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大団円!

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そしてそんな中、近衛騎士団に囲まれていた王太子は、こっそりとその場から離脱を図ろうとする。
彼は、目立たない容姿をここぞとばかりに生かして、騎士たちに紛れ込んだ。
後は、騎士団の派手な上着を羽織れば、誰も見分けがつかなくなる。
そう思ったそのタイミングで――――


「兄上?」


ハルトムートの声が周囲に響いた。
せっかく隠れていたのに、周囲の近衛騎士が全員一斉に王太子を見る。

「お、お前たち! こっちを向くな!」

焦った口調で首を横に振る王太子を、騎士たちは不敬にも押し出した。
――――誰だって、我が身が可愛いのである。

ポイッと、王太子は近衛騎士の集団から吐き出された。

「お前ら! 覚えておけ!」

捨て台詞を吐く王太子から全員が目を逸らす。

「兄上」

もう一度ハルトムートの声が冷たく響いて、王太子は体を震わせた。

「な、なんだ? ハルトムート」

「先ほど、生け贄がどうとか仰っていましたが?」

「あ、ああ! あれか! あれは、その……も、もう、必要ない! いや、その、見事だった! あ、ああも容易く魔物を成敗するとは……ハ、ハハ、思いもしなかったよ。さすが我が弟だ」

ハハハ、ハハハと、王太子は乾いた笑い声をあげる。

「そうですか。それはよかった。……ところで、今回の事件を引き起こしたと思われる魔道ランプの件ですが」

ギクリ! と王太子は体を震わせた。

「ハハ、な、なんのことかな?」

「おや、ご存じないのですか?」

「ああ、まったく!」

王太子の額には玉の汗が浮かんでいる。
ハルトムートは、クスリと笑った。

「そうですか? 兄上は、あの魔道ランプを見て、かなり慌てておられたので、てっきりご存じかと思ったのですが?」

「知らん! 知らんぞ! 魔道ランプで魔族を呼び寄せられるなんてことは、俺は知らない!」



――――知っていると言ったも同然である。
王太子は、よほどテンパっているようだ。

ハルトムートは呆れかえり、白い目で王太子を見ている。

ミナも、あまりにお粗末すぎる王太子に頭を抱えた。

(こんなんが、将来この国の王だなんて、不安しか感じられへん!)

というより、今までの魔獣騒動の黒幕が王太子なのだとしたら、間違いなく王族――――いや人間として失格である。


「兄上、あなたの身柄を拘束させていただきます。…………捕らえよ!」


凜としてハルトムートが命じた。

「なっ! 何をバカな!? 第二王子であるお前が、私を捕らえるなどできるはずがない! 私の近衛騎士がお前の言うことなど聞くものか!」

王太子は居丈高に叫んだ。
そして彼の言うとおり、王太子の近衛騎士は誰一人ハルトムートの言葉に従おうとはしない。
それ見たことかと、王太子は笑った。

しかし、ハルトムートは余裕たっぷりに笑い返す。

「そうですね。兄上の騎士ではダメかもしれない。しかし、それ以外の騎士ならいかがですか?」

「それ以外?」

「兄上は、戦いがはじまる前のミナの言葉を聞いておられなかったのですか? 彼女は言ったでしょう? 既に騎士団にはエストマン伯爵家から手を回してあると。直に駆けつけてくるはずだとも」

おそらくその時、王太子は逃げ出して自分の近衛騎士と連絡をとりあっていたのだろう。
だからミナの言葉を聞いていなくても不思議ではない。


「…………騎士団?」

「ええ。――――ああ、ちょうど到着したようですね」

フッと遠くを見てハルトムートは笑う。
王太子は、ギギギと音がしそうなぎこちない動きで、ハルトムートの視線の先を見つめた。

たしかに騎馬の集団が見える。

その集団の中から、見事な手綱捌きで二騎が抜け出してきた。
見惚れるような騎乗姿は、それだけで二人の実力を知らしめるものだ。

「さすがエストマン伯爵とアウレリウスだ。惚れ惚れしますね」

ハルトムートが感嘆したように呟いた。
王太子の額からは冷や汗がダラダラこぼれてくる。

「エ、エストマン伯爵や騎士団がなんだと言うんだ。お、俺は王太子だぞ! 俺を捕らえるなど……そんな不敬、できるものか!」

それでもまだ王太子はそう言った。

「あのエストマン伯爵に、できないはずがないでしょう? あの方は相手が父上だって捕らえてしまわれますよ」

それはそれで大問題だと思うのに、この場にいる者全員がうんうんと頷く。
王太子は、助けを求めるように視線を彷徨わせた。

しかし、彼の視線が向いた相手は、全員目を逸らしてしまう。



「…………う、うわぁ~!」


ついに、王太子は逃げ出した。

「逃がすわけないやろ」

ミナは、思わずボソッと呟く。

「は?」

「光よ! 戒めろ」

ツッコまれる前に実力行使に出た。
いざというときにハルトムートをふん縛れるように磨きに磨いたミナの拘束魔法は、最強だ。
あっという間に王太子は、光の縄でグルグル巻きになる。

「なっ! 離せ!!」

「うるさい! 猿ぐつわ!」

ミナの言葉と同時に、王太子の口の周囲が光って、そのまま彼の口を塞いだ。


「……さすがに、やりすぎじゃないか?」

「大丈夫です。鼻は塞いでいませんから。息はできるはずです」

少し呆れたようなハルトムートの言葉に、ミナは自信満々に答える。

そうじゃないだろう! と、彼ら以外の全員が思ったが、それを指摘できる者は誰もいなかった。

「魔獣も倒しましたし、騒動の黒幕らしき人も捕まえましたし、大団円ですね」

上機嫌に笑うミナに、ハルトムートは苦笑する。

「いや、そうでもないと思うぞ」

「なんでです?」

「そっちを見ろ」

ハルトムートが指さす先を見たミナは、しまった! と狼狽える。


「ミナ! お前って娘は!」
「どうして私が来る前に、敵をみんな倒しちゃうんだ!!」


そこには、息せき切って駆けつけたのに全てが終わった後だったという、可哀相なエストマン伯爵とアウレリウスがいた。


「え、えっと」

「やっぱり騎士団を率いる役なんてやるんじゃなかった。そんなもの父上に任せて母上と一緒に最初からミナの卒業式に出ていたら、少しは活躍できたのに」

アウレリウスは拳を握りしめて悔しがる。

「なっ! そんな羨ましいこと許すわけがないだろう! 私だって、可愛い娘の卒業式に出たかったんだ! ……だけど、ミナが『騎士団を率いてカッコよく戦うお父さまがみたい!』って言うから、泣く泣く諦めたのに――――」

ダーッと滂沱の涙を流すエストマン伯爵に、ミナは心苦しくなる。

(もうちょっと手を抜くべきやったんやろか? や、でも、それはそれでどうなんや?)

おろおろするミナの横で、ハルトムートは苦笑をもらした。

「大丈夫ですよ。エストマン伯爵、卒業式は後日やり直すつもりですから」

「なっ! 本当ですか?」

「ええ。この騒ぎで卒業式が最後までできていませんからね。当然でしょう」

爽やかに言い切ったハルトムートに、ミナはポカンとした。

(……そうか。ゲームでは、ハルトムートが闇落ちして国中が大混乱になったから、卒業式なんてまるっきり忘れられてしまったんやけど、ここではバッチリ魔獣を倒すことができたんや。だったら、中断された卒業式をやり直すことは、当たり前)

あらためてここがゲームではないこと、そして、自分がハルトムートの闇落ちを防いだことを実感した。


(そうや。……やった……やったんや! あたしは、ゲームの開始を阻止できたんや!)


じわじわと喜びがこみ上げてくる。
これで、艱難辛苦の旅を完全回避できた!
海で溺れることも、雪山で凍死しそうになることも、砂漠で行き倒れることも……もうない!


(楽々人生満喫できる! 旅は旅でも、諸国漫遊、お笑い普及行脚ができる!)


ミナは満面の笑みを浮かべた。
その笑顔のままで、ハルトムートや他の者たちに視線を向ける。


「――――っ」

ハルトムートは、顔を赤くして息をのんだ。
レヴィアは口角を上げ、ナハトもゴロゴロと喉を鳴らす。
ガストンは満足そうに頷き、ルーノとルージュもニッコリ笑った。
父と兄も、とても嬉しそうだ。


空は高く晴れ渡り、風がミナの髪をなびかせた。
両手を広げ、大きく息を吸い、ミナは叫ぶ。


「大団円よぉ~!!」


明るい少女の声が、王都の町中に響き渡った。
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