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探偵喰らい
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「何故芦間ムナ、あなたは英雄になろうとしたのか?」
相手の問いには答えず、私、タンテイクライはそう切り出す。
「不可能を可能だと認識して、能力の制限をなくす為? ああ、そうでしょうね」
わかりきったことをいちいち確認する、そんな私を見て。
「さっきから、延々と。時間稼ぎならもう少しうまくやって欲しいな・・・」
ムナは減衰の波に抵抗して能力の出力をさらに上げる。それによりさらに世界が歪んでいく。芦間ムナを主役に据えた世界が展開されていく。
ムナが信じる「正しいこと」を行えるように。
だから私はそれを上回る減衰の波を放出する。
そしてそこからさらに切り込む。芦間ムナの心に踏み込む。
「望み通りに名探偵を利用して、あなたは英雄になることが出来た」
龍の血を浴びた不死身の英雄。
それは確かに人を超えた存在で、探偵や怪人では相手にならない強者なんだろう。
だけどそれは裏を返せば。
「そんなデタラメな存在にならなきゃ、あなたは自分が名探偵に勝てると信じることが出来なかった」
探偵とは名探偵に異能の恩恵を与えられた人間、つまりはそのお零れに与る存在に過ぎない。そんなものが名探偵に勝てるはずがない。
なまじ優れた探偵であるから、ムナは誰よりもそのことを理解していた。
それが英雄になろうとしたムナの真実。
「だったら、どうしたというんだ。今は違う」
「英雄だから? それで名探偵に勝てると?」
「当たり前だろう」
ムナから溢れ出す力はさらに勢いを増す。探偵を高みに押し上げ、世界の加護を与え続ける力の奔流を前に。
「不可能だ。芦間ムナは名探偵にも、それどころか怪人ひとりにも勝利出来ない」
そう私は断言した。
「だって、お前の力は何処までも他力本願だから」
ムナが得た英雄の力の本質はそれ。
異世界の英雄、確かにそれは人を超えた人だろう。
英雄かつ探偵、確かにそれは名探偵に届くかもしれない。
でもその根本は借り物だ。
彼方の伝承をなぞることで手に入れた主役の力。
彼方より来訪した存在に与えられた人を超常の力。
どちらも芦間ムナ自身の力ではない。
そもそも彼が信じる正しさも・・・
だから芦間ムナに物語はない。
「・・・・・・・だったらどうだって言うんだ! 僕が怪人より弱い? だったら姉さん、あなたはどうなんだ、僕に一方的に打ちのめされてるだろう!」
とうとう子どもの癇癪のように叫ぶムナ。
こちらに飛びかかって蹴りを放つ。後方に跳んで何とか回避するも、一瞬で距離を縮める。それに私が怯んだのと同時に、ムナは手にした剣を振り下ろした。
先ほどのように一撃で終わる神秘性はなくとも、能力の後押しを受け、正確に放たれた斬撃の威力は十二分に破壊的なものだった。
その一閃は私の左腕を一瞬で切断した。
そこから畳みかけようと、間髪入れずにムナは剣を薙ぎ払う。
私は必死に跳んでそれを回避する。前に踏み込んで放たれた突きを、さらに後ろに回避する。ムナが繰り出す剣は、依然並みの怪人を凌駕する速度で斬撃を放っている。さっきまでだったら確実に私は2、3回は致命傷を負っていたはず。
だけど現実にはこうして逃れることが出来た。傷口を抑え、痛覚をカットしつつ、私はようやく確信する。
タンテイクライの能力は確実に、相手の世界を喰らっている。
減衰の力は、この空間、英雄の舞台を侵食し、弱体化させている。
だから今のは正解だ。こいつの核、劣等感を私の言葉は抉った。
探偵なら、思考しているのなら、自分に足りない物はわかる。そこから目を背けても逃げられない。
そのことを、誰よりも私はよく知っている。
それをムナに突き付ける。逃がさない。
ムナの空っぽさを、こいつ自身に叩きつける。
「私以外の怪人には、少なくとも自分の欲望はあった。例えば相手が折れる様を見たいなんて歪んだものであっても」
「何、その性癖は・・・変態?」
「・・・否定出来ない」
ごめん、ヤマメさん。ここで擁護するのは私にとって難易度が高すぎる。
「ちなみに他には身体改造マニアと脳改造マニアがいるんだけど」
「・・・怪人ってのは変態どころか社会不適合者しかいないの」
「そうかもね」
「そこは否定しなよ。自分の仲間なのに」
思わず素でツッコむムナ。
「いいんだよ、私がこういうこと言うとあの人たち喜ぶから・・・」
たぶん。
「とにかく、それくらい自分自身に執着してるってことだよ」
我執こそ全ての怪人にとっての戦いの理由なのだから。
やっぱり左手を失ったのは痛かったのか。痛覚を断っていても、呼吸が荒くなる。最初の格闘で負った負傷もあるのか、想像以上に身体の損傷は深刻みたい。
それでも私は言葉を続けなければならない。
何故ならこれが私の攻撃。何があっても捨てられない真実、自分の物語を相手に叩きつけるのが怪人だから。
「他人の物語に縋るあなたが私に勝てるはずがない」
ハッキリ言って、芦間ムナは格下だ。
ケラやヤマメさんが戦ってきた名探偵の足元にも及ばない。
その根拠ははっきりしている。
「あなたにあるたったひとつのものは、世界のルールや他人の物語に従うことしか出来ない主体性の欠落だけ」
馬鹿正直に相手の土俵で戦う時点で、向こうの物語を受け入れている。
そういう理屈をここでムナの頭に注ぎ込む。
決して忘れられないよう、彼の心に刻印する。
その為の言葉を私は放つ。
「そんな『奴隷根性』しか持ち合わせていない雑魚に、私が負けるはずがない」
「・・・・・芦間ヒフミッ!!」
その怒声は核心を突かれた動揺を隠す為か、あるいは見当違いの解釈を延々と垂れ流す無様な怪人に我慢が出来なくなったのか。
何を考えていたのかはわからない。
激情と共にムナは能力を最大出力で行使し、周囲を作り替える。
それは自分の為の舞台、その恩恵は主役、芦間ムナを限りなく強化していく。
主人公として、全力で自分の信じる正しいことを行えるように。
その姿を見たから、私は。
「探偵・喰らい」
自身の在り方を示すその名を詠唱した。
減衰。
あらゆるものを衰退、枯渇させるマイナスの波動。
万物はいつか衰え消える。
不朽のものは存在しない。
その概念の象徴たるこの力を人間相手に発動する条件はひとつ。
「相手が自分自身に疑いを持つこと」
そしてその疑いが強く、決定的であれば、その結果は破滅的なものとなる。
自分を単なる異能者、単なる異世界人と認めている相手には、せいぜい防御にしか使えない能力。
しかし自身を完璧だと自負する強者が一旦「自分は完璧でも、万能でも、全知でもないかもしれない」という考えを植え付けられれば、そこから抜け出すことは困難。そしてタンテイクライの放つ波、物事が衰える速度を加速させる能力は、その疑いを猛毒へと変える。
「・・・・がぁ!?」
たまらずムナは声を挙げる。それも当然か。
英雄の力、世界から与えられていた加護が、一瞬で自分を責め苛む毒に転じたのだから。
肉体のダメージより精神的な衝撃の方が上だろうか? 強者である程、一度転落すれば取り返しがつかない。
私も、ヤマメさんの趣味をどうこう言えないかも。
驕り高ぶって自分が世界の中心、主役だと信じていた強者が一瞬で崩れ落ちる、この光景を見る度に心から幸福と安心を感じるのだから。
恐れや猜疑心、心に生じた僅かな瑕疵すら一瞬で変異し、探偵の能力を削ぎ落していく。宿主を喰らい尽くす悪性細胞のように増殖し続け、ついには致命傷にまで至る。
ゆえにタンテイクライ。
ゆえに悪性令嬢。
「どうだ、探偵」
「・・・・・・・」
もう意識もたもてないほど衰弱したムナに向かって、自分もふらふらになりながら、私は口を開く。
これだけはこいつにはっきり言っておかないと。
「お前に刻み付けたのが私の、怪人『タンテイクライ』の流儀だ」
「・・・終わったよ、ケラ」
「ヒフミさん? え、無事だったんですか?」
驚きすぎ・・・
「当たり前だろう。私が負ける訳がない」
「・・・・・はい、そうですね」
「そこで言い澱まないでよ」
「じゃあこっちも適当に撤退を開始します。折を見てあなたは蛇宮さんの方に合流して下さい」
「了解、後始末を済ませてからね」
「・・・ヒフミさん」
「何」
「お疲れさまでした『タンテイクライ』」
「あなたもね、『カオトバシ』」
さて、あとやることはひとつだけだ。
部屋の中央で倒れている芦間ムナに近づいていく。強化してた分、それが反転した時のダメージはかなりのものだったはず。
全身打撲・・・内臓に深刻な損傷といった所か、まずないと思うけど、意識を取り戻されると厄介だから、ちゃっちゃと済ませよう。
懐から小瓶を取り出した。その中には「百眼」の胞子がきっちりひとり分詰まってる。
第19探偵団団長の立場は、中央の大臣と同じ、いやそれ以上に駒として役に立つ。
「戦ってる最中に注入出来れば楽なんだけど、意識がはっきりしてると吐き出されるんだよね・・・」
鍵織のふたりも変な武器を作る暇があったら、これをもう少し改良すべきでしょうに。まあそううまくは行かないか。
頭を掴んで、耳から入れる、その前に。
中に入ってるのを取り除かないと。
「・・・・・・・・・・・もういいでしょう、今回はあなたの負け」
芦間ムナに本来目的はないはずだった。
芦間の家に仕掛けた洗脳の及ばぬ場所から、表舞台に突然現れた男。わざわざ私がいる探偵団に接触し、そのトップにまでなった正体不明の人間。
それなら、この私に報復をするのが自然。私はそれを警戒して探っていた。だけど、彼は私に拘りつつも、その役目を代行することにだけ執着していた。
不自然。なら原因がある。ここまで事態をややこしくした元凶が。
「あ、ああああああああああぁぁ。失敗? そう、私の失敗だよねこれは!」
ムナの口から甲高い叫び声が鳴り響く。本人の意識はない。この声の主はその中に潜んでいたもの。
「こんなことになるのなら、『昇格』した後さっさと他の街の名探偵の所に行くべきだったかな?」
「それでどうするの。あなたの援護があっても、ムナには名探偵のひとりも倒せない」
最適解を出す力。じゃあその判断をするのは誰か。そうツッコんでたケラにはわからなかった。ほぼ全知で、常にムナに指示を出す、そんな存在を彼は知らなかったから。
「やってみないとわからない。お姉ちゃん大好きな弟の愛の力で何とかなるかも」
「その気持ちも、あなたが植え付けたものでしょうが」
感情の上書き。一度書き換えれば、後はそれを指針に行動するだけ。
外から喰らうのが私の力なら、これは内部から喰らって操る。これもひとつの「探偵喰らい」
「ひどいな~私もこの子もヒフミ姉さんが大好きなのに」
「ああ、自分の感情を使って、それを混ぜたんだ」
その方が効率的だから。家族であろうと探偵であろうと区別しない。自分の楽しみの為、徹底的に最適化する。
「本当に最悪。私たちよりもあなたの方が怪人・・・ああもう人じゃなかった」
探偵に寄生して操る。同一の意識を保ったままで分裂可能。本人の身体はとっくに滅びてるのに、正しく寄生虫のようにこの世界中に自分を散布していた彼女は、少なくとも人じゃない。
「何度も質問してるけど、一応訊くね」
名探偵の周囲の探偵。その中に必ずひとり、これに憑かれたのがいる。名探偵に近づくと、必ず邪魔をしてくるよう無意識レベルで行動を制御されてる宿主。その度に身内の始末をさせられる私の気持ちにもなって欲しい。
ただでさえ探偵と怪人の兼業はギリギリなんだから。
「そんな私に、何で毎回こんな回りくどい嫌がらせをしてくるの?」
「退屈なんだよ、名探偵は私の存在にも気付かない無能ぞろいだし」
またこの答え。私が構うからこの子も周りを巻き込んで好き勝手邪魔してくるんだろうか? いっそ放っておけば・・・
「そんなことをしたら、私は拗ねてハチャメチャなことするから」
「当たり前のようにこっちの思考を読み取らないで・・・」
こんな存在が今以上の無茶をするなんて想像出来ない。
「取り合えず、増殖かな。この世界の人間全員に寄生出来る数までどのくらいかかると思う? ヒフミお姉ちゃん」
「・・・想像したくない。仮にそんなことをしても、全人類の支配なんてそう上手くは行かない」
「ま、そうかも。『たかだか数百年で』、異世界からの外来種十数体に文化も何もかも染め上げられちゃうくらい脆弱な世界だけど、運営は面倒だろうし」
「本当、人間の身体捨てた程度で何もかも知った風なことを言えるんだから、羨ましい」
可愛いなあ。
そんな風に苦しそうにしているヒフミ姉さんは本当に可愛い。
ああ、船織ヤマメ。頭の中に入った時に見せてもらったあなたの美意識に、私は全面的に同意するよ。
ヒフミは見ていて飽きない、もっともっと繰り返し屈服させたくなる。
この楽しみに比べたら、名探偵だのその神威だのは、取るに足りないことばかり。
例えば、異常な程の速度で向こう側の機械や技術がこの世界で普及したのも。
例えば、全ての人名が、姓を『漢字』、名を『カタカナ』で表記されるようになったのも。
例えば、『向こう側の極東の一国でしか使われないような言語』で、私がこうして思考して、他の人間も当たり前にその言葉だけを使っていることも。
全てあの外来種の王様の能力の結果だなんて、つまらないしどうでもいいことだよね。
本当はずっとこうして姉妹ふたり見つめ合っていたいけど、残念、時間切れみたい。
「じゃあ、またね。ヒフミ姉さん。今度はいつ会えるかな」
「正直もう会いたくない。私は忙しいだ、何時までも妹ひとりに構ってられない」
「そんな寂しいこと言わないでよ。私が目を離すと何をするか、姉さんには2年前からわかってるよね」
「・・・普通の可愛い妹は別れ際に姉を脅迫はしない」
「あはは。冗談。寄生虫ジョーク」
「つまらないよ」
「私には受けるけど」
「ああ、そう」
「・・・そろそろ限界。じゃあ、またね。ヒフミお姉ちゃん」
「・・・私だってしばらく休みたい。だから当分あなたとは遊べないよ」
シイ。
相手の問いには答えず、私、タンテイクライはそう切り出す。
「不可能を可能だと認識して、能力の制限をなくす為? ああ、そうでしょうね」
わかりきったことをいちいち確認する、そんな私を見て。
「さっきから、延々と。時間稼ぎならもう少しうまくやって欲しいな・・・」
ムナは減衰の波に抵抗して能力の出力をさらに上げる。それによりさらに世界が歪んでいく。芦間ムナを主役に据えた世界が展開されていく。
ムナが信じる「正しいこと」を行えるように。
だから私はそれを上回る減衰の波を放出する。
そしてそこからさらに切り込む。芦間ムナの心に踏み込む。
「望み通りに名探偵を利用して、あなたは英雄になることが出来た」
龍の血を浴びた不死身の英雄。
それは確かに人を超えた存在で、探偵や怪人では相手にならない強者なんだろう。
だけどそれは裏を返せば。
「そんなデタラメな存在にならなきゃ、あなたは自分が名探偵に勝てると信じることが出来なかった」
探偵とは名探偵に異能の恩恵を与えられた人間、つまりはそのお零れに与る存在に過ぎない。そんなものが名探偵に勝てるはずがない。
なまじ優れた探偵であるから、ムナは誰よりもそのことを理解していた。
それが英雄になろうとしたムナの真実。
「だったら、どうしたというんだ。今は違う」
「英雄だから? それで名探偵に勝てると?」
「当たり前だろう」
ムナから溢れ出す力はさらに勢いを増す。探偵を高みに押し上げ、世界の加護を与え続ける力の奔流を前に。
「不可能だ。芦間ムナは名探偵にも、それどころか怪人ひとりにも勝利出来ない」
そう私は断言した。
「だって、お前の力は何処までも他力本願だから」
ムナが得た英雄の力の本質はそれ。
異世界の英雄、確かにそれは人を超えた人だろう。
英雄かつ探偵、確かにそれは名探偵に届くかもしれない。
でもその根本は借り物だ。
彼方の伝承をなぞることで手に入れた主役の力。
彼方より来訪した存在に与えられた人を超常の力。
どちらも芦間ムナ自身の力ではない。
そもそも彼が信じる正しさも・・・
だから芦間ムナに物語はない。
「・・・・・・・だったらどうだって言うんだ! 僕が怪人より弱い? だったら姉さん、あなたはどうなんだ、僕に一方的に打ちのめされてるだろう!」
とうとう子どもの癇癪のように叫ぶムナ。
こちらに飛びかかって蹴りを放つ。後方に跳んで何とか回避するも、一瞬で距離を縮める。それに私が怯んだのと同時に、ムナは手にした剣を振り下ろした。
先ほどのように一撃で終わる神秘性はなくとも、能力の後押しを受け、正確に放たれた斬撃の威力は十二分に破壊的なものだった。
その一閃は私の左腕を一瞬で切断した。
そこから畳みかけようと、間髪入れずにムナは剣を薙ぎ払う。
私は必死に跳んでそれを回避する。前に踏み込んで放たれた突きを、さらに後ろに回避する。ムナが繰り出す剣は、依然並みの怪人を凌駕する速度で斬撃を放っている。さっきまでだったら確実に私は2、3回は致命傷を負っていたはず。
だけど現実にはこうして逃れることが出来た。傷口を抑え、痛覚をカットしつつ、私はようやく確信する。
タンテイクライの能力は確実に、相手の世界を喰らっている。
減衰の力は、この空間、英雄の舞台を侵食し、弱体化させている。
だから今のは正解だ。こいつの核、劣等感を私の言葉は抉った。
探偵なら、思考しているのなら、自分に足りない物はわかる。そこから目を背けても逃げられない。
そのことを、誰よりも私はよく知っている。
それをムナに突き付ける。逃がさない。
ムナの空っぽさを、こいつ自身に叩きつける。
「私以外の怪人には、少なくとも自分の欲望はあった。例えば相手が折れる様を見たいなんて歪んだものであっても」
「何、その性癖は・・・変態?」
「・・・否定出来ない」
ごめん、ヤマメさん。ここで擁護するのは私にとって難易度が高すぎる。
「ちなみに他には身体改造マニアと脳改造マニアがいるんだけど」
「・・・怪人ってのは変態どころか社会不適合者しかいないの」
「そうかもね」
「そこは否定しなよ。自分の仲間なのに」
思わず素でツッコむムナ。
「いいんだよ、私がこういうこと言うとあの人たち喜ぶから・・・」
たぶん。
「とにかく、それくらい自分自身に執着してるってことだよ」
我執こそ全ての怪人にとっての戦いの理由なのだから。
やっぱり左手を失ったのは痛かったのか。痛覚を断っていても、呼吸が荒くなる。最初の格闘で負った負傷もあるのか、想像以上に身体の損傷は深刻みたい。
それでも私は言葉を続けなければならない。
何故ならこれが私の攻撃。何があっても捨てられない真実、自分の物語を相手に叩きつけるのが怪人だから。
「他人の物語に縋るあなたが私に勝てるはずがない」
ハッキリ言って、芦間ムナは格下だ。
ケラやヤマメさんが戦ってきた名探偵の足元にも及ばない。
その根拠ははっきりしている。
「あなたにあるたったひとつのものは、世界のルールや他人の物語に従うことしか出来ない主体性の欠落だけ」
馬鹿正直に相手の土俵で戦う時点で、向こうの物語を受け入れている。
そういう理屈をここでムナの頭に注ぎ込む。
決して忘れられないよう、彼の心に刻印する。
その為の言葉を私は放つ。
「そんな『奴隷根性』しか持ち合わせていない雑魚に、私が負けるはずがない」
「・・・・・芦間ヒフミッ!!」
その怒声は核心を突かれた動揺を隠す為か、あるいは見当違いの解釈を延々と垂れ流す無様な怪人に我慢が出来なくなったのか。
何を考えていたのかはわからない。
激情と共にムナは能力を最大出力で行使し、周囲を作り替える。
それは自分の為の舞台、その恩恵は主役、芦間ムナを限りなく強化していく。
主人公として、全力で自分の信じる正しいことを行えるように。
その姿を見たから、私は。
「探偵・喰らい」
自身の在り方を示すその名を詠唱した。
減衰。
あらゆるものを衰退、枯渇させるマイナスの波動。
万物はいつか衰え消える。
不朽のものは存在しない。
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「相手が自分自身に疑いを持つこと」
そしてその疑いが強く、決定的であれば、その結果は破滅的なものとなる。
自分を単なる異能者、単なる異世界人と認めている相手には、せいぜい防御にしか使えない能力。
しかし自身を完璧だと自負する強者が一旦「自分は完璧でも、万能でも、全知でもないかもしれない」という考えを植え付けられれば、そこから抜け出すことは困難。そしてタンテイクライの放つ波、物事が衰える速度を加速させる能力は、その疑いを猛毒へと変える。
「・・・・がぁ!?」
たまらずムナは声を挙げる。それも当然か。
英雄の力、世界から与えられていた加護が、一瞬で自分を責め苛む毒に転じたのだから。
肉体のダメージより精神的な衝撃の方が上だろうか? 強者である程、一度転落すれば取り返しがつかない。
私も、ヤマメさんの趣味をどうこう言えないかも。
驕り高ぶって自分が世界の中心、主役だと信じていた強者が一瞬で崩れ落ちる、この光景を見る度に心から幸福と安心を感じるのだから。
恐れや猜疑心、心に生じた僅かな瑕疵すら一瞬で変異し、探偵の能力を削ぎ落していく。宿主を喰らい尽くす悪性細胞のように増殖し続け、ついには致命傷にまで至る。
ゆえにタンテイクライ。
ゆえに悪性令嬢。
「どうだ、探偵」
「・・・・・・・」
もう意識もたもてないほど衰弱したムナに向かって、自分もふらふらになりながら、私は口を開く。
これだけはこいつにはっきり言っておかないと。
「お前に刻み付けたのが私の、怪人『タンテイクライ』の流儀だ」
「・・・終わったよ、ケラ」
「ヒフミさん? え、無事だったんですか?」
驚きすぎ・・・
「当たり前だろう。私が負ける訳がない」
「・・・・・はい、そうですね」
「そこで言い澱まないでよ」
「じゃあこっちも適当に撤退を開始します。折を見てあなたは蛇宮さんの方に合流して下さい」
「了解、後始末を済ませてからね」
「・・・ヒフミさん」
「何」
「お疲れさまでした『タンテイクライ』」
「あなたもね、『カオトバシ』」
さて、あとやることはひとつだけだ。
部屋の中央で倒れている芦間ムナに近づいていく。強化してた分、それが反転した時のダメージはかなりのものだったはず。
全身打撲・・・内臓に深刻な損傷といった所か、まずないと思うけど、意識を取り戻されると厄介だから、ちゃっちゃと済ませよう。
懐から小瓶を取り出した。その中には「百眼」の胞子がきっちりひとり分詰まってる。
第19探偵団団長の立場は、中央の大臣と同じ、いやそれ以上に駒として役に立つ。
「戦ってる最中に注入出来れば楽なんだけど、意識がはっきりしてると吐き出されるんだよね・・・」
鍵織のふたりも変な武器を作る暇があったら、これをもう少し改良すべきでしょうに。まあそううまくは行かないか。
頭を掴んで、耳から入れる、その前に。
中に入ってるのを取り除かないと。
「・・・・・・・・・・・もういいでしょう、今回はあなたの負け」
芦間ムナに本来目的はないはずだった。
芦間の家に仕掛けた洗脳の及ばぬ場所から、表舞台に突然現れた男。わざわざ私がいる探偵団に接触し、そのトップにまでなった正体不明の人間。
それなら、この私に報復をするのが自然。私はそれを警戒して探っていた。だけど、彼は私に拘りつつも、その役目を代行することにだけ執着していた。
不自然。なら原因がある。ここまで事態をややこしくした元凶が。
「あ、ああああああああああぁぁ。失敗? そう、私の失敗だよねこれは!」
ムナの口から甲高い叫び声が鳴り響く。本人の意識はない。この声の主はその中に潜んでいたもの。
「こんなことになるのなら、『昇格』した後さっさと他の街の名探偵の所に行くべきだったかな?」
「それでどうするの。あなたの援護があっても、ムナには名探偵のひとりも倒せない」
最適解を出す力。じゃあその判断をするのは誰か。そうツッコんでたケラにはわからなかった。ほぼ全知で、常にムナに指示を出す、そんな存在を彼は知らなかったから。
「やってみないとわからない。お姉ちゃん大好きな弟の愛の力で何とかなるかも」
「その気持ちも、あなたが植え付けたものでしょうが」
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外から喰らうのが私の力なら、これは内部から喰らって操る。これもひとつの「探偵喰らい」
「ひどいな~私もこの子もヒフミ姉さんが大好きなのに」
「ああ、自分の感情を使って、それを混ぜたんだ」
その方が効率的だから。家族であろうと探偵であろうと区別しない。自分の楽しみの為、徹底的に最適化する。
「本当に最悪。私たちよりもあなたの方が怪人・・・ああもう人じゃなかった」
探偵に寄生して操る。同一の意識を保ったままで分裂可能。本人の身体はとっくに滅びてるのに、正しく寄生虫のようにこの世界中に自分を散布していた彼女は、少なくとも人じゃない。
「何度も質問してるけど、一応訊くね」
名探偵の周囲の探偵。その中に必ずひとり、これに憑かれたのがいる。名探偵に近づくと、必ず邪魔をしてくるよう無意識レベルで行動を制御されてる宿主。その度に身内の始末をさせられる私の気持ちにもなって欲しい。
ただでさえ探偵と怪人の兼業はギリギリなんだから。
「そんな私に、何で毎回こんな回りくどい嫌がらせをしてくるの?」
「退屈なんだよ、名探偵は私の存在にも気付かない無能ぞろいだし」
またこの答え。私が構うからこの子も周りを巻き込んで好き勝手邪魔してくるんだろうか? いっそ放っておけば・・・
「そんなことをしたら、私は拗ねてハチャメチャなことするから」
「当たり前のようにこっちの思考を読み取らないで・・・」
こんな存在が今以上の無茶をするなんて想像出来ない。
「取り合えず、増殖かな。この世界の人間全員に寄生出来る数までどのくらいかかると思う? ヒフミお姉ちゃん」
「・・・想像したくない。仮にそんなことをしても、全人類の支配なんてそう上手くは行かない」
「ま、そうかも。『たかだか数百年で』、異世界からの外来種十数体に文化も何もかも染め上げられちゃうくらい脆弱な世界だけど、運営は面倒だろうし」
「本当、人間の身体捨てた程度で何もかも知った風なことを言えるんだから、羨ましい」
可愛いなあ。
そんな風に苦しそうにしているヒフミ姉さんは本当に可愛い。
ああ、船織ヤマメ。頭の中に入った時に見せてもらったあなたの美意識に、私は全面的に同意するよ。
ヒフミは見ていて飽きない、もっともっと繰り返し屈服させたくなる。
この楽しみに比べたら、名探偵だのその神威だのは、取るに足りないことばかり。
例えば、異常な程の速度で向こう側の機械や技術がこの世界で普及したのも。
例えば、全ての人名が、姓を『漢字』、名を『カタカナ』で表記されるようになったのも。
例えば、『向こう側の極東の一国でしか使われないような言語』で、私がこうして思考して、他の人間も当たり前にその言葉だけを使っていることも。
全てあの外来種の王様の能力の結果だなんて、つまらないしどうでもいいことだよね。
本当はずっとこうして姉妹ふたり見つめ合っていたいけど、残念、時間切れみたい。
「じゃあ、またね。ヒフミ姉さん。今度はいつ会えるかな」
「正直もう会いたくない。私は忙しいだ、何時までも妹ひとりに構ってられない」
「そんな寂しいこと言わないでよ。私が目を離すと何をするか、姉さんには2年前からわかってるよね」
「・・・普通の可愛い妹は別れ際に姉を脅迫はしない」
「あはは。冗談。寄生虫ジョーク」
「つまらないよ」
「私には受けるけど」
「ああ、そう」
「・・・そろそろ限界。じゃあ、またね。ヒフミお姉ちゃん」
「・・・私だってしばらく休みたい。だから当分あなたとは遊べないよ」
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