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虚ろな探偵を満たすもの

制御不能の恐怖

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 黄色矢の「恐怖のマーキング」を受けているのは私とケラ。そして話を聞くとジキ、それに残りの土蜘蛛も最低一回は戦った経験があるらしい。
 下手にそいつらを呼んでも足手まといになる。だから本来なら黄色矢と戦うのはヤマメさんひとりだけ、残りを本部の攻撃に割り振るべきだとわかってる。
 それが常道。
 だけどそれじゃあ私の気が済まない。
「自分でも余計なことしてるって理解してるけどね」
 空を飛ぶヤマメさんを追っ、ひたすら走る。思ったより速い、このままじゃ置いてかれるかも。
 まずったかも。
 幸いそんな懸念は彼女がようやく地面に降りてきたことで消えた。
「お待たせしました。では戦闘再開です」
 両手で抱えた黄色矢にヤマメさんが告げる。
「という訳で、早速あなたはそのままやられてください」
 ミシ・・・・
 骨がきしむ音がここまで聞こえるくらい、一切容赦なく抱き潰す。
 興味のないことに関して、ハガネハナビに遊びはない。無駄なく最高の効率でタスクを解決するだけ。
 そこに面白みはない。そのまま順当に決着が着くのは明らかだった。

 黄色矢リカが凡庸な探偵だったなら。

「がっ・・・なめ・・・・・るないでよ・・・・!」

 黄色矢リカにとって恐怖とは全ての感情の源だった。それを支配することは人間の一切を自在にするのと同義。彼女の権能はその信条の具現化したもの。
 そして一般に、探偵が与えられた力を強く信じる程、その出力は比例して上昇する。
「おまえのような薄汚い怪人は、怯えて縮こまってるべきなんだ、から」
 言葉を切って、代わりにハガネハナビの顔を強引に両手で掴む。
「今捕まえたのは私で、つかまったのはお前であるべきなんだよっ!」

 グシャ。

 何の衒いもない握力。
 権能を一切寄せ付けなかった鋼鉄の頭部装甲にひびを入れたのは、そんな単純な暴力だった。

「・・・?」
 痛みはない。ただ純粋な疑問がヤマメの頭によぎる。
 恐怖によりこちらが弱体化したはずがない。そういう機微に関してだけは自信がある。
 つまりこれは至極簡単に、探偵の方が強化されつつあるということ。

「・・・・・あ、あは」
 そうだよ、私が一瞬でも負けるはずがない。
 私は全てを支配して翻弄して自由に壊す権利があるんだ!
「はは・・・はは」
 黄色矢の口から洩れる音は、徐々にしかしはっきりと哄笑へと変わっていく。
「はっははははっは!」
 感情支配。
 それは恐怖を介して他者を自在に、破壊という形で働きかける能力。
 ならその方向を自己の内部に向ければどうなるのか。

「ははっはっははははは!! 私は負けない、負けるはずがないっ!!」
 狂的なまでに自分が優れている、支配者だと自己に暗示を深く深くかける。
 超常の領域にあるそれは、肉体の限界を容易く突破する力を黄色矢に付与する。

 ポキッ・・・・・

 ヒビが広がっていく。

「何があろうと、私は怯えさせる側の人間なんだっ!!」

 グギュシャ!
 気分が悪くなるような破壊音を上げて、ハガネハナビの頭部が砕かれた。

「だから、おまえが負けるのは必然なんだ、だって怯えてるのはおまえの方なんだから」

 ぶつぶつぶつ、意味のはっきりしないことを呟きながら、怪人の身体を蹴り、後ろに倒す。
 これ、深く自分の精神を弄り過ぎて、完全に脳みそが逝ってるな・・・
「残るのは、おまえだけ」
 血走った目でぎろり、と私を睨みつけるけど。

「何を勘違いしてるの」
「?」
 全く動揺しない私に、狂乱していた探偵も一転して呆けた表情を見せた。
「まだまだ終わってないでしょ」

「そう・・・です」

 咄嗟に、こっちを警戒することも忘れて、黄色矢は後ろを振り向いた。

 その眼前で、倒れた怪人が逆回転のように立ち上がる。

「・・・っひ!?」
 それを聞いた瞬間。
 恐れを振りまく探偵は初めて、心から恐怖した。
「さあ、終いにしましょう」
 砕け散ったはずの頭から、鋼の怪人の声が響いた。

 まさか頭を砕いた程度で、ヤマメさんに勝った気でいたの。
 現実が見えてないよ、探偵。

「あ・・ああああああ」
 ビキビキと機械の駆動音、生物の呼吸音、化外の叫びのいずれとも取れる音をグチャグチャにひしゃげた頭が発する。
「ああああああああああああ」
 均一な音声が響く。音量は大きくはない。
 しかし、こちらの骨に染み入るようにただただ不快な音が産声のように狂的な意思の発露させ、鳴って鳴って、鳴り続ける。

 じっと聞いてると、正直私も気持ち悪くなってくる。

「ああっああっあ・・・・・・はい、もう大丈夫で」
 カキカキカキ、ポリポリポリ。
 音を立てて、首を鳴らす。

「あ、ああ声聞こえ・・・・えええい、やっぱり『これ』邪魔・・・もういらない」

 無残に潰れた頭部を片手で掴んで、引っこ抜いた。
 無造作にそれを放り投げる。

 あれ。絶対に私が後で拾うことになるんだろうな・・・やだな・・・

 その状態で、先ほどと同じ構えをとる。

 生首の次は首なし。ヤマメさん、順調に不死身化しつつあるな。
 脳みそを胴体に収納するのは百万歩譲っていいとして、何で当たり前に声を出せるんですかね?
 今度鍵織のふたりに訊いて・・・やっぱりいいや。

 私グロいの苦手だし。

「何なんだ」
 その異常な光景を呆然と見ていた黄色矢が、初めて声に出して質問した。
 探偵が怪人にそう問いかける。
 その時点で勝敗は決していた。

「ただの・・・メイドで、怪人です」

 首なしの異形はそう言い切った。

「戯けたこといってんじゃねぇよぉ!?」
 自分の内から恐怖は絶え間なく湧き上がる。消しても消しても消えない。それを黄色矢は制御出来ない。
 恐れを支配する探偵が自分のそれが抑えられない。

「な、にを見下すな、人もどきの混合物が・・・・」
 それを思い知って、最大の屈辱に身を震わせながら、なおも手を伸ばす。
 いくら砕いても立ち上がるなら、肉片ひとつ残さず潰せばいい。
 それが正常な理論。正しい。常識。何より論理的。

「だから、論理の化身の私は、探偵で、絶対に正しくて勝つんだから・・・・!」
「もういい」
 短く、ただ吐き捨てる。

「これ以上そっちの都合を押し付けるな。たかが探偵風情が」
 その思い上がりを喰らうのは、この私の仕事だ。

 今の今まで、背後の私の存在を忘却していたことに、遅ればせながら黄色矢が気付き、ヤマメさんに伸ばした手をこちらに向ける。
 その手にはいつの間にか束になった枝が握られている。
 一度自分に恐怖したタンテイクライ相手なら、常に必中かつ致命傷を与えることが出来る投擲。

 正しく必殺。

「だから、これを乗り越えないと、私はお前に負けたままになるんだよ」
 それがここまで私が出しゃばってきた理由。
 私とケラを散々痛めつけてくれた黄色矢が、このままヤマメさんに負けて大人しく消えるなんて耐えられない。
 私とケラを傷つけた人間は、この私自身の手でケリをつけないといけない。
 それが探偵を喰らうの責務ってもんだよなぁ?

 そしてタンテイクライによる狩りが始まる。
 獲物は黄色矢リカ。
 恐怖を司る探偵。
 ひたすら周囲を巻き込み、自分が支配者だと錯覚した道化。

 銃に怪人,タンテイクライは、探偵、芦間ヒフミの象徴たる銃を構える
 これが私。探偵にして怪人たる者の真なる攻撃だとしれ。

「今度は、おまえが恐怖する番だ」
 こちらを先に始末するそう判断し、襲い掛かる探偵へ真正面から銃を向ける。

 それは探偵、芦間ヒフミ専用銃「悪路・井戸」

「本当の恐怖という感情を、脳の奥の奥に、細胞単位で刻んで見せてやるよ」

「悪路・井戸」
 それはタンテイクライの異能を圧縮して打ち出す魔銃。
 対物、対人、対化外の全てのカテゴリーから外れた唯一の「対強者」用弾丸。
 着弾点に高濃度で叩き込まれた「減衰の力」は万物を区分なく崩壊させる。それがもたらすのは単純な破壊ではない。
 先日の戦闘では芦間ムナにジャイアントキリングを成し遂げたとはいえ、「減衰」の能力とは本来防御に特化したものである。

 だから、それを矛に変え、絶対の破壊を与える力へと変化させる。
 探偵と怪人、相反する矛盾した立場にいる私の望む結果を手繰り寄せる鍵となるもの。

 それが今、恐怖を弄ぶ狩人に向けて放たれた。
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