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虚ろな探偵を満たすもの
霧と侵食
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「負け犬が出しゃばらないでよ」
黄色矢にとって私タンテイクライはもういつでも始末出来る獲物でしかない。だからそれに時間を取られること自体が不愉快。
「大人しく怯えていろよ、あんたはっ!」
手をかざし、黄色矢は私の中に恐怖を再び呼び起こそうとする。
「一度怯えを知った心は、決してそれを消し去ることが出来ない」
「人が他者に一度恐怖を抱けば、その人間には決して勝てない」
「それは両者の肉体的精神的能力とは無関係に決して覆らない真実である」
黄色矢リカが真理と信じるその法則が再び世界に敷かれる。それまで鋼の巨人に怯えていた探偵はそこにはいない。
再び狩人として、一度屈服させた怪人に拳を向け、壊そうとする。
この為に、私はここに来たんだ。
ここで恐怖を退け、それを司る探偵を討つ。それを成し遂げずしてこの世界に怪人として生きることは出来ないから。
「装填」
一言。そういって「悪路・井戸」の銃口を、向ける。
私が怪人になるに伴って、探偵の専用武器だったこれも、大きく姿を変えていた。
黒く無機質で武骨な形の拳銃は、色合いはそのままに深海魚を思わせる異形の外皮に鱗を纏い、禍々しさが増していた。
これを見て芦間ヒフミが携行していた武器と結びつける人間はいない。
隠蔽は完全。
いつも通りに。
「そんな鉄砲玉が効くと信じてるのっ!?」
案の定、私の行動は黄色矢にとっては何も考えない無謀な挙動にしか映っていない。「
「おまえは、私に勝てない、勝てないんだよっ!」
叫び、真っ直ぐ突っ込んでくる。強弱が決定された以上、千回斬りつけようとも、私の攻撃は黄色矢に傷ひとつつけることはない。
少なくとも今ここはそういう空間になっている。
自分の能力、そして勝利を信じて剥き出しの暴力を振るう探偵の眼前で、私はその名を口にする。
「怪人専用爆縮式権能連鎖反応弾、発射」
重々しい響きのそれを、一発だけ前方に撃つ。
発射された弾丸の軌道は過たず必中の軌道。
これでも射撃にはそこそこ自信があるんだから・・・射撃訓練でムナに勝ったことはないけど。
ここで外す程ギャグに振り切ってない。幸いなことにね。
だけど。
「うるさい、大げさに吼えて」
黄色矢にとってはそんなものに意味はない。回避も防御も。そもそも必要がない。
「一度黄色矢に恐怖した相手の攻撃があたるはずがない」
彼女の能力はそういうものだから。
当然の帰結として、放たれた銃弾は空中で不自然に軌道を逸らして、域外へ向かった。
そう「域外」へだ。
遠く遠くへ弾丸は飛んでいく。
黄色矢が「勢戸街」で最初に私たちに攻撃してきたことから、街の全土を自分の「恐怖センサー」的なもので覆っているには間違いない。
そしてその周囲の森。
これが彼女の法則が適用される範囲。それ以上に広げ過ぎると情報が多過ぎて処理しきれなくなるはずだから。
だから、私は逸らされた弾丸がそこから出るように方向を調節して撃ち込んだ。
狙い通り、黄色矢が弾いた弾丸は、勢いを殺さずに明後日の方へ飛んでいく。
戦場から離れて、黄色矢のルールが適用されない程彼方へ。
グジュッツ!
彼女の支配する空間から抜け出た瞬間に、弾丸から赤色の煙のようなものを出して消滅した。
氷が解けるように、弾が跡形も消えたのを、黄色矢は察知することはない。
何故ならそれが起きたのは彼女の法が及ばない領域だから。
固形の弾が擦り切れても、煙は収まることなく、むしろ何もないはずの空間から湧き出て広がっていく。
タンテイクライの能力を凝縮した弾丸、空中に霧散したそれが生んだものは霧となって辺りを紅に染め上げる。
黄色矢にとって都合のいい色に塗られたキャンパスの外が、異なる異界の色に変わっていく。
その絵を描くのは誰か。
「喰らいにかかる」
わかり切ったことだ。
そうして、私の世界の浸食が始まる。
ビシッツ。
霧が黄色矢の支配の境界線に触れた瞬間、鋭い音が辺りに響いた。
それはあり得ない現象だった。無形の霧が金属音を立てるなど、道理に合わない。
それは遥か遠くで起きた。
ビシィィィイ!
音は鳴り続ける。
ピシッツピシッツピシシシ・・・・・・
悲鳴のように、高い音が鳴り響く。
黄色矢の支配領域に赤い霧は入り込むことが出来ない。まるで結界が存在するようにただその周辺に広がり続ける。
人体が異物を拒絶するように、探偵とは異なる法はひたすら拒絶され続けている。
それだけ黄色矢の、そして第11探偵団の奉じる秩序は法として確固たる世界を築いていた。だからこそ生半可な異物を決して寄せ付けない。
いや。
そうでなくちゃ困る。
これこそが「悪路・井戸」の本来の使い方。
もし霧をここで発生させようとしても、恐怖を刻まれた私の行動はきっと上手くはいかないはずだった。
だから黄色矢の能力の及ばない場所へ、弾丸を飛ばす必要があった。
そこでなら霧を生み出すことが出来るはずだから。
そして。
金属音を連想させる不快な響きが不意に止む。
シュ・・・・
そんな気の抜けた音が聞こえた。
最初に決壊したのが何処なのか誰も知らない。
戦っている黄色矢も首を失ってなお一層戦意を滾らせるハガネハナビも、タンテイクライ本人ですら。
確かなのは、境界そのものを変容させる程の干渉の力によって、強固なはずの結界に蟻のように小さな穴が生まれた、ただそれだけのこと。
プシュゥゥゥ・・・・・・・・・・・・
その一穴めがけて、赤い煙が殺到する。
プシュプシュ。
穴が次第に広げられて、ますます多くの霧が内部へ侵入する。
「あ? 今あんた何やって・・・・?」
ついに私たちのいる場所すら赤い霧が覆い始める。
一旦入り込むことを許せば、その後に起きるのは当然細胞の破壊。
私が弾丸を撃ってからここまで約1分。
十分に浸透するのにそれだけかかった。
まだ遅い・・・改良しないと。今後の課題だね。
「これ・・・怯えた獲物なのに、なんでこんな真似を・・・・?」
黄色矢にとって境界云々は感知出来ないことだろう。
そもそも探偵の能力とは全て、世界に干渉し他所とこことの境界を作るもの。黄色矢のようにひとつの街を丸々包むものもあれば、ヒルメのように自分の身体に限定されるものまで範囲は様々。共通するのは、その中で探偵の超常の異能は確固たる現実となるということ。探偵が定める空間とは、そういった法則が支配するように限定的に書き換えらえた世界である。
かつてこの世界に侵入し、自分たちに都合のいいように世界を変質させた名探偵、それに由来する異能なのだからその性質を持つのは至極当然。
そしてタンテイクライ、私の異能はそんな都合のいいことを許さない。
解放されたのは、怪人の本質。
「ぼけっとして、舐めてんの!?」
それに気づかないまま、ただ何かが進行していると理解した黄色矢は、その元凶である私を一刻も早く刈り取ろうと、両腕を振りかぶった。
それは私の脳と心臓を今度こそ砕くはずだった。
ここが彼女の世界だったなら、の話だけど。
叩きつけられた両手を掴む。
奇しくもあの時とは逆の構図。
「なっ」
困惑の声が漏れる。そうだろう。
「一度黄色矢に恐怖した人間は何があろうと勝てない」
さっきまで存在していた彼女の法則が、文字通り真正面から否定されたのだから。
「時間がない」
これでいいんだ。
あの時の借りはこれで完全に返すことが出来た。
後は流れ作業だ。
「まだ本丸がのこってる。さくっと」
「勝手な・・・・・・・」
ことを。
私を軽んじたな。
次に続く言葉はそんな所かな。
もう聞くことはないけど。
「探偵」
赤い霧が私の周囲に、一瞬で集まる。
それは眼の前で拳を構える探偵を包み、そして。
「なんなのこれ!? なに・・・・・・・・」
その声を最後に、黄色矢リカ、恐怖を操り他人を自在に殺め続けた探偵は霧の中に消え去った。
「・・・・・・・・・・・・・・ふぅ」
毎度のことだけど、これどっか別の場所にポップしたりしないよね。
もしくは私の体内に吸収されるとか。
自分の能力なのにその辺りが曖昧なの、本当にホラーだから使いたくないんだよ。
「その割に後半ノリノリでしたが」
ヤマメさんが潰れた頭のままそう返してきた。
「見えてたんですか、その状態で」
「はい、案外何とかなるもんです」
もう何でもありなのな。
怪人の身体って存外にファニーでファンタジーみたい。
私はそういうノリには付き合えないけど。
黄色矢にとって私タンテイクライはもういつでも始末出来る獲物でしかない。だからそれに時間を取られること自体が不愉快。
「大人しく怯えていろよ、あんたはっ!」
手をかざし、黄色矢は私の中に恐怖を再び呼び起こそうとする。
「一度怯えを知った心は、決してそれを消し去ることが出来ない」
「人が他者に一度恐怖を抱けば、その人間には決して勝てない」
「それは両者の肉体的精神的能力とは無関係に決して覆らない真実である」
黄色矢リカが真理と信じるその法則が再び世界に敷かれる。それまで鋼の巨人に怯えていた探偵はそこにはいない。
再び狩人として、一度屈服させた怪人に拳を向け、壊そうとする。
この為に、私はここに来たんだ。
ここで恐怖を退け、それを司る探偵を討つ。それを成し遂げずしてこの世界に怪人として生きることは出来ないから。
「装填」
一言。そういって「悪路・井戸」の銃口を、向ける。
私が怪人になるに伴って、探偵の専用武器だったこれも、大きく姿を変えていた。
黒く無機質で武骨な形の拳銃は、色合いはそのままに深海魚を思わせる異形の外皮に鱗を纏い、禍々しさが増していた。
これを見て芦間ヒフミが携行していた武器と結びつける人間はいない。
隠蔽は完全。
いつも通りに。
「そんな鉄砲玉が効くと信じてるのっ!?」
案の定、私の行動は黄色矢にとっては何も考えない無謀な挙動にしか映っていない。「
「おまえは、私に勝てない、勝てないんだよっ!」
叫び、真っ直ぐ突っ込んでくる。強弱が決定された以上、千回斬りつけようとも、私の攻撃は黄色矢に傷ひとつつけることはない。
少なくとも今ここはそういう空間になっている。
自分の能力、そして勝利を信じて剥き出しの暴力を振るう探偵の眼前で、私はその名を口にする。
「怪人専用爆縮式権能連鎖反応弾、発射」
重々しい響きのそれを、一発だけ前方に撃つ。
発射された弾丸の軌道は過たず必中の軌道。
これでも射撃にはそこそこ自信があるんだから・・・射撃訓練でムナに勝ったことはないけど。
ここで外す程ギャグに振り切ってない。幸いなことにね。
だけど。
「うるさい、大げさに吼えて」
黄色矢にとってはそんなものに意味はない。回避も防御も。そもそも必要がない。
「一度黄色矢に恐怖した相手の攻撃があたるはずがない」
彼女の能力はそういうものだから。
当然の帰結として、放たれた銃弾は空中で不自然に軌道を逸らして、域外へ向かった。
そう「域外」へだ。
遠く遠くへ弾丸は飛んでいく。
黄色矢が「勢戸街」で最初に私たちに攻撃してきたことから、街の全土を自分の「恐怖センサー」的なもので覆っているには間違いない。
そしてその周囲の森。
これが彼女の法則が適用される範囲。それ以上に広げ過ぎると情報が多過ぎて処理しきれなくなるはずだから。
だから、私は逸らされた弾丸がそこから出るように方向を調節して撃ち込んだ。
狙い通り、黄色矢が弾いた弾丸は、勢いを殺さずに明後日の方へ飛んでいく。
戦場から離れて、黄色矢のルールが適用されない程彼方へ。
グジュッツ!
彼女の支配する空間から抜け出た瞬間に、弾丸から赤色の煙のようなものを出して消滅した。
氷が解けるように、弾が跡形も消えたのを、黄色矢は察知することはない。
何故ならそれが起きたのは彼女の法が及ばない領域だから。
固形の弾が擦り切れても、煙は収まることなく、むしろ何もないはずの空間から湧き出て広がっていく。
タンテイクライの能力を凝縮した弾丸、空中に霧散したそれが生んだものは霧となって辺りを紅に染め上げる。
黄色矢にとって都合のいい色に塗られたキャンパスの外が、異なる異界の色に変わっていく。
その絵を描くのは誰か。
「喰らいにかかる」
わかり切ったことだ。
そうして、私の世界の浸食が始まる。
ビシッツ。
霧が黄色矢の支配の境界線に触れた瞬間、鋭い音が辺りに響いた。
それはあり得ない現象だった。無形の霧が金属音を立てるなど、道理に合わない。
それは遥か遠くで起きた。
ビシィィィイ!
音は鳴り続ける。
ピシッツピシッツピシシシ・・・・・・
悲鳴のように、高い音が鳴り響く。
黄色矢の支配領域に赤い霧は入り込むことが出来ない。まるで結界が存在するようにただその周辺に広がり続ける。
人体が異物を拒絶するように、探偵とは異なる法はひたすら拒絶され続けている。
それだけ黄色矢の、そして第11探偵団の奉じる秩序は法として確固たる世界を築いていた。だからこそ生半可な異物を決して寄せ付けない。
いや。
そうでなくちゃ困る。
これこそが「悪路・井戸」の本来の使い方。
もし霧をここで発生させようとしても、恐怖を刻まれた私の行動はきっと上手くはいかないはずだった。
だから黄色矢の能力の及ばない場所へ、弾丸を飛ばす必要があった。
そこでなら霧を生み出すことが出来るはずだから。
そして。
金属音を連想させる不快な響きが不意に止む。
シュ・・・・
そんな気の抜けた音が聞こえた。
最初に決壊したのが何処なのか誰も知らない。
戦っている黄色矢も首を失ってなお一層戦意を滾らせるハガネハナビも、タンテイクライ本人ですら。
確かなのは、境界そのものを変容させる程の干渉の力によって、強固なはずの結界に蟻のように小さな穴が生まれた、ただそれだけのこと。
プシュゥゥゥ・・・・・・・・・・・・
その一穴めがけて、赤い煙が殺到する。
プシュプシュ。
穴が次第に広げられて、ますます多くの霧が内部へ侵入する。
「あ? 今あんた何やって・・・・?」
ついに私たちのいる場所すら赤い霧が覆い始める。
一旦入り込むことを許せば、その後に起きるのは当然細胞の破壊。
私が弾丸を撃ってからここまで約1分。
十分に浸透するのにそれだけかかった。
まだ遅い・・・改良しないと。今後の課題だね。
「これ・・・怯えた獲物なのに、なんでこんな真似を・・・・?」
黄色矢にとって境界云々は感知出来ないことだろう。
そもそも探偵の能力とは全て、世界に干渉し他所とこことの境界を作るもの。黄色矢のようにひとつの街を丸々包むものもあれば、ヒルメのように自分の身体に限定されるものまで範囲は様々。共通するのは、その中で探偵の超常の異能は確固たる現実となるということ。探偵が定める空間とは、そういった法則が支配するように限定的に書き換えらえた世界である。
かつてこの世界に侵入し、自分たちに都合のいいように世界を変質させた名探偵、それに由来する異能なのだからその性質を持つのは至極当然。
そしてタンテイクライ、私の異能はそんな都合のいいことを許さない。
解放されたのは、怪人の本質。
「ぼけっとして、舐めてんの!?」
それに気づかないまま、ただ何かが進行していると理解した黄色矢は、その元凶である私を一刻も早く刈り取ろうと、両腕を振りかぶった。
それは私の脳と心臓を今度こそ砕くはずだった。
ここが彼女の世界だったなら、の話だけど。
叩きつけられた両手を掴む。
奇しくもあの時とは逆の構図。
「なっ」
困惑の声が漏れる。そうだろう。
「一度黄色矢に恐怖した人間は何があろうと勝てない」
さっきまで存在していた彼女の法則が、文字通り真正面から否定されたのだから。
「時間がない」
これでいいんだ。
あの時の借りはこれで完全に返すことが出来た。
後は流れ作業だ。
「まだ本丸がのこってる。さくっと」
「勝手な・・・・・・・」
ことを。
私を軽んじたな。
次に続く言葉はそんな所かな。
もう聞くことはないけど。
「探偵」
赤い霧が私の周囲に、一瞬で集まる。
それは眼の前で拳を構える探偵を包み、そして。
「なんなのこれ!? なに・・・・・・・・」
その声を最後に、黄色矢リカ、恐怖を操り他人を自在に殺め続けた探偵は霧の中に消え去った。
「・・・・・・・・・・・・・・ふぅ」
毎度のことだけど、これどっか別の場所にポップしたりしないよね。
もしくは私の体内に吸収されるとか。
自分の能力なのにその辺りが曖昧なの、本当にホラーだから使いたくないんだよ。
「その割に後半ノリノリでしたが」
ヤマメさんが潰れた頭のままそう返してきた。
「見えてたんですか、その状態で」
「はい、案外何とかなるもんです」
もう何でもありなのな。
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