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第3章 夏だ!海だ!バカンスだ!
さようなら
しおりを挟む「はあ、これとこれと、あとこれも……」
リリィが買い物かごにぽいぽいと選んだ商品を入れていく。
ショコラはそれを遠目から眺めていた。
楽しかったけれど、いろいろあった旅行も、一週間が経ち、一行は館への帰路へつくことになった。
今から電車に乗って帰るのだが、その前に、とリリィが駅のお土産屋さんでお土産を購入しているのだ。
この旅行期間中にたくさんお土産を買ったのに、まだ買うつもりらしい。
くまの入れ物に入った蜂蜜に、パンケーキの粉、コーヒー豆、バスソルト。それから明るい花柄のワンピースに、アーモンドの練りこまれたクッキー、プレミアムなチョコ。
指で数えきれないほどのものを旅行中に購入したけれど、結局ショコラは、自分のものは一つとして買わなかった。
魔王の弟ロロと秘書のコレットには、海で拾った貝殻とメモ帳、そして絵葉書を買って送った。
自分のものはかわなかったけれど、人に何かプレゼントするのは楽しい。
そう思うショコラなのだった。
「あー、リリィのやつ、いつまで買い物してるんだよ」
だるそうな顔をして、ヤマトがパタパタとうちわで風を送っていた。
リリィが買い物している間、ショコラたちは駅の太い柱の下で集合して、それぞれジュースを飲んだり、海の方を眺めたりと休憩していた。
ラグナルはもちろん、移動魔法で先に大量のお土産とともに帰宅している。
「ほっほっほ、名残惜しいんでしょうなぁ」
シュロが鷹揚に笑う。
ミルとメルは飛び回って、お互いのイルカをぶつけあって遊んでいた。
いつかにも平穏な光景だ。
そんな中、ショコラは少し緊張したように、もじもじとルーチェのそばに寄っていた。
「あ、あの、ルーチェさん」
「……なに?」
サングラスを頭にひっかけて、レインボーな色合いのアイスクリームをなめていたルーチェは、不機嫌そうにショコラを見た。
「ちょっといいですか」
「……」
なにも答えないルーチェだったが、クイと顎で外を指し示して見せた。
一応話は聞いてくれるらしい。
ショコラとルーチェは駅の外に出て、日差しを遮ってくれる大きな木の下で立ち止まった。遠くに海が見えて、ショコラは少し落ち着いた。
「あ、あの」
「……なによ、さっさと話しなさいよ。暑いんだから」
ルーチェはぷいとそっぽを向いたまま、そういった。
「この間、はなしたこと、なんですけど……」
「……」
「わたし、少し考えてみました」
ルーチェがなにも言わないので、ショコラは話を続ける。
「ご、ご主人様を、す、好きなのかってことなんですけど……」
そう言うと、ルーチェはちらりとショコラを見た。
「か、考えたんですけど……やっぱりよく分かりませんでした」
「……なによそれ」
ルーチェはイラッとしたようにショコラをみる。
「ご主人様を尊敬しているのか、本能的に好きなのか、その……こ、恋をしているのか、とか……違いがあまりよくわからなくて……」
ショコラはそういって、答えを濁した。
「……ふぅん? そうなんだ」
ルーチェは眉をあげて、ショコラをみる。
「まあ、その気持ちはわからんでもないけど。でも、答えは明白なんじゃないの?」
「……」
「あんた見てるとイライラする。びくびくおろおろしちゃってさ。ただの臆病モノじゃないのよ」
ショコラはう、と眉を寄せた。
その通りだと思ったからだ。
自分の気持ちにも向き合えない、臆病者。
「でもま、いいや。そんなのはじめからそうだったし。ライバルは少ない方がいいもの」
ルーチェはそういってぺろりとアイスをなめた。
「そもそもあんたバカだし、弱虫だし、あたしのライバルになんかなりえないわよね」
「……」
ショコラは耳をしおれさせた。
散々な言われようだ。
ルーチェはショコラから興味を失ったのか、早々にその場を立ち去ろうとした。
けれど数歩歩いたところで立ち止まり、前を見たままつぶやくように言う。
「……ただ、これだけは言っておくわよ」
ルーチェの声は、しっかりとしていた。
自分の意思に満ち溢れていた。
「別に相手の身分とか、事情とか、そんなものはどうだっていいのよ」
「……」
「ややこしい事情があったってさ、あんたがその人のことをどう思うかなんて、自由でいいじゃない。人の気持ちにいいも悪いもないのよ、きっと」
ショコラの心に、ゆっくりとその言葉の意味が染み込んでいく。
「あたしはそーいう自由なのが好き。あるものをあるがままに受け入れることが好き」
「!」
ルーチェはそう言うと、ひらひらと手を振って、歩いていった。
ショコラは初めてわかった気がした。
なんであんなに意地悪で、口が悪くて、おっかないルーチェを、自分が嫌いにならないのか。
それは、ルーチェにも、ショコラと似たような一面があるからだ。
あるものをあるがままに受け入れる。
自然に、素直に。
ただそこにあるものをあるものとして。
それはいつものショコラにはできる。
けれど今回はなかなか、受け入れられずにいる。
今までとは、いろんなことが違うからだろう。
でも。
ルーチェがああ言ってくれるなら。
ショコラはほんの少しだけ、勇気がもてるような気がした。
「ま、待ってください!」
ショコラは遠くなっていくルーチェの背を、慌てて追いかけたのだった。
◆
「うわぁー! 急いで急いで!」
「急いでって、お前がいつまでも買い物してるからだろ!」
発車間近の列車に、一行は飛び乗った。
ギリギリセーフで、みんなが乗ったあと、列車は動きだす。
「はふぅ、よかったよかった」
席に着くと、リリィが額の汗をぬぐった。
ショコラも列車に置いていかれるんじゃないかと思って、ドキドキしてしてしまった。そういうものも、列車で移動する旅の醍醐味みたいなものだろう。
ミルとメルはさっそくお菓子を散らかし初めて、リリィに怒られていた。
ヤマトとシュロとルーチェは疲れているのか、早々に寝る準備をしている。
ショコラは動き出した列車の中で、大きな窓に手をついて、外をながめた。
青い空に、キラキラと輝く海。
ショコラは楽しかったことを思い返して、少ししんみりしてしまった。
泳いだことやイルカを見たこと、夕方のビーチ、おいしいごはん。
人たちとの出会い。
ラグナルのこと。
そして自分の気持ち。
夏の海がショコラにもたらしたものは、あまりにも大きい。
海が天気によって様々な色に変化するように、ショコラの気持ちもまた、新たな色に移ろいゆく。
「さようなら」
青い海が遠ざかっていく。
けれど夏はまだまだ続くのだろう。
ショコラはじっと、遠くなっていく海を見つめていたのだった。
第3章 おしまい
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