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鉄は熱いうちに打て! 洗脳も幼いうちにやりましょう

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 まったく、そうでもしないとやっていられない。

 王子との顔合わせ時間が迫ってきたのだ。



(あ~あ、あの王子との再会なんて、ホント嫌になっちゃうわ。……あっと、違うわね。再会じゃないわ。私たちはこれからはじめて会うのよね)



 うっかり気を抜くと『お久しぶりね』とか言ってしまいそうだ。

 私の挨拶を聞いた後、思いっきり嫌そうな顔をするから、それが楽しくて挨拶だけは交していた。



(会話? そんなもの、私と王子の間には存在しなかったわよ)



 そんな夢幻を、これからまた試みなくてはならないのかと思えば、気が塞ぐのも当然だろう。

 しかし、嫌だ嫌だと思っていても、時は無情に過ぎる。

 城の侍従長が迎えにきて、私は席を立った。

 頭を下げて見送るエイダを残し、無駄に広い王宮の廊下を移動する。

 代わり映えのしない景色にうんざりしかけた頃に、王族の私的空間である中庭へと着いた。



 色とりどりの花が咲き乱れる庭園の中央に、白い四阿が建っている。

 涼しげな影を落とすその中では、私より先に来ていた両親と、国王夫妻が談笑していた。

 一見、とても和やかな雰囲気で、風景にぴったりマッチしているように見えるのだが。



(仲が悪いはずなのに、よくやるわね)



 私には、タヌキとキツネの化かし合いにしか見えなかった。



「――――ああ、アマーリア、こっちだよ」



 呆れていれば、私が来たことに気づいた父が立ち上がり、私を呼ぶ。

 上機嫌な父の横に並んだ私は、完璧な仕草で、美しいカーテシーを披露した。



「お久しぶりです。国王陛下、王妃さま。本日はお招きいただきありがとうございます」



 齢五歳の私だが、国王と王妃に会うのは、はじめてではない。

 年に一度くらいは、王宮で会っている。



「おお! これは見違えたぞ。立派なレディーになったな、アマーリア嬢」



「ええ、本当に。女の子はやっぱりいいわね。少し見ない間にこんなに可愛らしく成長するのだもの」



 国王夫妻は、満面の笑みで私を迎えてくれた。

 気に喰わない公爵家の令嬢を、王子の婚約者に据えなければならない不機嫌さを欠片も見せないあたりは、さすが腐っても王族というべきか。



(お父さんとお母さんを見習ったらどうなの――――王子さま?)



 私は、そう思いながら王妃の横に座っている少年に目を向けた。



 輝く金髪に青い目。絵画から抜け出た天使そっくりの少年は、まったくの無表情。

 私を見てもニコリともしなければ、顔をしかめもしない。



(まったく私に興味がないのよね。この時期のあなたが興味を持っていたのは、お勉強と武術だったかしら? 婚約者の女の子なんて、ホントに形だけのいてもいなくてもいい存在。私の価値は、本一冊や短剣一本にも及ばなかったわ)



 まあ、私も似たり寄ったりだったので、別に文句はない。



「アマーリア嬢、わしの息子のアーサーだ」



 息子の無表情に気づいているのかいないのか、国王が王子を紹介してきた。



「今日から二人は婚約者よ。仲良くしてね」



 王妃は、多少は気にしているのか、王子を睨みつけながら強引に立たせる。

 母親から挨拶を強制された王子は、ようやく私に対し小さく頷いてみせた。



「アーサーだ」



 非常に短い名乗りを上げる。

 今どき、三歳の子どもだってもっとマシな挨拶をするだろう。



「はじめまして、アーサー王子殿下。ユーギン公爵令嬢アマーリアと申します。お目にかかれて光栄です」



 私はことさら丁寧に頭を下げてみせた。

 どっちの礼儀が優れているかは、一目瞭然である。



 私の父と母は、『おやおや』『あらまあ』という、心中の呆れた様子を、そこはかとなく“隠し”ながら微笑んだ。

 ――――要するに、礼儀のなっていない王子を、見る人が見ればわかる程度に馬鹿にしたのである。

 王侯貴族の優越感が半端ない。



 王妃の表情は、ピキリと凍りついた。

 もっとも悪いのは自分の息子の方なので、私に文句をつけるわけにもいかないだろう。



 私は、この後の王妃の行動を、前世の記憶で知っていた。

 これ以上、息子の無作法を嘲笑われたくなかった王妃は、王子と私の二人を庭園の奥へと追いやるのだ。



「アーサー、アマーリア嬢に庭を案内してあげなさい。あなたたちは婚約したのだから、二人で仲よくお話してくるといいわ」



 アーサーは、不満そうに頬を膨らませた。

 おそらく断りの言葉を告げようとしたのだろう。

 口を開いたのだが、母に睨まれてパクンと閉じる。



(意気地なし! ちゃんと断わりなさいよ。私だってあなたと話なんてないんだから!)



 いっそ私から断わろうと思ったが、そのとき、先日の決意が脳裏に蘇った。



(そういえば、私は、こいつを“変えよう”と思っていたんだわ。性格を捻じ曲げて悪者にしようとしていたのよね?)



 その計画を実行するのに、今は願ってもない機会なのではないだろうか?



(二人っきりになれるなんて、この先ほとんどないことなんだし)



 前世、私とアーサーの間にそんな時間はなかったのだ。

 それに、鉄は熱いうちに打てという。

 幼い今の方が、洗脳するのは簡単だ。



「はい。わかりました王妃さま。アーサー王子殿下、どうぞよろしくお願いいたします」



 私が頭を下げれば、王妃は満足そうに微笑んだ。

 アーサーは返事もせずに、勝手に歩き出す。



「おやおや、殿下は“恥ずかしがり”のようですな」



「本当に。男の子って“可愛い”ですわね」



 父と母の言葉には、隠しようもない“トゲ”があった。
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