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姉弟
しおりを挟む怪人「タンテイクライ」
令嬢2号、芦間ヒフミをベースにより戦闘向けに特化させた怪人。その来歴上他の怪人よりも高い性能を発揮する上位怪人と呼称される存在。
能力は減衰。自分に向けて投げられた刃物や銃弾の速度を減少させる。手を掴むことで相手の力を衰えさせるなどの機能がある。
しかしこの能力の本質は「干渉」
探偵、怪人問わず、外部に働きかける能力に干渉し、減衰させる。それに付随する際立った応用範囲が最大の武器である。
初手、右手に生成した刃での斬撃。単純な身体能力なら探偵は怪人に敵わないはずだ。
加えてここは狭い室内。回避動作はそのまま隙に直結する。そこを突く。容赦なく躊躇いなく冷酷に。
ここまでは順調。間違いなく最善の流れでだった。
「それがあなたにとって正しい攻撃なんだ」
芦間ムナがただの探偵であったら。
「え。何で・・・?」
ムナに向けて振り下ろされた両手の刃は、変異すらしていない生身の腕で受け止められた。
「じゃあ、的確に反撃させてもらおうか」
そのまま掴まれ、握り潰される・・・人間の握力じゃないぞこれ!?
「離せよ、それは私の腕だ!」
自分でも何を言ってるのかわからないまま。
「どい!」
頭突きをぶちかます。
一瞬力が弱まった瞬間に、腕を引き抜き距離をとる。
「うん、うん。わかってるよ」
まるで誰かと話しているように頷いた後。
「絶対に逃がさない」
その言葉に、自分の本能が怯えるのを感じた。
「ほら、次だ。正しく防御しないと終わるよ」
最短距離で迷いも躊躇いもなくムナは接近して来た。両手をそのまま伸ばし、力押しで来る。身体の基礎スペックの差を考えれば、接近戦はこちらが有利だったはずなのに。室内で戦う判断は間違いだったんだろうか。
じゃあ次の手を打つだけだ。
こちらに向かって来る頭にすかさず3発、銃弾を浴びせる。これで止まるはずだ。止まってくれ。
だけどムナは倒れない。怯むことすらない。ただの弾丸では傷ひとつつけることが出来ない。
「彼方の伝承に曰く、龍の血を浴びた英雄は不死身となった」
冷静に冷酷に英雄は事実を告げる。
「そして英雄に共通の特徴としては、人ならざる膂力、魔を祓う聖性等が挙げられる」
名探偵もどき。神に片足を突っ込んだ傍迷惑な存在、それが英雄。
「だから英雄らしく正しいことをしよう」
そして芦間ムナは英雄として、剣を手にする。
気が付いた時には、その剣はムナの手に握られていた。
「竜に変じた井草要を貫いた剣」
ただの武具に過ぎなかったそれは、英雄譚に従って向こう側の伝承にある魔剣へと変異。英雄芦間ムナの構成要素として一体化していた。
その剣の名前も伝承も知らない。
それでも私は即座に悟った。
まずい。あれは絶対に駄目だ。
両腕を刃に変形させて、剣を振るのを必死に止める。攻撃の隙を与えてはならない。しかし相手はどこまでも英雄。最小限の動作で、異形の刃が繰り出す斬撃は全て防がれた。
何度も、何度も、繰り返し斬りつけても届かない。
どれだけ異形化しても、生身のまま岩山に殴りかかっているような圧倒的な差がある。
それでもあの剣を英雄が振るった瞬間、間違いなく全てが終わる。
悪しき怪人は瞬時に斬られ滅びる。そのイメージが脳にこびり付いて離れない。
「その恐れは正しいよ」
黙ってろ!
「だから、もう終わらせるのが正しいんだろうね」
過たず、遊びもなく、英雄は剣を構える。
「そんな訳あるか! お前がさっさとくたばれば全部終わって一番良いんだから!」
それでも斬りつけながら私は叫んだ。
お前はまだ私の力を全て見ていないだろう。
何時までも勝手な理屈を押し付けるなよ、探偵。
その怒りとともに、減衰の波を周囲の空間に放つ。
本来身体を強化する力と減衰の相性は最悪である。
蛇宮しかり、自分の中で完結してる能力には、タンテイクライの干渉が効かない。
逆に言えば相手の能力が周囲の世界を歪ませる力なら、私にとって格好の獲物となる。
「・・・これは」
初めて焦った声を出した直後、ムナは拳で殴りかかってきた。その手に構えた剣を振らない。
自分には英雄の武器が使えないのだと思っているかのように。
そしてその動きも目に見えて遅くなっている。
「何だ、やっぱりケラの見立て通りじゃない」
「『最適解』を絶えず実行する能力なら、そもそも苦戦する余地すらないはずなんです」
わざわざ相手と組み合う必要はない。相手が動く前にさっさと始末すればいい。
そんな身も蓋もないことをケラは言った。
「例えば心臓を握りつぶす。脳みそを燃やす、内臓を取り合えず全部裏返すとか」
「流れるようにグロい発想するの止めてもらっていい?」
精神状態が心配になるから。
「まだまだ用意してたのに」
「そっち方向のプレゼンは求めてないから」
「・・・話を戻すと、僕との戦いでも、先日のように四肢を切断してしまえば、後はどうとでもなったはず」
なのにあの時はこっちの罠にいちいち反撃して来た。あの時は夢中で気付かなかったけど、いくらなんでもそれは丁寧過ぎる。
「あの時は怪人の手足を斬ることが出来たのに、一対一の時はしなかった、いや不可能だった」
何故なら。
「『他の探偵が敵の手足を斬る』ことはムナにとってあり得ること、実現可能なことだった。仲間がいない状況ではそれは考えられなかった」
即死攻撃を打ち込めなかったのもそれが理由。
「都合のいいことは起きない。どんなに素晴らしく正しい解答でも、能力を使う芦間ムナがそれを無理だと理解しているのなら実行出来ない」
最適解の能力は、芦間ムナが不可能だと思っていることは実行出来ない。
当たり前と言えば当たり前の極自然なことで、弱点ですらないはず。
でも芦間ムナ、お前はそれが許せなかったんじゃないのか。
そんな僅かな欠点をなくす方法はひとつ、不可能を可能にする物語の主人公になればいい。
英雄が、探偵が名探偵に昇格した存在だというなら、その権能も同じ。
お前が言ったことだ。
「『名探偵と同じ力。世界そのものに干渉して、自分という主役の活躍する舞台に作り変える』それが英雄の正体」
名探偵は事件の主役、約束された勝利者。
誰もがその言葉に従い、その活躍の為だけに事件が起きる。あの存在がこの世界に訪れた際、惨劇が起きていたのも、その登場シーンを際立たせる為。
そんな「主人公補正」の塊が名探偵、異界からの侵略者の正体。
そして、相手が世界に干渉し、作り変えるなら、タンテイクライはその変異を妨げる。
都合のいい物語の中で、主役を張る者から世界の寵愛を引きはがす。それが探偵殺し、それが名探偵の天敵たる「タンテイクライ」の名前の由来。
探偵が変じた英雄だろうと、物語に頼る力なら、どこまでも喰らいついて枯れ果てさせる。
「・・・そこまで考え着くなんて、やっぱりヒフミ姉さんは怪人よりも探偵に向いてるんじゃないか」
「え、半分は適当に言ったんだけど」
そもそも力を推測したのはケラで、今言ったのは「私だったらこうする」っていう仮定の話をそれっぽく脚色しただけだったんだけど。
でも。それが大体合ってるなら、私たちはやっぱり姉と弟なのかもね・・・
気付けばムナはもう魔剣を構えてはいない。
あれに正真正銘「英雄の剣」という物語が付与されているなら、ほんの僅かでも自分が英雄でないかもしれないと疑念を持つ者が振るった瞬間に暴発する危険がある。想像だけど、そんなリスクを冒すのはムナにとってはきっと正しくないのだろう。
探偵は不確実なものに頼らないのだから。
「・・・わからないことがある。そんな力を持ってるのに、何で名探偵と戦おうとしているの」
もっと他に幾らだって、望むことはあっただろうに。
「それがヒフミ姉さんの望みだから。正しいことだと思っただけだ」
「そもそも裏切ってた私を放置していた時点でおかしい。これだけのことをしてまで、自分の思い込みなんて不確定な要素を排除したあなたが」
「言っただろう。全部姉さんに喜んで欲しいから。ヒフミ姉さんにひどいことは出来ないよ」
「私の腕を捩じ切ろうとしたくせに、そんな言い方」
「だってここで止めないと、ヒフミ姉さんは僕の邪魔をするでしょう。姉さんのため名探偵を皆殺しにするのを」
「・・・訊いてるのは、芦間ムナ、あなた自身の望み。私は関係ない」
「僕の望みは姉さんの望みだ」
「・・・何で、私なの。私が何をしたか知ってるでしょう」
「芦間の家を壊して、一族の生き残りも傀儡化したこと。うん教えてもらったよ」
誰から、なんて無粋な質問に割く余裕はない。
代わりに一番聞きたい問いを投げかけた。
「だったら何でそんな私の為に、こんな真似をしたんだ」
「姉さんがいたから。それが正しいと思った。」
芦間ムナには芦間ヒフミしかいなかった。
価値判断の基準がない。
他の家族のように名探偵という名の秩序に身を捧げることも、ヒフミ自身のようにそれを壊そうと暗躍することもない。
ムナには願望が一切ない。初めて「啓示」を受けて以来、ひたすら正しいことだけを行ってきた。
ヒフミの願望を叶える。何故なら同じ芦間の家族だから。
それはきっと正しいことだ。
それ以外の理由は不要。その為だけに最適な行動をとり続ける。
「僕が探偵であるのも、名探偵に接触して仲間を差し出して英雄になったのも、全部全部ヒフミ姉さんがいたから」
自分の行動に一切の間違いはない。何故なら。
「姉さんの為に行動することはきっと正しい、だからそうした。それだけだ」
善悪も欲望も空っぽなまま。虚ろな言葉を重ねる最強の探偵英雄。
「じゃあムナ、あなたは私のことをどう思ってるの」
彼に向って、私はそんなありきたりな問いを発した。
「同じ探偵の蛇宮、時木野。あなたと戦ったケラ。ヤマメさんも鍵織兄妹も聖屋も。それに私たちが滅ぼした3柱の名探偵の内の2人」
怪人タンテイクライと探偵芦間ヒフミが関わってきた人間。
「嫌悪であれ好意であれ、皆何らかの感情を私に向けて来た。己惚れるつもりはないけど、それだけのことをしてきた自負はある」
徹頭徹尾自分の幸せ、自分の安息しか考えない怪人。その素性を知ってなお何の感情も抱かないとしたら。
「お前は私を一度も見ていない」
ムナを英雄に、世界の主人公にしようとする彼の力と、それを打ち消し、地に堕とそうとする私の力。
両者が拮抗する中で、ただその虚ろさを指摘した。
「結局、何もないんだね、ムナ」
「・・・?」
「あなたには何もない。ただ適当に、何となく可哀そうな身内の願いを叶えようか、とかその程度の感情もない・・・」
罵り嘲る、こちらの言葉は所詮弱者の遠吠えにしか聞こえないのか、それとも純粋に何を言いたいのかわからないのか。目ぼしい反応は返ってこない。
だけど。
「ああ違うな。ひとつあった。確実にあるものが」
ねえ、探偵。
そんな問題を与えられたら、考えずにはいられないよね。
特にあなたが信じる武器は最適解。
あらゆる問題を考え、答えを出さずにはいられない。
だから、初めて出会った時からいまいち感情が読めなかったムナが、今まで見たことのない表情を浮かべていた。その意味はひとつ。相手の言葉の真意を知りたいという抑えきれない好奇心を抱いてしまったということ。
だって謎に釣られるのは探偵の宿痾だから。
ここが分水嶺。
芦間ムナを潰せるのはここしかない。
だから容赦なく狙う。こいつの空っぽさ、その核心を抉る。
「何が言いたいんだよ、姉さん」
「わからないんだ。最適な解答を、そのありがたい能力は教えてくれないんだ」
煽って、引き込む。英雄を、探偵を挑発して、無理やりにでもこちらの土俵に引きずり込む。
それが怪人の戦い方だから。
「いいから答えて。僕が訊いてるんだ」
「探偵が犯人に訊くなよ、情けないな」
「ふざけているのか、この期に及んで」
蛇宮に襲い掛かられた時にすら冷静そのものだったムナの口調が、微かに怒気を帯びる。
・・・ようやく効き始めた。散々ボコボコにされて、やっと毒が探偵を蝕み始めた。
衰退の猛毒。
相手の物語を否定する私の意思の力。
「名探偵。みなを集まてさてと言う」なんていい気分で名推理なんてさせない。
「そうか、デタラメ、時間稼ぎか? あの擬態型が外に待機していて、奇襲でも企んでいるのか」
「うん、あなたが散々イジメてくれたカオトバシは私といっしょにここに来ている」
「・・・? 何故それを自分から言う? 下手な誘導か」
「その後気が変わって、蛇宮の応援に向かわせたから。ここにケラは来ないよ」
「・・・本気ですか? やめてください、変な意地張るとか」
「陽動班」に行くように言うと、案の定ケラは反対してきた。
「本当はギリギリまで迷ってた。作戦自体は、ケラとの会話で思いついたんだけど」
意識外からの奇襲、暗殺。それが最初のプランだった。
ムナの制限を考慮すると、現実的な対抗策はそれしかない。
「だったら僕の変化能力が絶対に必要になるはず」
「・・・今のあなたに、それが出来るの? その状態。結構我慢してるんでしょ」
・・・何でそこで驚愕するんだよ・・・私だって部下の体調くらいちゃんと見て気遣い出来る。
「氷結・・・じゃなくて石化? 傷よりもそっちの方が深刻だよね」
鍵織のわかりにくい説明をサラッと流し聞きしただけだから、確かなことは知らないけど。
「変化の速さ、それに手足の動き、そのあたりだいぶ鈍くなってるんだろう」
「・・・やっぱりわかっちゃいますか・・・」
人に偉そうに言っておいて、自分が無理するなんて。
「そういうのは・・・不愉快」
キツい言い方になるけど、仕方ない。上手いセリフは思いつかないし。
何より本当に怒っているのだから。迷惑なんだよ、私の為、犠牲になるような真似をされるのは。
「・・・すみませんでした。つい浮ついたままの気分でいたようです」
素直に謝られるとそれはそれで申し訳ない気に、ああ我ながら芯がブレてるな。
「でも、だとすればどうするんですか。あなたひとりで奇襲も暗殺も無理でしょ。
そうだね。でも。
「私の策はそうじゃない」
ケラ、あなたが言ったセリフでしょう。
「後継で上位互換、その程度の相手・・・」
間違いなくこれが鍵。
無敵の英雄、無敗の探偵を地に堕とすのは、この方法しかない。これより始まるのは悪性の物語。相手の物語を否定し貶め、探偵を全能の座から引きずり下ろして喰らう悪逆の怪人の戦い。
さあ、素敵に悪辣に、冒涜を開始しよう。
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