いこなすだろう。

 こいつ、なんて洗練された動きをするのだろう。
 興奮で汗が流れ落ちた。
 一つ一つの動作が力強く、それでいて繊細で美しい。
 お前のそのスピードは、一体どこで生まれている?
 お前、本当に人間か?
 ジョットから目が離せない。
 あの剣が、羨ましい……。

 しばらくずっと、ジョットはありとあらゆる型を私に披露した。私は言葉も発さずにそれを見ていた。
 一生飽きずに見ていられる。本気でそう思った。
 けれどある程度やりつくしてしまうと、ジョットは止まってしまった。
 私はもっと、この男の太刀筋が見たくてたまらなくなった。
 ジョットの首筋から流れ落ちる汗。
 汗を拭う腕の筋肉。
 目をはなすことができない……。
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