幽霊屋敷で押しつぶす

鳥木木鳥

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「裏内屋敷」対「乾森学園」 

落下する少女

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「…って感じに終わってればよかったのに」
 何が何事もなく、だ。
 あの座敷童もどき。
「めちゃくちゃ筋肉痛と倦怠感が後に残ってる」
 ついでに支給されていた「薬」もバッチリ減っていた。
 これ何に使ったか説明しないと。
 なんか悪い霊が12人ほどツッコんできたんで、自宅に一晩籠城してました。
 これで行こう。
 ごく自然なシナリオだな、うん!

 そんなことを考えて所長室に入ると

「遅いですよ、游理」

 当然のように裏内宇羅がいた。
 緑茶と饅頭を食べていた。

 …知ってたけど! でも外れて欲しかったよ、そんな予感は!

「…所長」
「ああ、そのなんというか今朝上の方からいろいろ言われてね、一応の事情は知ってる、のかな」
 どうしよう、私は今過去最高レベルにこの人にストレスをかけている!
「それで游理さんのご実家がしかるべき諸々を手配済みということで」
 待て、めちゃくちゃ不穏なセリフを聞いたような。
「それでこちらの裏内さんを正式にウチで雇うんで。今後はコンビで業務にあたるということでひとつ、ね」
「はい…は?」
「だってそういうものなんでしょう、厄災級複合怨霊とその存在核っていうのは」
 また知らない単語が出てきた!
「じゃあよろしくお願いしますね。游理先輩!」
 あれ、ということは。
「私、まだここに置いてもらえるんですか!?」
「当然だろ、園村くんたちにもそう伝えてある」
「っつ、ありがとうございます、所長!」
「じゃあ僕、関係者の方に顔出さなきゃならないんで、適当に親睦を深めといて」
 じゃ。
 所長はそう言ってさっさと出て行ってしまった。
 残されたのはふたり。
 私と宇羅。
 人と幽霊屋敷。

「よかったですね、游理…って何するんですか」
「うるさい~おまえのせいでこっちは今も絶賛疲労状態なんだ、そんな言葉でごまかされんぞ」
 そのまま口に指を突っ込んで。
「それからこれは散々ビビらせてくれた礼だ、オラ」
「ふにゃ、ふにゃ~!」
 …今頃家の方で壁とか壊れてたら、とは考えないでおこう。

「何やってんだ」
 ふと入り口を見ると。
 宮上先輩と園村先輩がいた。
「仲がいいんだな」
 宮上先輩、目が怖いです。
 昨晩首を折られた時以上の恐怖を感じるくらいに。
「これは、その」
 ああ、また挙動不審になるコミュ力と度胸のない自分が憎い…
「はい、夫婦ですから」
 一応、おとなしいキャラで通ってるのに、後輩イビッてる奴なんて誤解されたら…

 待て。
 宇羅、こいつなんて言った。

「そうか」
「そうです」
「知らなかった」
「昨日からなので」
 待って、ねえ園村さん、ちょっと置いてかないで会話に!
「庚、教えてくれなかったな」
「そういう性格なので」
 だから会話をどんどん進めるな。
「でも知れてよかった」
「はい、今教えましたから」
 早い! 早いよ、このふたり似た者同士か、そうなんだな?
「あー盛り上がってる所悪いが」
 さっきからタイミングを伺っていた宮上さんが会話に割って入った。
 何度もそうしようとして、引っ込んでたあたり、この人もしかして私以上にコミュ障なのか?

「仕事だ、緊急の」
 そうですか。

 …正直行きたくないな。でも。
「宇羅」
「はい、游理」
「行こう」

 千の死が待っていても、こいつとならきっとそれを潰せると。
 根拠もなくそう思った。


 数十分前

「なるほど、狗神とはね」
 わたしの報告を聞いた「祓い所」の所長はそうこぼした。
「『犬の意の杜』なるほどこじつけめいてるが、そう言えば当てはまらないこともない、そういうのが一番大事だから」
 人がいるから祟りがある。
 人が認識するから祟りがある。
 それがこの世界のルールだと。
「まあ君相手に下手なことを言うのは、釈迦に説法する以上に滑稽だしね、宇羅さん」
 そう言って、話を終わらせようとする所長を。

「あなたの場合はそうじゃないでしょう」

 わたしは逃がさなかった。
 わたしは逃げられなかった。

「お久しぶりです、裏内うらないおもて様。33年ぶりですか?」

 目の前にいる、小学生にしか見えない容姿の少女の名前を口にする。
 
そんな子供が所長と呼ばれている異常すら感じないのだから、職場の誰も彼女の本名を知らないなんて、些末なことだろう。

「乾森学園に游理さんを襲わせるために使ったのは「本」ですよね」
 本。「報告書を作成するのにわざわざ持ち出してきた本」
 ちょうど「どこかの学校」に置いてあるような・・・

「触覚っていうんですか、それをわたしの中に持ち込ませる。全てあなたが計画したことでしょう」

 所長は。

 裏内表は笑っていた。

 游理さんはコレの笑顔が怖いなんて思っていたそうだが、そんなもんじゃない。
 こんな悍ましいものを怖がる程度で済んでいるのは彼女くらいだろう。

「…別に謝罪を求める気もないです、あなたがどんなに殊勝な態度を取っても、意味なんてないのはわかってますし」
 見せかけの言葉をいくらでも吐ける代わりに、何を言っても心がない。
 裏がない。
 それが彼女。
 裏内表。

「でもまあ、なんでこんなことをしたのか、その理由をきっちりしとかないといけないんで。游理さんのためにも」

「さあ、なんとなく」

 即答だった。
「ちょうどキミを作ったのと同じ理由じゃないかな、表がしたのは」
 どこまでも他人事のように自分の企みを語る。騙る。
「庚さんがこっちで住む家を探していると聞いて、キミのことを思い出したのさ」
 初めから全て計画していたわけじゃない。
 たまたま昔作った作品の中に、自分の知り合いが関わったと聞いただけ。
「まだ怨霊屋敷に成り果ててなかったというから、刺激を与えて成長させてやろう」
 成長要因。
 藪蛇気質。
 庚游理の力は成長。
「それで33年ほど忘れていたことの埋め合わせにしようと思ってね」
 あっさりと、
 わたしがあれほど喰らって苦しんでいた年月をその一言で片づけた。
「言っておくけどキミや庚さんを害するつもりはなかったよ? あのままだったら裏内屋敷は怨霊に成り果てたろうし、庚游理も気付いていないだけで限界だった」
 厄神。
 彼女が言った言葉通りの存在に、あと数日の内に游理は変わる運命だった。
「これまではそれなりの神もどきやら怨霊やらで宥めてたんだけどね」

 ―無茶苦茶な大物ばかり引き当てる。

 引き当てたのは游理自身。釣り場に誘導したのは。

「まあこうして無事にふたりとも生き残って、おまけにキミもここに入ってくれた。結果的には万々歳だろ?」
「最後にもうひとつ、いいですか?」
「何?」
「なんであなたは『裏内屋敷』を、わたしを作ったんですか」
 これ以上会話をしていたらわたしが持たない、頭の中で鳴り響く警告に耐えつつ、問いかけた、それに。

「忘れた」

 裏内表は迷うことなく即答した。

「今さら失望も怒りも感じません。あなたがそういう種類の人間ってことはわかりきったことですし」
 ただ。

「今度『わたしたち』に余計な真似をしたら、骨の髄まで怨み尽くしますよ『母様』」

「そう、私の娘にそんなに大切に思われているなんて、游理くんは幸せ者だね」

 裏内表。
 外見や内面以上に本質がズレている人間かいぶつは、
 人外わたしの啖呵にそんなズレた答えを返した。





 吹雪の向こう側。
 巨大な影が咆哮していた。

「園村、あれは」
「イエティか」
「ビッグフットじゃなかったのか」
 ふたりとも何を言ってるんだろう、
「ヒバゴンに決まってますよ、アレ」
「それはない」
「それはないな」
 有名なのにな、ヒバゴン。

「うぇんでぃご、ですよ」
 と。
 白い服に身を包んだ幽霊屋敷が断言した。

突刺山つきさしやま山頂部に建つ山小屋」
 右腕に鉄の槍を形成しながら、解説を続ける。
「23年前に閉鎖されたその小屋では春夏秋冬、季節ごとに必ずひとりが消えたそうです」
 また絶妙に厄っぽい話だ。
 それじゃあまるで。
「『人身御供』行方不明者は山に住まう神に捧げられた、という噂が広まり、とうとう閉鎖することになったその小屋の奥の部屋。そこには人間のようで人間でない骨がいくつも散らばっていたそうです」

 咆哮と共に投げつけられた巨大な頭蓋骨を躱しながら、
 彼女はその屋敷の名前を告げる。

「突刺山山頂、能面小屋のうめんごや。数百の命を喰らう幽霊屋敷の心臓が、あのうぇんでぃご。理の外の神のような何か、です」

「いきなり話が大きくなった! いつものことだけど!」

 藪蛇気質
 あの夜から、仕事で幽霊屋敷に遭遇することが多くなった。
 ここは怨霊に満ちた世界。
 何度もそれには遭遇していたのに、私は気付いてなかったのかも。
 でもあの夜、宇羅、彼女と出会ったことでそんな全てが型にはまった。
 幽霊屋敷という型に。
 あれから所長は裏内宇羅、幽霊屋敷という存在について宮上さん、それに園村さんにわかっていることを全て教えたらしい。それでも特に態度に変化がないのは、こんな世界で生きた怨霊の塊、なんて驚くようなことではないからか。あるいは自分たちも似たようなものに心当たりがあるからかも。
 結局他の人たちがどこまで知っていたのか。
 適当にカマかけてもうやむやにされたが、案外私が自分で宇羅を選ぶことが本当の入社試験だったのかもしれない。
 幽霊屋敷の彼女を。

「何か、じゃなくて対処方法、弱点かなんか知らないの!?」
「すべきことは決まってますよ、我が心臓、まずはわたしたちが上に飛んで」
 言い終わると、
 幽霊屋敷は私を招き入れた。
「外なる法の神もどきに、取るに足りない人の怨嗟をぶつける」
 そして。


「幽霊屋敷で押しつぶします」



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