14 / 60
迷宮
しおりを挟む「・・・へび・・・蛇宮!」
声がした。
誰が呼んでるんだろう?
よく知っている気がする。でもどこか違うような。
そう思った瞬間にわたしの意識が覚醒した。
目を開いて、声の主を見る。
「ヒフミ・・・さん?」
「よかった、気が付いたんだ」
わたしの身体を芦間ヒフミさんが抱きかかえていた。
「わたし、えっと何をしてたっけ・・・?」
憶えてるのは・・・鉱山霊と戦っていたこと。
他の街へ護衛任務に向かう直前、団長から急に駆除任務を命じられたんだった。
その後の記憶がない。
確か・・・誰かと会ったような気がする。
とっても怖い人に。
「・・・! ひっ?」
「蛇宮、大丈夫!?」
「は、はい」
怖い。思い出しては駄目だ。
まるで怪物に遭遇してしまったように、自分の奥から警告が鳴り響く。
「無理に思い出さない方がいい」
「でも・・・」
曖昧なまま放っておくなんて、探偵には許されないことなのに。
「関係ない。蛇宮ヒルメが思い出したくないなら、そのままでいいんだ」
その言葉を言うヒフミさんは、今まで見たことのない表情をしていた。
「そうだ、ここは? わたしが戦っていた奴らは?」
「ここは迦楼羅街。あなたは今まで捕獲されて意識を失っていたの」
「捕まってたって・・・鉱山霊か、それとも怪人がわたしを?」
「・・・そう、怪人。怪人の仕業なんだよ」
わたしが怪人に・・・悔しいなぁ。
任務達成したばかりで油断していたとは言え、あいつらに不覚をとるなんて。
「でも外傷とかはないから安心して。本当に無事でよかった」
外傷。そう言えばヒフミさんの身体、あちこち怪我してる。彼女は戦闘員でもないのに・・・
「ヒルメさん。その怪我、戦いで出来た傷みたいですけど」
「・・・えっとこれは」
「もしかして、あなたが怪人と戦って助け出してくれたんですかぁ?」
「え・・・まあ、そうじゃないかな?」
「能力も戦闘向きじゃないはずなのに、そんな無理をするなんて・・・ありがとうございます!」
正直普段何を考えてるのかわからなくて胡散臭い人と思ってたけど、部下の為に命を懸けてくれるなんて。
「あ、うん。そんなに感謝されるなんて、困っちゃうな・・・罪悪感がすごいから」
「? 何か言いました?」
「いや別に」
折角わたしが感謝してるのに、変なヒフミさん。
「それで、そろそろ状況の確認に移っていい?」
そうだあれからどのくらい時間が経ったんだろ。それに街の様子も変だし・・・
「これは、街が怪人に襲われてるんですか?」
「ああ。今はもう怪人も何処かに行ってしまったけど」
「そうですか・・・」わたしさえしっかりしていたら逃さなかったのに。
「そうだ、名探偵が今日この街に来るんですよね。その方は」
その質問に、ヒフミさんは何故か困ったような顔をした。
「名探偵・・・彼女はさっきまで戦ってたんだけど、何て言うか・・・」
その時、何もない空間から突然人間の生首が現れた。
「ヒフミ様! 私は戻って来ました、ええ。あなたが私のことを心配して悲しみに沈んでいたと想像すると興奮、じゃなかった心が痛みます。ですがご安心ください私は簡単にいなくなったりしませんだって死んだらあなたの心がすり減る様子を見ることが出来ないじゃないですか、だから私は生きて生きて、それで思う存分あなたの曇り様を見届けます。その証拠に今名探偵を討ち取ったんですよ、見ての通りかなりの辛勝でしたがあなたの生き様をもっともっともっと見ない内には呑気に死んでられないから私はそれを邪魔する敵はこれこの通り、これからもどんどん撃って屠って消して爆破していきます。だからもうちょっとその顔を見せて・・・グヘッ!!」
喚きながらこちらに飛んでくる生首をヒフミさんは蹴った。
蹴り上げた。
そのまま何かを叫びながら、生首は何処かに飛んで行った。
「あの、今のは何ですか?」
「さあ。野生の妖怪の類じゃない?」
「というよりヒフミさんの名前を呼んでたんじゃ・・・」
「・・・気のせい、きっと気のせい。幻聴だよ」
「・・・よくわかりませんが、あのまま放置していいんですか」
「問題ない。何やら訳のわからないことを喚いていたけれど、ただのうわ言、だからこの話はここまで、今見たことは気にする必要はない。いい?」
「あ、はいわかりました、ヒフミさん」
あれは怪人だったの? 所々メカっぽい何かが見えてたような。
まあ普通に考えてあんな状態なら長くはないはずだけど。
治療能力のある人間がたまたまこの場にいて、そこを狙ってヒフミさんがあれを蹴った訳もないし。
「僕は姉さんのことを全て知っている、それが最善だから」
探偵団事務所、迦楼羅街の中でも一際目立つ大きさの5階建ての建物、様々な施設を内包した要塞の奥。
そのトップとふたりきりで向かい合う。
芦間ムナ。最年少で第19探偵団の団長に就任したということ以外に何もわからない。まだ少年らしさを残した外見は確かにヒフミさんに似てはいるが、芦間に彼のような人間が居た形跡はない。
「この探偵団に入って団長になったのも、それが姉さんと僕にとって最善だからだ」
そもそもあの家の人間なら、平気で彼女の弟だなんて言う訳がない。
「僕は自分が何すべきか、はっきりと確信している」
「随分自信があるんですね」
思わず皮肉めいた口調になった。
「うん、啓示を受けたから」
「どういう意味です?」素で聞いてしまった。
「頭の中で神様の声がして、取るべき行動を教えてくれるんだ」
「そうですか」
どうしよう。これ弄っちゃいけないんじゃ・・・
「これも僕が選ばれた者だからだね。間違いない」
あ。こいつ馬鹿だ。
芦間ムナ。素性不明。しかも今の会話から見るに人格的にいろいろ問題あり。
だけど最も厄介なのはその強さだ。
怪人を問答無用で一方的に蹂躙する、極めて危険な能力ながら、その詳細が未だに掴めない。超常の権能を立て続けに行使する名探偵より、たったひとつの正体不明の力を持つ探偵の方が怪人にとってはやりにくい相手だ。
何故なら奇策姦計搦め手に嵌める為には、相手を理解することが必須条件だから。
ヒフミさんが探偵組織の幹部と怪人の統括という二足の草鞋を履く危険を冒しているのも、少しでもムナと接して正体を探る為だった。
・・・ちゃんと接していたかは疑問だけど。
だって自称弟がこんなアレな性格だなんて、彼女は知らなかったみたいだし。
「・それで、話は終わった? 戦術指揮官」
「・・・はい、すみません時間を取ってしまいました。とにかく今は外部へ連絡をとりましょう。時木野、蛇宮の所在を確認、直通で通信を送ります。まずはそこからですね」
一歩、二歩ムナの先に進んでから、一言一句聞き取れるようはっきりとした声でそう言った。
「ああそうだね」
天秤。リスクを秤にかける。
今からとる行動のリスクは明白だ。おそらく単独の探偵、名探偵という神の眷属の中で最上位かつ未知の能力を持つ芦間ムナと戦うというリスク。
それ以上に問題なのが芦間ヒフミのしてきたことを台無しにして、彼女を危険に晒すというリスク。
普通そんな選択はあり得ない。ましてそのその根拠が漠然とした直観である場合には。
直観。
芦間ムナは芦間ヒフミの秘密を知っている。
芦間ムナは芦間ヒフミを裏切っている。
ここまでの会話、彼の発言を根拠に推測。彼と彼女の関係についてここに至っても不明であり、またヒフミさんが怪人側が人間ということを知っていたとして、なお彼女を泳がせていた理由もまた不明。この事実を他の仲間に全く伝えていないのも不自然。
何より、名探偵井草要から怪人への襲撃。
最も「タンテイクライ」に相性のいい「蛇宮ヒルメ」の能力を名探偵が吸収して手に入れようとしていたこと。
それが完全に完了していないのに、襲撃が起きたのは、この祭り、この好機を逃せば獲物が逃げると知っていたから。
怪人と同じ発想を名探偵もしていたから。
神のような存在がそんな人と同じ思考をする、その理由はひとつ。
名探偵の側に情報を流していた人間がいたから。
芦間ムナは探偵団全員を裏切り、蛇宮ヒルメを名探偵に捕食させている。
芦間ムナがこの状況を仕組んだ。
芦間ムナに計画があるのなら、ここで終わりじゃない。先がある。
結論。
芦間ムナはここで潰さないといけない。
例え何を犠牲にしても。
「芦間ムナ。しばらく大人しくしてもらえませんか?」
そして隠し持っていた指揮官用通信機へ、最後の入力を行った。
第19探偵団事務所内部は迷路のように入り組み、多種多様複雑怪奇な機械で満ちている。名探偵由来の技術、その恩恵の解析、改良及び実践への応用を研究、そして敵性存在との交戦指揮などを一括して行う建物には、当然セキュリティー機構もある。
過剰な程のセキュリティーが。
重い金属の塊が轟音をあげて天井から落ち、廊下に居た芦名ムナの前後の通路を遮断した。
前方へ跳び、ギリギリでそれを躱す。これであの探偵を「檻」に閉じ込めることが出来た。普通ならこれで終いだ。こういう物理的な障害をピンポイントに突破する能力持ちの探偵は意外と少ない。詳細不明の能力でも最悪これで時間稼ぎになる。
「カオトバシ」姿を擬態する怪人の存在が確認されて以降、内部へ敵性存在が潜入した場合の対策は喫緊の課題となった。その為に設けられたのは単純な機構。一定以上の権限の持ち主による外部からの通信が入ると、声帯認証を経て作動する即席で分厚い金属製の檻に対象を閉じ込める。
擬態の精度がよくわかっていない為に、こうしてその怪人当人が団長を嵌めるために使う、というのは皮肉なのかアホらしいのか何とも言えないが。
この状況。もし言い訳出来るとしたら「言動に不審なものを感じたので、敵性怪人が変装していると思って檻に閉じ込めた」なんてものか?
さすがにいきなりそれは苦しいだろうし。第一それは相手がこのまま大人しく、何事もなく拘束されている場合の話だ。
たぶん、いやきっとそれはない。
そしてその予想はすぐに現実になった。
「あはは。そうだ。やっぱり偽物だった!」
どんな怪人も攻撃にもある程度は耐えられる、幾層にも重なった金属の壁に一瞬で大穴が空いた。
「今回も僕は正しい。うん、正し過ぎるな!」
鋭利な刃物で切られたように鮮やかな切り口の穴を通ってこちらへ歩いてくる探偵、ムナ。
「ちっ・・・」世迷い事を。
一目散に廊下を走り、目についた部屋に飛び込む。
何だ、あんなの見たことない。そしてあの雰囲気じゃ、下手な言い訳は通じそうにない。だから一旦引くしかない。
少なくとも「地の利」はこちらにあるのだから。
背後から迫る気配に冷や汗を流しながら、姿を変える。ヒフミの姿を崩し、黒い液状のそれに。そのまま換気ダクトに飛び込む。紙一重。ムナが部屋に入ると同時に何とか潜り込むことに成功した。
バレたか? どうだろ。
カオトバシ、形態変化の能力を十全に発揮するには、室内など閉鎖空間が望ましい。前回井草矢森と戦った際も、最後の最後まで列車内の戦闘に拘ったのはそれが理由。
この建物の中のように、隠れ潜む場所が十分あるのは戦いの場として理想的だ。そして、僕はヒフミさんとして、この事務所を何度も訪れている。何度も何度も。そしてその度にカオトバシを今のようにスライム状にして、この事務所のあちこちを探ることが出来た。
結果、ダクト、水道管、その他の隙間、食堂の皿の枚数まで、例え団長であっても把握しきれないような細部の情報を僕は既に把握している。
勝手知ったる・・・
だから、どんな能力であろうと最低限ここなら、この条件下ならケラは芦間ムナに抵抗出来る、戦える。
次弾。ダクト内を移動しながら、壁の隙間からムナの頭上に液体を垂らす。雨漏りのように。
先ほど壁を壊したのは物理的な力、それならある程度軽減出来る。矢森に対して行ったのと同じ。棘や刃で切る。もしくは液体状態のまま体内に入り込むか? どんな探偵でもこれに即座に対応するのは難しいよなぁ。
そんなこちらの甘い見通しを嘲笑するように。
「ああ、こういう対処方法が正解なんだよなっ!」
先端に強烈な熱を感じた。
「っつ。まずい、バックれる、先端も収納!」
思わず悪態をつきつつその場を離脱。そうしながら確認すると触手の先端が、溶けてるっていうのかこれ。高熱であぶられた跡がある。
さっきは壁を切断し次は熱で溶かしてきた。なんだ、共通点がない。あの時、3対3で戦った時にはただ一方的にこちらの手足を斬ってきた。
芦間ムナ。何だ、何なんだよあいつは・・・
仕方ない。切り替えていくしかない。当初の目的地にたどり着いて、そう思考をリセットし、次の手を打つ。
再び芦間ヒフミに姿を変える。カオトバシの変身は一回きり.ただし相手の同意があれば複数回その人物に変わることが可能だから。
辿り着いたこの部屋は管理室、その機構を指紋と声紋を使い起動する。
ムナは先ほどの位置から動いていない。何を考えているのかはわからない。だから仕掛ける。ここからだ。
「入力終了から30秒後に、3階北西区画、2番門及び3番門封鎖。その9秒後8番門封鎖。その3秒後4階第2研究室内3番ケージ内部に心霊用興奮剤投与。5秒後3番ケージ解放・・・」
真正面から戦うつもりはない。
だけどこいつはここで仕留めないと、何で怪人がこんなに内部の装置を使えるのかという話になって間違いなくヒフミさんに累が及ぶ。最悪これ以上彼女がここに居られなくなる。第一こいつが何を考えているにしろあんな惨事を仕組んだ人間がロクな奴じゃないのは、まあ当然だよな? だからここで、ムナの力の正体を見極める。そういう検証の手段を無数に使えるここで。
部屋からタブレットをひとつ持ち出しそのまま廊下を移動する。後の自動動作は全て打ち込んである。今は画面に分割して表示されている各カメラの映像を観ながら隙を見つける。そして芦間ムナの力を解明する。彼の位置を把握して、少しでも有利に立ち回らないとこの建物から脱出することも出来ないはず。
幸いヒフミの権限ならこの装置からでもある程度各設備にアクセスし、状況に応じてそれを利用可能。今の所有利なのはこちらの方だ、だから。
浸食され、腐り果てて迷宮と化したこの探偵の要塞で、その主を狩る。
怪人「カオトバシ」対探偵「芦間ムナ」
戦闘開始。
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる