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「……じゃあ、次の質問。この森には、この小屋以外にどこか開けた場所はないか?」
「うん?うーん……そうだな、思い付くのは、岸壁際にある湖くらいか?」
チナが絞り出すように答えた。その横で、メルが不思議そうな顔で訊いてくる。
「どうしてそんなことを知りたいんですか?」
「この森は、木々が密集しすぎてるだろう?身を隠すには最適だけど、戦いの舞台としてはちょっと扱いにくい。逃げるだけじゃなくて立ち向かわなくてはあいつは倒せないんだ。二人はもう森に慣れてるかもしれないけど、それでも狭い場所よりは広い場所の方が弓も狙いやすいんじゃないか?」
二人に対して僕はそう語りかけた。どちらも納得したようなしてないような微妙な顔でゆっくりと頷く。今まで森で問題なく狩りをしてきた彼女達にとって、僕の心配事など大したことではないのかもしれない。だが、万全には万全をきす必要がある。
あの三つ首を、他の獣と一緒の強さと考えてはいけない。
彼女達の武器は弓矢だけだ。見る限り、他に使えそうなものはない。そうなると、全ては二人の弓矢の働きにかかってくる。僕が少しでも迷えば僕だけが死に、二人が少しでもしくじれば全員が死ぬだろう。故に、失敗は許されない。次に三つ首に会うときを、確実に仕留めるときにしなくてはならない――
「なーに難しく考えてんだよ。要は、アタシ達でいつも通り狩りをすればいいだけなんだろう? 」
突然、チナが頭をわしゃわしゃと掴んできた。あまりの不意打ちに、僕は思考をやめて飛び退く。驚く僕を余所に、彼女は仁王立ちをして、自信満々に腰に手を当ててこう言った。
「三つ首の獣か何か知らないけどね、どんなになっても獣は獣さ。アタシ達は狩る側で、奴らは狩られる側、その構図は何が起きても決して変わらないよ。それに、さっきも言ったようにここはアタシ達にとって庭も同然。策なんて考えなくても、獣一匹仕留めることさえ出来なくて何が狩人だってもんだよ!」
誇らしげに胸を張る彼女の姿には、失敗を不安視する様子は微塵もない。あるのは自分達の勝利のみ。いつもと同じ行為を、いつもと同じ調子で全うすれば、いつもと同じ結果を得られる。それが彼女が考えていることであり、彼女自身には疑いの余地さえない。
この自信は危険なものだと、僕は感じた。
きっと彼女は、予想外の出来事に立ち会い自分の描く未来とは違う展開に陥った時点で、その全力を出すことが出来なくなるだろう。獣は獣でしかないという固定観念は、獣らしくない獣に出会った場合に破綻を起こす。自分の力を過信する彼女にとって、いつも通りにいかない状況は耐えられないはずだ。
勇猛と蛮勇は違う。相手への思い込みから立てる戦略は侮りしか生まない。三つ首の獣という、一度も出会ったことのない生物との戦いであるからこそ、より慎重さが求められる。
「お姉ちゃん、その……言ってることはもっともなんだけどね、あんまり最初から思い込みを持たない方がいいと思うな。三つ首の獣が、いつも狩ってるような他の獣と同じとは限らない訳だし、ね?」
僕の気持ちを代弁するように、メルはそう姉を諌めた。柔らかい物言いの中に、しっかりとした厳しさが垣間見える。彼女は普段からそうやって、姉の大雑把な性格をフォローしているのだろう。チナも彼女の言葉に、顔を渋くしながらも頷いた。
「……」
その様子を見ながら、僕は不意に妹のことを思い出す。
僕とは性格から容姿まで全く正反対の、一つ年下の妹。常に明るく、常に騒がしく、常に前向きで、常に笑っている。神話やファンタジーが大好きで、ことある事に僕に自作の創作や設定を嬉々として聞かせていたが、僕はあまり興味はなかったため内容はほとんど覚えていない。
その積極性に、同じ屋根の下で暮らす中で、本当に自分と血が繋がっているのだろうかと何度思ったことだろう。嫌いになったことはなかったが、兄妹としての違和感は長年感じていた。
兄姉と弟妹は、必ずしも似ているわけではない。むしろ、自他ともに似ていないと評されるケースも多々ある。僕が妹を思い出したのは、チナとメルの関係性が僕達と似ていると感じたためだろうか。
豪快な姉と、謙虚な妹。
消極的な兄と、積極的な妹。
そして、もう一組。僕はそんな対極的な関係性の姉妹を知っている。特に、妹の方について。
僕を僕足らしめた、決定的な要因。
彼女こそ、正しく――
「グルァアアアアアアアアア!!」
「うん?うーん……そうだな、思い付くのは、岸壁際にある湖くらいか?」
チナが絞り出すように答えた。その横で、メルが不思議そうな顔で訊いてくる。
「どうしてそんなことを知りたいんですか?」
「この森は、木々が密集しすぎてるだろう?身を隠すには最適だけど、戦いの舞台としてはちょっと扱いにくい。逃げるだけじゃなくて立ち向かわなくてはあいつは倒せないんだ。二人はもう森に慣れてるかもしれないけど、それでも狭い場所よりは広い場所の方が弓も狙いやすいんじゃないか?」
二人に対して僕はそう語りかけた。どちらも納得したようなしてないような微妙な顔でゆっくりと頷く。今まで森で問題なく狩りをしてきた彼女達にとって、僕の心配事など大したことではないのかもしれない。だが、万全には万全をきす必要がある。
あの三つ首を、他の獣と一緒の強さと考えてはいけない。
彼女達の武器は弓矢だけだ。見る限り、他に使えそうなものはない。そうなると、全ては二人の弓矢の働きにかかってくる。僕が少しでも迷えば僕だけが死に、二人が少しでもしくじれば全員が死ぬだろう。故に、失敗は許されない。次に三つ首に会うときを、確実に仕留めるときにしなくてはならない――
「なーに難しく考えてんだよ。要は、アタシ達でいつも通り狩りをすればいいだけなんだろう? 」
突然、チナが頭をわしゃわしゃと掴んできた。あまりの不意打ちに、僕は思考をやめて飛び退く。驚く僕を余所に、彼女は仁王立ちをして、自信満々に腰に手を当ててこう言った。
「三つ首の獣か何か知らないけどね、どんなになっても獣は獣さ。アタシ達は狩る側で、奴らは狩られる側、その構図は何が起きても決して変わらないよ。それに、さっきも言ったようにここはアタシ達にとって庭も同然。策なんて考えなくても、獣一匹仕留めることさえ出来なくて何が狩人だってもんだよ!」
誇らしげに胸を張る彼女の姿には、失敗を不安視する様子は微塵もない。あるのは自分達の勝利のみ。いつもと同じ行為を、いつもと同じ調子で全うすれば、いつもと同じ結果を得られる。それが彼女が考えていることであり、彼女自身には疑いの余地さえない。
この自信は危険なものだと、僕は感じた。
きっと彼女は、予想外の出来事に立ち会い自分の描く未来とは違う展開に陥った時点で、その全力を出すことが出来なくなるだろう。獣は獣でしかないという固定観念は、獣らしくない獣に出会った場合に破綻を起こす。自分の力を過信する彼女にとって、いつも通りにいかない状況は耐えられないはずだ。
勇猛と蛮勇は違う。相手への思い込みから立てる戦略は侮りしか生まない。三つ首の獣という、一度も出会ったことのない生物との戦いであるからこそ、より慎重さが求められる。
「お姉ちゃん、その……言ってることはもっともなんだけどね、あんまり最初から思い込みを持たない方がいいと思うな。三つ首の獣が、いつも狩ってるような他の獣と同じとは限らない訳だし、ね?」
僕の気持ちを代弁するように、メルはそう姉を諌めた。柔らかい物言いの中に、しっかりとした厳しさが垣間見える。彼女は普段からそうやって、姉の大雑把な性格をフォローしているのだろう。チナも彼女の言葉に、顔を渋くしながらも頷いた。
「……」
その様子を見ながら、僕は不意に妹のことを思い出す。
僕とは性格から容姿まで全く正反対の、一つ年下の妹。常に明るく、常に騒がしく、常に前向きで、常に笑っている。神話やファンタジーが大好きで、ことある事に僕に自作の創作や設定を嬉々として聞かせていたが、僕はあまり興味はなかったため内容はほとんど覚えていない。
その積極性に、同じ屋根の下で暮らす中で、本当に自分と血が繋がっているのだろうかと何度思ったことだろう。嫌いになったことはなかったが、兄妹としての違和感は長年感じていた。
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豪快な姉と、謙虚な妹。
消極的な兄と、積極的な妹。
そして、もう一組。僕はそんな対極的な関係性の姉妹を知っている。特に、妹の方について。
僕を僕足らしめた、決定的な要因。
彼女こそ、正しく――
「グルァアアアアアアアアア!!」
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