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第3章 夏だ!海だ!バカンスだ!

月とウミガメ

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 ザアア、ザアアと波の音が聞こえて来る。
 ショコラはベッドの中で波の音を聞きながら、目をつぶっていた。
 けれど眠気は一向にやってこない。
 それはきっと、ルーチェの言葉のせいだろう。

 ──あんた、ラグのことが好きなの?

「……」

 何度もルーチェの言葉が頭の中でリフレインする。
 ショコラはベッドの中でもう一度、ルーチェとのやりとりを思い出した。

 ◆

「あんた、ラグのことが好きなの?」

 夜の海で。
 淡い青色の光を放つ波打ち際で、ルーチェははっきりとした口調で、ショコラにそう聞いた。

「……すき?」

 どくり、と胸が騒がしくなった。
 ルーチェの言っている意味が、よく分からない。
 ……いや、本当はわかりたくないのかもしれない。

「す、好きって、わたしは、ご主人様が、すきですけど……」

 おろおろとしながら、ショコラはそう言う。

「リリィさんも、ヤマトさんも、ルーチェさんも、わたしは好きで……」

「違う」

 ルーチェはぴしゃりと言った。

「あたしが言ってるのは、恋のことよ」

「……こ、い?」

「逃げないでよ」

 ルーチェは真面目な顔で言った。

「あんた、ラグのことが好きなんでしょう。ラグに恋してるんでしょう?」

「……っ」

 ショコラはなぜか、ルーチェに胸を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
 今まで引っかかっていたことの答えを、突きつけられたような気がしたのだ。

「絶対そう。違う?」

「わ、わたし……」

 変な汗が頬を伝った。
 この胸の緊張感はなんだろうか。

「こ、恋とか、よくわからなくて……ただ、ご主人様のことは、好きですけど……」

 途切れ途切れにようやくそう伝えれば、ルーチェは赤い瞳でショコラを見つめた。

「……ラグのことを見たら、ドキドキする? ほっぺたが赤くなる? ずっと一緒にいたいって思う? あたしとラグが一緒にいたら、ムカつく?」

「……っ」

 畳み掛けるようにルーチェにそう言われて、ショコラは息を飲んだ。
 まるで今までのショコラの心の中を、すべて見透かされたようだと思ってしまった。

「どうなのよ」

 ルーチェにそう聞かれて、ショコラは答えを詰まらせた。

 ──いやだ。
 どうかこのままにしておいて。
 ほおっておいて。

 心のどこかで、もう一人の自分がそう叫んでいた。

 気づきたくない。
 分からない。
 だって、だって……。

 何も言わなくなったショコラに、ルーチェはため息を吐いた。

「あんたなんて大っ嫌い」

「……」

 でも、とルーチェは言葉を続ける。

「自分の気持ちに気づかないフリしてぬるい関係続けようってあんたの方が、もっと嫌い」

 ルーチェはぷいっとそっぽを向いた。
 ショコラはなんだか居たたまれなくなって、じっとその場でうずくまっていたのだった。

 ◆

「……」

 眠れない。
 ショコラはため息を吐いて、起き上がった。
 何度も何度も、ルーチェの言葉がリフレインするのだ。

「……すきってなに?」

 ショコラはつぶやく。
 分からない。
 ショコラの好きが、ルーチェの言う好きと一緒なのか。
 でも、でも……。
 ルーチェの言葉は、すべて当てはまるような気がした。

「……」

 ショコラはぎゅ、と胸元を握った。
 それから立ち上がって、静かにバルコニーに足を運んだ。

 窓を開けて外に出ると、夜風が吹いてショコラの気分をすうっと落ち着かせた。
 昼間は暑いが、夜になるとぐっと気温が下がる。

 月と星は明るく輝き、海は青白い光に包まれていた。
 それをぼんやりと眺めながら、ショコラはしばらく夜風にあたって、ルーチェに言われたことを考えていた。

 けれどしばらくして、ショコラふと、砂浜に誰か人がいることに気づいた。

「あれ……?」

 ショコラは目をゴシゴシとこすった。
 砂浜に立っている、背の高い男。
 男は月を見上げていた。
 ショコラはその美しい横顔にひどく見覚えがあった。

 だってそれは、昨日会ったあの男だったからだ。

「!」

 ショコラはそう気付くと、慌てて部屋を飛び出した。
 一階へそうっと降りて、砂浜へ向かう。
 それから男の元へ走った。

 けれど。

「どうしたの?」

 こちらを振り返ってショコラを見たのは、背の高い男でもなんでもない、ラグナルだった。

「ご主人様……?」

 ショコラは目をこすった。

(さっき、確かにあの人がいたと思ったのに……)

「あの、ご主人様、さっきここに、別の人がいませんでしたか?」

 そう問うと、ラグナルは首をかしげた。

「……さあ。ここにいるのは、僕一人だったけど」

「そ、そうですか……」

(寝ぼけてたのかな……)

 ショコラはぽっと頬を赤くした。
 なんだかんだ眠れないと思っていたけれど、実は半分眠っていたのかもしれない。
 きっと寝ぼけていたのだ。
 そう思って、ショコラはため息を吐いた。

「君も眠れないの?」

「……はい」

 ルーチェの言葉にモヤモヤしてしまって、なんだかラグナルともうまく話せないような気がした。
 目を見て話さないショコラに、ラグナルは首をかしげる。

 それからショコラの手を取った。

「っ」

 ショコラはびく、とふるえた。

「一緒に歩く?」

「……」

 少し迷ったが、ショコラはこくんと頷いた。

「夜は危ないから、こうさせてね」

「は、はい」

 握っている手がだんだん熱くなってくる。
 それに対して、ラグナルの手はひんやりとしていた。

 ショコラとラグナルは、やわらかな砂を踏みしめて、しばらく黙って一緒に歩いた。

 ──あんた、ラグのことが好きなの?

 ルーチェの声が蘇る。

 ──ラグに恋してるんでしょう

 それを思い出して、カッと頬を赤くした時。

「あ」

 ラグナルが歩みを止めた。
 思わずショコラも足を止め、ラグナルの視線を追う。

「ウミガメだ……」

 ショコラは驚いて、息をのんだ。
 ショコラたちから数メートル離れたところに、立派な甲羅のウミガメがいたからだ。
 ウミガメは海で泳いでいるはずなのに、どうしてこんなところにいるんだろう、とショコラは不思議に思った。

「産卵するんだよ」

 ショコラの疑問を感じ取ったのか、ラグナルがそう呟くように言った。
 よく見れば、ウミガメは砂を掘っていた。
 ショコラはどのようにウミガメが産卵するのかをよく知らなかったが、どうやら穴を掘って、その中に卵を産み落とすのではないかとなんとなく予想できた。

 二人は息を詰めて、その様子を一緒に眺めていた。

 ウミガメがぽろぽろと涙をこぼすたびに、ショコラは息をのんで手を握る。

「頑張って……」

 ショコラは固唾を飲んで、ウミガメの出産を見守った。

 ◆

 それからどれくらいの時間が経ったか。
 それほど時間は経っていないはずだ。
 けれど防波堤に腰をかけていた二人には、ウミガメが産卵している間は、とても長い時間に感じていた。

 ウミガメが穴に砂をかける。
 ポロポロと涙を流して、海へ帰って行った。

「ああやって、赤ちゃんを産むんですね……」

 ショコラはぽつりと呟いた。

「とても大変そうでした……」

「ああ。実際、ウミガメだけじゃない、すべての母親は、本当に苦しんで子どもを産むんだ」

 それこそ、とラグナルは呟いた。

「命をかけて、ね」

 ショコラはラグナルを見上げる。
 ラグナルは海の方を見て、ぼうっとしていた。

「ショコラのお母さんも、そうだったのでしょうか」

「うん。きっとそうだと思うよ。僕の母さんもそうだった」

 ラグナルが自分の親のことをショコラに話すのは初めてだった。
 ショコラは耳をひょこ、と動かして、ラグナルを見る。

「僕の母さんはもともと体が弱くてね。ロロを生んですぐに、なくなってしまったんだ」

 ショコラは驚いて、目を見開いた。

「父さんも後を追って、亡くなったよ」

「えっ……?」

 一体それは、どういうこと……?
 ショコラはラグナルを見た。

「ねえ」

 ラグナルは独り言のようにつぶやく。




「魔王の恋って、知ってる?」

 

 
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