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第3章 赤髪のルーチェ、襲来
怪しい宅配便
しおりを挟むびゅうう、と冷えた風が吹いた。
呼吸をすれば、白い息が出る。
外は冷たい水の中のように寒かった。
けれど館の前を掃除するショコラはぬくぬくだ。
マフラーに上着を羽織り、ミトンをはめているからだ。
分厚い靴下のおかげで、足先だって冷えない。
ショコラは鼻歌を歌いながら、気持ちのいい朝の掃除をしていた。
そんなショコラの前に、赤い帽子をかぶった、配達屋が現れた。
「おはようございます。郵便でーす」
「あ、おはようございます」
いつもはそばかすの浮いた男の子が郵便などを届けてくれるのだが、今日は見慣れない女のようだった。
「寒い中ご苦労様です」
ショコラがそういうと、帽子を目深にかぶった女はニコ、と笑い、ショコラに一通の手紙を差し出した。
「ショコラさんに、お手紙です」
「えっ!? ショコラに!?」
ショコラはびっくりして、箒を取り落としそうになった。
「い、いったい誰から……?」
受け取って、手紙をひっくり返してみる。
しかし差出人の名前はなかった。
「……?」
ショコラが首を傾げている間に、配達屋の女はいつの間にか去っていった。
ショコラは不思議に思ったけれど、気になったのでその場でピリピリと手紙を開けてみる。ラグナルに当てられた書類の場合はペーパーナイフでちゃんと開けるのだが、自分宛なんてめずらしくって、ショコラは我慢ができなかった。
「!」
ショコラは目を見開いた。
そこには様々な媒体から切り抜かれた文字を貼って作られた、一枚の手紙があった。
ラグナルの館にいるお前に告げる。
即刻ラグナルから離れよ。
さもなければ、さらなる不幸が館に訪れるだろう。
料理人の怪我も私の采配である。
これ以上の犠牲者を増やしたくなければ、館を立ち去れ。
ラグナルの伴侶に相応しいのは、他の女であることは明白だ。
私たちの『魔王』を返せ。
それは、明らかな脅迫文であった。
一昔前の、刑事もののドラマに出てくるような。
手紙も筆跡を悟らせないための、典型的な手法で作られたものだ。
ところが。
「す、すごいです!」
ショコラはしっぽを振って大喜びしていた。
「いろんなところから切り張りしてつくったんですねぇ!」
ショコラはまだ、難しい文章が読めなかった。
そしてそもそも、『典型的な脅迫文』など、知らなかったのだ。
「凝ってます。ショコラもこういうことができるようになりたいです!」
それにしても、とショコラは首をかしげる。
「これ、誰からなんでしょうか? なんて書いてあるかも分からないし……」
そうだ、とショコラは手を打った。
「帰ってリリィさんに読んでもらいましょう!」
ショコラはしっぽをバタバタと嬉しそうに振って、喜び勇んで館にかけて行った。
◆
「な、なんなの、あいつ!? なんであんなによろこんでんの!?」
物陰に隠れて、配達屋の帽子をかぶった女は、ショコラが手紙を読む様子を眺めていた。
しかしショコラがしっぽを振り回している様子を見て、驚愕してしまう。
「そ、そりゃあ夜なべして作った手紙褒めてくれるのは嬉しいけど……じゃななくて!」
ニコニコと笑っているショコラを見て、地団駄を踏む。
「もっとびびりないさいよぉ!」
ギリギリとはを噛んでいると、ショコラが首をかしげたのち、館に駆けていくのが見えた。
「……まあいいわ。まだまだ、こんなものじゃないんだから!」
もう一度赤い帽子を被りなおすと、少女はその場から立ち去った。
◆
ショコラが上機嫌で館に戻ってダイニングルームに入ると、リリィが慌てた様子でキッチンの方から出てきた。
「? どうしたんですか?」
「ああ、ちょうどいいところに!」
リリィは何を慌てているのか、ショコラに事情を説明した。
「今日までの書類の返送があったらしくて、今からラグナル様を起こして確認してもらわないといけなくなったんです」
「ええっ、そうなんですか? でもご主人様、こんな時間に起きれますかね……」
「そうなんですよぉ。ショコラさん、一緒に起こしてくれませんか? すごく大切な書類らしくって」
「はい! 急ぎましょう!」
ショコラも慌ててリリィについて、ダイニングルームを飛び出した。
脅迫状は慌てていたのか、テーブルの上に置いたまま。
シュロがそれを発見して、ラグナルに報告するのはその夜のことである。
◆
次の日。
ショコラが朝から掃除していると、またあの女の配達屋がやってきた。
「あ、ご苦労様です!」
目深に帽子をかぶった女は、ラッピングされた箱のようなものを持っていた。
「おはようございます。ショコラさん宛です」
「え、またショコラですか?」
ショコラは眉を寄せてしまった。
「昨日の手紙、シュロさんが中身はご主人様宛だったって言ってて……結局ショコラのじゃなかったんですよね」
「!」
女はなぜか身じろぎした。
「でもこれはショコラって、書いてありますよね?」
ショコラは確かめるように、女に聞いた。
「え、ええ、はい。ショコラ、と書いてあります」
「中身、いったいなんなのでしょう?」
「ここで開けてみては?」
配達屋にそう言われ、ショコラは迷ったが開けてみることにした。
二人で一緒に箱の中を覗き込む。
「う、わ……」
ショコラは中を覗き込んで、目を丸くした。
中にはマフィンのようなものが四つ、入っていた。
マフィンのようなもの、というのは、それがなんというか……マフィンの形をした焦げた何かに見えたからだ。
「こ、これはチョコレートマフィンか何かでしょうか?」
ショコラは首を傾げながらそう言った。
「普通のマフィンですけど」
なぜか女は強めにそう強調していう。
「誰がこんなもの……でも、食べ物は嬉しいです!」
ショコラはなんの疑いも持たずに、しっぽをふった。
女はにやりと笑って、ショコラにマフィンを進める。
「おいしそうですね~! 食べてみてはいかがです?」
「そうですね……ちょっとかじって見ようかな?」
ショコラは中から一つを取り出すと、パクッと食べてみた。
「ッ」
目を見開く。
女はほくそ笑んだ。
けれどショコラはもぐもぐと咀嚼し続けて、しっぽを振った。
「おいしいです!」
「!」
「ちょっと変わった味……すごい苦味があるような気もしますが、全然食べれます」
「……」
そう言って、ショコラはまるまる一つ食べてしまった。
「っ、な、なんで」
「え? なんですか?」
「そんな、食べて、元気……」
「?」
ショコラは首を傾げていった。
「ショコラは昔、雑草とか腐ったパンとか、いっぱい食べていたので、これくらいの焦げ? なんて、全然へっちゃらです。お腹もすっごく強いのが自慢なんです」
「っ」
ショコラはきょとんとしたあと、ぱあっと笑った。
「あ、よかったら配達屋さんも食べますか?」
「ひっ」
配達屋は一歩、二歩と後ろに下がると、そのまま逃げるようにして走り去ってしまった。
「あれ……? いらなかったのかな?」
ショコラは首を傾げながら、その背中を見送った。
◆
ショコラがマフィンを咀嚼しながらダイニングに入ると、お茶をすすりながらテレビをみていたヤマトが、ちらとショコラをみた。
「……ん? お前、何食ってんだ?」
「あ、ヤマトさんも食べます? なんだかよくわからないのですが、もらったんです」
「誰に」
「わかんないです」
「はぁ?」
ヤマトは眉を寄せてショコラの方に向き直った。
「なんだか郵便で届いて、ショコラ宛だったので」
「おい、ちょっとそれ、こっちもってこい」
「??」
ショコラはおとなしく、ヤマトに従った。
ヤマトは訝しげな顔をして、渡された箱の中を覗き込む。
そして顔をしかめた。
「うわ、なんだよ、これ……」
「チョコレートなマフィンだと思うんですけど」
ヤマトは中の一つを手に取ると、鼻を近づけた。
それから少しかじって、うええ、と舌を出した。
「……食いもんじゃねぇ」
「ええっ? そんなことないです。ちょっと苦くて、中に変なもの入ってるような気がしますけど……」
ショコラはうーん、と考えていった。
「大人の味ってやつですかね? それともびたー? っていうんですかね?」
「いやお前、ビターの履き違えも甚だしいだろこれ……」
ヤマトはしばらく眉を寄せて黙っていたが、箱を抱えて立ち上がった。
「……ラグナルに報告する」
「え、ちょ、」
「お前はこっちでも食ってろ」
そう言って、ヤマトは近くにあったクッキーをショコラの口に詰めた。
「ひゃひゃひょひゃん!」
「喋んな、食ってから喋れ」
ショコラはそう言われ、仕方なく咀嚼した。
「いいか、お前。知らない人からものをもらったり、ついていったり、絶対すんなよ。あぶねぇだろうが」
「ひぇひょ……」
「ああ、もう、これからは俺の作ったもんしか食うな! わかったな!?」
そう言われれば、従うしかない。
ちゃんと咀嚼して飲み込むころには、ヤマトは箱を持って、その場を立ち去っていた。去り際には、ご丁寧にホットミルクを渡され、ショコラはクッキーとミルクを飲んで、お腹がいっぱいになったのだった。
◆
「う、嘘でしょあの女! なんで即効性の魔法下剤クリームを食べて、あんなけろっとしていられるのよ!」
髪をくしゃくしゃにして、混乱したように叫ぶ女。
物陰からダイニングルームをのぞくと、いつもどおりのほほんとしたショコラが、テレビを見て笑っていた。特に何か変わった様子もない。
「どんだけ鉄の胃袋してんのよ! おかしいんじゃないの!?」
女はぐ、と唇を噛むと、怒りを押し殺して呟いた。
「つ、次はもっと、直接的で不気味な嫌がらせをしてやるわ!」
女は配達員の服を脱ぐと、下から目立たないような、真っ黒な服を着ていた。
どうやら今度は、館に侵入するようだ。
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