上 下
9 / 12

2-2

しおりを挟む
「……じゃあ、次の質問。この森には、この小屋以外にどこか開けた場所はないか?」
「うん?うーん……そうだな、思い付くのは、岸壁際にある湖くらいか?」

 チナが絞り出すように答えた。その横で、メルが不思議そうな顔で訊いてくる。

「どうしてそんなことを知りたいんですか?」

「この森は、木々が密集しすぎてるだろう?身を隠すには最適だけど、戦いの舞台としてはちょっと扱いにくい。逃げるだけじゃなくて立ち向かわなくてはあいつは倒せないんだ。二人はもう森に慣れてるかもしれないけど、それでも狭い場所よりは広い場所の方が弓も狙いやすいんじゃないか?」

 二人に対して僕はそう語りかけた。どちらも納得したようなしてないような微妙な顔でゆっくりと頷く。今まで森で問題なく狩りをしてきた彼女達にとって、僕の心配事など大したことではないのかもしれない。だが、万全には万全をきす必要がある。

 あの三つ首を、他の獣と一緒の強さと考えてはいけない。

 彼女達の武器は弓矢だけだ。見る限り、他に使えそうなものはない。そうなると、全ては二人の弓矢の働きにかかってくる。僕が少しでも迷えば僕だけが死に、二人が少しでもしくじれば全員が死ぬだろう。故に、失敗は許されない。次に三つ首に会うときを、確実に仕留めるときにしなくてはならない――

「なーに難しく考えてんだよ。要は、アタシ達でいつも通り狩りをすればいいだけなんだろう? 」

 突然、チナが頭をわしゃわしゃと掴んできた。あまりの不意打ちに、僕は思考をやめて飛び退く。驚く僕を余所に、彼女は仁王立ちをして、自信満々に腰に手を当ててこう言った。

「三つ首の獣か何か知らないけどね、どんなになっても獣は獣さ。アタシ達は狩る側で、奴らは狩られる側、その構図は何が起きても決して変わらないよ。それに、さっきも言ったようにここはアタシ達にとって庭も同然。策なんて考えなくても、獣一匹仕留めることさえ出来なくて何が狩人だってもんだよ!」

 誇らしげに胸を張る彼女の姿には、失敗を不安視する様子は微塵もない。あるのは自分達の勝利のみ。いつもと同じ行為を、いつもと同じ調子で全うすれば、いつもと同じ結果を得られる。それが彼女が考えていることであり、彼女自身には疑いの余地さえない。

 この自信は危険なものだと、僕は感じた。

 きっと彼女は、予想外の出来事に立ち会い自分の描く未来とは違う展開に陥った時点で、その全力を出すことが出来なくなるだろう。獣は獣でしかないという固定観念は、獣らしくない獣に出会った場合に破綻を起こす。自分の力を過信する彼女にとって、いつも通りにいかない状況は耐えられないはずだ。

 勇猛と蛮勇は違う。相手への思い込みから立てる戦略は侮りしか生まない。三つ首の獣という、一度も出会ったことのない生物との戦いであるからこそ、より慎重さが求められる。

「お姉ちゃん、その……言ってることはもっともなんだけどね、あんまり最初から思い込みを持たない方がいいと思うな。三つ首の獣が、いつも狩ってるような他の獣と同じとは限らない訳だし、ね?」

 僕の気持ちを代弁するように、メルはそう姉を諌めた。柔らかい物言いの中に、しっかりとした厳しさが垣間見える。彼女は普段からそうやって、姉の大雑把な性格をフォローしているのだろう。チナも彼女の言葉に、顔を渋くしながらも頷いた。

「……」
 その様子を見ながら、僕は不意に妹のことを思い出す。

 僕とは性格から容姿まで全く正反対の、一つ年下の妹。常に明るく、常に騒がしく、常に前向きで、常に笑っている。神話やファンタジーが大好きで、ことある事に僕に自作の創作や設定を嬉々として聞かせていたが、僕はあまり興味はなかったため内容はほとんど覚えていない。

 その積極性に、同じ屋根の下で暮らす中で、本当に自分と血が繋がっているのだろうかと何度思ったことだろう。嫌いになったことはなかったが、兄妹としての違和感は長年感じていた。

 兄姉と弟妹は、必ずしも似ているわけではない。むしろ、自他ともに似ていないと評されるケースも多々ある。僕が妹を思い出したのは、チナとメルの関係性が僕達と似ていると感じたためだろうか。

 豪快な姉と、謙虚な妹。

 消極的な兄と、積極的な妹。

 そして、もう一組。僕はそんな対極的な関係性の姉妹を知っている。特に、妹の方について。

 僕を僕足らしめた、決定的な要因。

 彼女こそ、正しく――

「グルァアアアアアアアアア!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...