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第5話 攻防戦

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 今日は朝からずっと剣の中にいる。
 あの男が来ても、しゃべらなくてすむようにだ。
 やはり剣の中が一番落ち着くと改めて思った。この身が朽ち果てるまで、ずっとここで眠るのも悪くないかもしれない。

 ……などと思っていると、ちょうどあの男がきた。
 ふふふ、バカめ。
 もう森の精霊はお前の前には現れない。

「あれ、今日は精霊さん、いねぇの?」

 ばーかばーか。すけべ。たれ目!
 だから言っただろう。
 私はもう、お前の前になんかあらわれな……

「じゃあいいや、今日は俺、暇だしここで勝手に話すな」

 そう言ってジョットは台座の前にどっかと腰を下ろした。
 よく見るとずいぶんいい体つきをしている。
 細く見えたが、どうやら着痩せするタイプのようだ。
 彼はどのようにして戦うのだろうか。
 本当に剣士なのだろうか。
 ……じゃなくて。
 
 なぜ私の前に座る!?

 私はぎょっとして、刃をふるえないようにするので精一杯だった。
 しかもやたらとねちっこい視線を感じる。
 やめろ、そんな目で私を見るな!
 ゾゾゾ、と刃に鳥肌が立ちそうになった。

「んでさ、この森の出口まできたときに、そのクソババアに騙されたわけ」

 ジョットはずっと喋っている。
 こいつ、頭がおかしいんじゃないか。
 無機物に向かって、どうしてこんなにベラベラと喋れるんだ?
「それにしてもお前、本当に綺麗だなぁ」

 !
 声をあげそうになった。何にたいしてそう言ってる……?
 頭が混乱する。

「こんなに美しくて、気品のある剣、見たことねぇよ」

 ……。
 ふん、まあグランドストーム様が創った剣なのだ。
 当たり前だ。世界に七つしか類のない剣なんだから。

「綺麗だ」

 ……な、何よ。わかってるじゃない。

「絶対俺の手に馴染むだろう」

 ……。

「お前が欲しいよ」

 …………。
 ………………な、なんなのこいつ。
 怖い。
 なんだか、まるで人間に話しかけているみたい。
 人間の、女を口説くとき、みたいな。
 
 いや、まてよ。何か、変じゃないか……?
 
 この男の目、明らかに私を見ている。
 そう思った瞬間、背筋がゾッとした。
 ジョットはニンマリと笑って、言う。

「なあ、触ってもいいか?」

 気づいたら、本体から飛び出していた。
 そのままの勢いで、ジョットを押し倒す。

「……っ! お前、なぜ分かったのですか!」

 聖剣の意思に押し倒されているというのに、彼はヘラヘラ笑ったままだ。

「あ、でてきた。やっぱりそっちも可愛いねェ」

「っ答えなさい!」

 平手うちを炸裂させようとすると、ようやく彼は真面目な顔になる。そしてあの素早い動きで、私の手を掴んだ。何が起こってるかわからないままに、今度は私が押し倒されてしまう。腕を押さえつけられ、動くことができない。
 それ以前に、この態度の変わりように体がついていけないようだ。

「わからないわけねェだろ」

「な、なぜ!」

「見ればわかる。俺は剣士だ。もう二十数年、剣を握っている」

 異常に力が強い。
 なんだこいつ、人間じゃないのか?

「一瞬で分かった。台座にぶっささった剣の近くに、精霊だと名乗る女が一人。わからん方がおかしい。お前、七つの聖剣のうちの、一振りだろ?」

「……」

 バレるのが怖くなって、顔をそらす。
 いつの間にか、本当に立場が逆になっている。
 体の震えを抑え込むので精一杯だった。
 ジョットは笑いもせずに、低い声でいう。

「当ててやろうか。お前は光の聖剣だろう?」

「!」

 ようやくほんの僅かに、微笑みが浮かぶ。

「正義感の強そうな顔をしている。間違いない」

「わ、私は……」

 こんな状況なのに、心のどこか、深い場所で、ジョットの言葉に喜んだ私がいた。私が光の聖剣だと、正義を司る聖剣だとこの人は分かっているのだ。

「幼い頃に、何度も何度も話に聞いた。お前が欲しくてたまらなかった。それがよもや、こんなところで会えるとはなァ」

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、我に返った。
 力が戻ってくる。暴れ出した私を、ジョットはあっさりと解放した。
 台座にかけのぼり、本体の中に飛び込む。
 その頃には、いつもどおりヘラヘラと笑う彼の姿があった。
 一体なんなんだこいつは。

「……そうです。私は光の聖剣、ティアです。だがそれがどうしました? 私はもう誰の剣にもならない。お前の剣にもです」

 そう声を響かせると、ジョットは訝しげな顔になった。

「なぜ? お前は、聖剣なんだろう。人に使われたくないのか?」

 私は、確かに聖剣だ。
 その上私たちは物だから、物としての原始の欲求がある。
 私を使って欲しい。私を大切にして欲しい。あなたの役に立ちたい。
 だけどもう、私は誰にも使われたくない。
 とくにこの男のようなちゃらんぽらんには。

「そうです。私は聖剣ですが、お前なんかに使われたくありません」

 そう言ってやると、彼は目を丸くした。
 お前じゃなくても、誰にだってこの剣は使わせない。
 決して、もう二度と。
 剣の中でじっとしていると、ジョットはなぜか、笑い出した。

「はあー、こりゃあ強情な女だ!」

「……」

 ひとしきり笑うと、ジョットは悪魔のような微笑みを浮かべた。
 これがこいつの本性だ……。

「だが、そっちの方が楽しいだろうなァ」

 くつくつと笑ったのち、ジョットはいきなり、膝をつく。

「もう戦うのはよそうと思っていた。悪魔なんてよばれるのはごめんだと思っていた。だがお前をみて気が変わった」

 伏せていた顔をあげる。
 その瞳には、初めてあったときの、強い意思の炎がちらついていた。

「お前は俺が今まで見てきたもんの中で一番美しい。この世の中で一番、美しい」

「……」

「俺はお前を心から欲しいと思う」

 ──だから俺の剣(もの)になれよ、ティア。

 体がふるえた。
 こんなにまっすぐな意思を向けられたのは、いつぶりだろう。
 ほんのわずかに、その手の中におさまりたいという気持ちがわく。
 この男の振るう太刀筋を見てみたい。
 お前は一体どのように私を使う?
 だが、そこまで考えて、私は心の中で首を振った。

「私は、誰の剣にもなりません。この身が朽ち果てるまで」

 そういうと、ジョットがニィ、と笑った。

「いいぜ。ぜってェ俺の剣(もん)にしてやるからよ」
 そういうと、彼は私の握り手にそっと口付けた。
 その日から、私とこの男の攻防戦がはじまったのだった。
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