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最後の最後で勇気が出せませんでした

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 そして、一年はあっという間だった。

 私とタカシのように、いつの間にかヒロキとミクも恋人同士になっていて、四人で力を合わせ、私たちは仲良く暮らしてきた。
 今日は、本当に移住するかどうかの選択を迫られる日だ。
 もっとも、答えなんて四人ともとうに決まっていたのだけれど。

「俺たち四人は、これからもこの世界で一緒に暮らしていきたいと思っている」

 代表して答えたタカシに、少彦名命は困った顔をした。

「そっか。嬉しいような嬉しくないような。どうして、人間たちは、移住にこんなに前向きなんだろうね? よほど現実を嫌っているのかな」

 私の胸は、ドキンとした。
 ため息をついた少彦名命は、言葉を続ける。

「君らのようなグループが、あと十くらいあるんだけど、そのほとんど全員が移住したいって答えているんだよ。できればみんな受け入れてやりたいけれど、今回は、はじめての試みだからね、そんなにたくさんは移住させられないんだ。よくて半分くらいかな?」


「……半分」


私たちは、呆然とした。

「そう。仮移住してもらっておいて悪いけど、君たちのグループから移住できるのは二人が限度だ。話し合って誰が残るか決めてくれるかな?」

 そう言って少彦名命は姿を消した。
 残った私たちは、顔を見合わせる。

「そんな。急に二人だなんて言われても困るわよね」

 おそるおそる話しだした私の言葉を、ミクが遮った。

「お願い! 私を移住させてください!」

 土下座せんばかりに頭を下げる。

「ミク?」
「……私、現世に戻ったら死んでしまうの!」

 私とタカシは、ポカンと口を開けた。

「死ぬって?」
「私、ガンなの。見つかった時には既に手の施しようがなくって、ここにくる寸前まで終末期医療を受けていたわ。おかげで痛みはなかったけれど、全身だるくて、もう声も出せなくなっていて――――私、この世界にこられて、また歌うことができて、本当に幸せだった。お願い! 私から、また歌を奪わないで」

 ワッと泣き出したミクは、顔を両手で覆い体を震わせる。
 そんな彼女を、ヒロキがそっと抱き寄せた。
 あまり驚いた風はないから、知っていたのかもしれない。

「俺もできれば、ここに残りたい。わがままを言っている自覚はあるから、殴ってくれてかまわない。……俺は、ホームレスだ。昔は起業して小さい会社を経営していたんだが、不況で潰れて何もかもを失った。家族とも離縁して……それでも日雇いで稼いだ僅かな金を別れた妻に送金していたんだが……ここにくる寸前、彼女から、再婚するのでもうお金を送ってこないでくれとメールがきたんだ。家族の様子を知るために、どんなに困窮しても携帯だけはずっと手放さないでいたんだが、それも着信拒否されて……現世に戻っても俺には、もうなにも残っていない。だから、頼む!」

 ヒロキは、神力でずっと金髪のままの頭を深く下げた。

 私は――――ズルいと思ってしまう。
 二人のそんな話を聞いたら、ただ会社でミスしただけの私が、残りたいだなんて言えるはずがないからだ。
 それはタカシも同じようだった。

「……わかった」

 静かに頷いたタカシは、苦笑をもらす。

「俺は、彼女にフラれただけだからな。病気はないし生活に困ってもいない。……まあ、彼女も、その結婚相手も同じ会社の同僚で、正直居たたまれない気持ちはあるが……別に会社をクビになったわけじゃないんだ。ばつが悪いのは、むしろあっちの方だろう。……俺がいなくなる必要はどこにもないんだから、俺は、現世に帰る」

 それを聞いた私も、覚悟を決めた。

「私も……私も帰るわ。私なんて、仕事でミスして怒られただけだもの。会社だって、ちょっと厳しいけど別にブラックとかそういうわけじゃないし。……全然平気よ」

 ヒロキとミクは、パッと頭を上げた。
 クシャクシャの顔で泣き崩れ「ありがとう!」と言ってまた頭を下げる。

 私とタカシは、顔を見合わせた。
 現世に帰るということは、今のタカシとは離ればなれになるということだ。
 住所とか、電話番号とか、メールアドレスとかを交換すれば、向こうでも再び会うことはできるだろうけれど

 ――――でも、そのときの私は、今の私ではない。
 三十歳の冴えない独身OLだ。
 そんな私を、タカシは変わらず愛してくれるだろうか?

 ほんの少しの間だけ、私は迷った。
 おそらくタカシも同じ気持ちだったのだろう。私たちは何も言えずに見つめ合う。

 そして、そのわずかの間が、私とタカシを引き離した。
 突如その場に少彦名命が現れる。

「ああ、無事に決まったようだね。別れを長引かせてせっかくの決意が揺らいでもたいへんだから、現世に帰る人は、早速それぞれの場所に送ることにするよ。一年間、ありがとう。元気でね。君たちの幸せを祈っているよ」

 ニカッと笑った少年神は、一方的にそんなことを告げてきた。

「え?」
「なっ! そんな、待っ――――」

 焦る私とタカシにはお構いなしに、バイバイと手を横に振る。

 次の瞬間、周囲が急に真っ暗になった。
 二、三度瞬きをする間に、ボスンと何かの上に背中から放り出される。
 見上げれば――――染みの浮いた天井があった。

「え? え?」

 体を起こして周囲を見回せば、そこは間違いなく私のアパート。
 豆電球がぼんやりと部屋の中を照らしている。
 ベッドと反対側の壁際に、大きめの姿見があった。
 そこには、疲れきった顔をした三十歳の私が映っている。



「帰ってきたんだ。……帰ってきちゃったんだ」

 少彦名命は、メールに返信した時点に遡って帰してくれると言っていた。
 慌ててスマホを確認したけれど、そこにはもうなんの痕跡も残っていなかった。

「私、夢をみていたのかしら?」

 しっかり一年間暮らした記憶の残る夢なんて考えられないけれど、でも、そういえば中国に一生分の栄枯盛衰の夢をお粥が煮る間に見たという話があったなと思い出す。

「ううん。違うわ。夢なんかじゃない! だって、夢の中であんなに真剣に恋なんてしないもの」

 そう呟いたとたん、涙が溢れた。

「タカシ、もう会えないの」

 一年間、毎日傍にいた。
 最初はぎこちなく、でも想いを通わせあってからは、一緒に笑って、一緒に悩んで、……彼の傍が一番安心できる私の居場所だった。
 それを失ってしまったのだ。

「あの時、ほんの少し躊躇ってしまった。たったそれだけで」

 どうして私はあそこで勇気を出せなかったのだろう?
 仮移住をして、自分に必要なのが勇気と行動力だとわかっていたはずなのに。
 常世の国で学んだことを、私は結局生かせなかった。




 ――――その夜、一晩中私は泣き明かした。
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